ヒーローになるのを諦めていた俺がお隣のメインヒロインに懐かれた件。
戸来 空朝
第1章
第1話 メインヒロインはゴミ箱を漁る
「……なにしてるんだ、あれ」
具体的に言えば、学校一の美少女と呼ばれ、男女問わずから好かれている人気者で、晃晴のクラスメイトでもある彼女――
日本人離れした真っ白なセミロングのストレートヘアーに神秘さすら感じる大きな蒼い瞳。
透き通るような肌は陶器めいているし、整った顔立ちはそれこそ作りものめいていて、はっと息を呑んでしまうほど美しい。
曰く、ロシア人のクォーターらしいだとか、毎日のように誰かに呼び出されて告白されているらしいだとか。
あまり積極的に人と関わろうとせず、同じクラスだというのに彼女と口を利いたことがない晃晴でさえも、彼女についてのなにかしらの情報を知っているし、高校に入学してからの1ヶ月の間に浅宮侑の名前を聞かなかった日はない。
そんな有名人がいつもは涼しげな顔を少しだけ歪めてゴミ箱を漁っている。
その光景は晃晴でなくても、道行く人間の足を止めるのには十分すぎるだろう。
(いや、本当になにやってるんだ)
足を止めてから数十秒ほど観察をしてみるが、どうやらなにかを探しているっぽいということだけは伝わってくる。
明らかに面倒事の気配がするし、晃晴には侑を助けるような理由はない。
そもそも晃晴は他人と関わるのが苦手でましてや話したことのない相手。
ここで見て見ぬ振りをしても、誰も晃晴を責めたりなんかしないはずだ。
事実、晃晴も見て見ぬ振りをして、帰ってしまおうかという考えが一瞬とはいえ頭をよぎっていたが、彼のお人好しの性格ととある理由がその場に足を縫い付けてしまっていた。
晃晴は高校入学を機に地元を出て、1LDKのマンションで1人暮らしを始めたのだが、どういう偶然なのか、部屋の隣人が彼女だったのだ。
話したことがないとはいえ、さすがにお隣さんを見捨てて帰ってしまうのは後味が悪すぎる。
そういった事情も絡んで、晃晴は動くに動けない状況に陥ってしまっていた。
「……おい。なにやってるんだ」
迷った末に声をかけることを選んだ。
顔の動きに合わせて、真っ白な髪がさらりと流れ、吸い込まれそうなほど綺麗な蒼色の瞳がこちらを捉える。
「別に、日向くんには関係のないことです」
いつもは口元に穏やかな笑みをたたえている彼女ではあるが、今はそんな余裕はないらしく、表情は真顔。
突き放すようなトゲトゲしい口調というよりは、淡々とした声音だったが、それが逆に明確な拒絶を感じさせる。
同じクラスで隣室に住んでいる晃晴とは一応顔見知りの間柄だが、さすがに話したことのない人間から話しかけられたらこういう風に警戒もするだろう。
「それもそうだけどな。そんな風にゴミ箱を漁っている姿見たら、俺じゃなくても気になって声かけるだろ」
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ですが、私のことはお気になさらず。私が必要だからしていることなので」
(取りつく島もないな)
本人も気にするなと言っているのだから、これ以上この場に残る理由もない。
晃晴は近くにある自分のクラスに入ろうとして、ピタリと足を止めた。
「もしかして、靴でも隠されたのか」
「……っ」
声にならない動揺が、振り返らずとも背中から伝わってきた。
「図星かよ。マジでそういうのあるんだな」
「……どうして、靴だと?」
「ただのカマかけだ。なにか探してるみたいだし、思い当たったものを適当に言っただけ」
聞いたことがある噂の中に、学校一の美少女は一部の同性からやっかみを買っているというものがある。
恐らく、今回のこれもそのやっかみ絡みのことだろう。
文武両道、容姿端麗、誰にでも優しく、誰からも頼りにされる人気者の彼女ではあるが、全員から好かれるというのはやはり不可能なことらしい。
晃晴は振り返って侑を見た。
気丈に振る舞ってはいるが、耐えるように唇を噛み、蒼い瞳が不安気に揺らめいている。
それでもなんとなく、彼女から自分を頼ることはないのだろう、と察した。
「……はぁ。――手伝う」
ため息をつきながら、右手で頭を雑にかく。
「え? い、いやそういうわけには……」
「ここまで聞いておいて手伝わないなんて選択肢選べるか」
「で、でも……」
「いいから」
有無を言わさずに言葉を遮った。
多分、下心ありきだとでも思われたのだろう、侑は警戒が滲んだ胡乱な目でこっちを見ていたが、やがて諦めたように頭を下げた。
「……ご迷惑をおかけしてすみません」
そう口にする侑をよそに、なにかヒントでもないかと考え始める。
と言っても、そう簡単に手がかりなんて見つけられるものでもない。
一応、晃晴は雑用で下駄箱の前を通りはしたのだが。
(――ん? そういえば、さっき……)
振り返った記憶の中に、微かな違和を見つけ、侑の方を見る。
「なあ、浅宮」
「なんでしょうか」
「靴の場所、分かったかもしれない」
「え?」
きょとんする侑に晃晴は「とりあえずついてこい」とだけ言い、足早に思いついた可能性の元へと歩き出す。
呆気にとられていた侑だったが、慌てて晃晴の背中を追いかける。
そうして辿り着いたのは――。
「――下駄箱……?」
どうしてここに、と言いたげな整った顔がこっちを見てくるが、
「ひとまず自分のとこ開けてみろ」
その質問の答えは開けてみれば分かる。
侑は半信半疑で綺麗に整えられた指先を自分の下駄箱に伸ばし、開いた。
「えっ?」
「やっぱりあったか」
そこには、侑が探していたはずのローファーがあった。
事情を知らない人間からしたら、きっと無くなっていたことすら気付かないだろう。
「ど、どうしてここにあるって分かったのですか?」
「俺もまさかとは思ったんだけどな」
元の場所、つまりは侑の下駄箱に靴が戻っていると思った理由、それは――。
「実は、さっきこの辺を通りかかった時に何人か女子生徒を見たんだけどな。その中の1人がもう靴を履き替えているのに、片手にローファー持ってたんだよ」
晃晴からしたらその時はちょっと気になる程度だったが、侑の話を聞いて思い出してみれば、それは確かな違和感へと変化した。
「多分だけど、あまり大事にしていじめとかにされるのは嫌だったんじゃないのか? だから単に時間を使わせたいだけの嫌がらせなのかもしれないな」
無くなっていると思って探しているのだから、1番最初に確認した場所である下駄箱は真っ先に候補から除外するわけで、普通はそこに戻っているなんて誰も思わないだろう。
よくもまあこんな嫌がらせを思いつくもんだと呆れを通り越して感嘆してしまう。
「……もしかして、日向くんが隠してたりしませんか?」
「はあ?」
急になにを言い出すんだこいつは、と目を剥いた。
「だって、こんなに都合良く見つかるなんて……私に恩を売って、それでなんて考えてたりしませんか?」
「アホか。言っておくけど、そんなことは一切考えてない。そもそも、俺はそんなに暇じゃない」
「それなら、どうして助けてくれたのですか」
真剣な目を向けてくる侑に、晃晴はまたもや頭を雑にかいてから、口を開いた。
「別に、ただのお隣のよしみってやつと……」
うっかりと余計なことを言いそうになってしまい、咄嗟に言葉を切った。
が、既に手遅れで、侑は途中で言葉を区切ったせいで怪訝な顔で見つめてくる。
「と……? まだなにかあるのですか?」
「……いや、別になんでもない」
ふん、と鼻を鳴らして侑に背中を向ける。
首を傾げ、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしている侑に「じゃあな」とぶっきらぼうな口調で言い放った晃晴は一足先に帰路についたのだった。
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