ペットな君と、おうちでいいこと!

ほぼお湯の水

ペットな君と、おうちでいいこと!


一人暮らしの私は、「びすけ」という名のオス猫を飼っている。そしてうちの猫には、ちょっとした「秘密」がある。



仕事終わりの夕方、私はようやく部屋にたどりつく。

「びすけただいまー」




「おかえりぃ」

ドアを開けた先には、茶髪で白くて細っこい、どこかマヌケなひとりの青年。




彼はもちろん不法侵入者ではなく、まぎれもなく私の『びすけ』。つまり私のオス猫は、なぜか人間になれてしまうのだ。




・・・




玄関にあらわれたびすけを見るなり、私は目を覆う。

「あっまた服着てない!」「服きらいだもーん」


何度『服を着ろ』と言ってもきかないびすけのほっぺはムッと膨れたみたいだが、これ見よがしな溜め息で応じてやる。




「『猫』のときは可愛いのになー…」


「わ、わかったよ…そんな顔するなよぉ。」


びすけはちぇっとかいいながら、慣れない手付きでパンツを取ってきた。もたもたおぼつかない仕草を感じつつ、私は密かに苦笑いする。




姿は青年でも、中身はびすけ。



何だかんだ嫌われたくない甘えん坊、それがびすけというオスなのだ。




・・・




服を着たびすけをやり過ごして洗面所に向かうと、ヤツもトテトテついてくる。


どうやら今日は、構われたい気分らしい。



「ねぇねぇ」「何?」何だろうこの、嫌な予感。


「ちょっとちょっとーぉ…」「なーに?」 




観念して振り向くと、びすけの目はランランと光っている。嫌な予感は的中だ。



「…遊ぼうよぉ。」




「いや、今からご飯食べるから…「たべた?たべた?」


「まだ「たべたああ?」「ま!!だ!!」


びすけは一瞬目を丸くしたが、すぐ不機嫌そうに「ム〜」と鳴く。


「鳴かないでよネコじゃあるまいし」「おれ猫だよ。」


「…あーわかったわかった、でもとにかく今は無理!しつこいと、遊ぶもんも遊ばなくなるよっ」



ヤツをしっしと追い払うが、どこ吹く風といった様子である。


やれやれ、人型になると、ふてぶてしさが2割増しだな…。




・・・




それからも、今日のびすけは一段としつこい。何といっても普段入らない台所にまでストーカーしてきやがるのだ。


猫の時ならまだしも、人のすがたで狭苦しい台所をウロつかれては、危なっかしいことこの上ない。



「…何してるのぉ?」「ギョーザ焼いてんの。」

「ふーん、何してるのぉ?」「ギョーーザ!」「ふぅーーーん。」



びすけは半分口を開け、とてつもなくマヌケな顔になる。どうやら『ギョーーザ!』の意味を考えているらしいが、3秒もしないうち、ふたたびマヌケな声が出た。



「それで、何してるのぉ?」



思わずフライ返しを落としたと同時に、私はいよいよコイツを追い払う腹を決める。


このマヌケ、かくなる上は圧倒的・武力行使だ。


私が持つ最終兵器、それはドラッグばりに猫を惹き付けてやまぬあの悪魔的猫オヤツ『ちゅーる』である。




しかし、最終兵器の発音すらままならぬうちに、びすけはトリップをキメていた。


「t「ちゅーるっ!!ちゅーるっ!!」

「はいはいもう…わかったあげるからさ、ちょっと静かにしてよ、もう…」




私は観念してコンロを止め、ちゅーるを出してリビングのエサ入れに入れてやる。

入れるがいなや、びすけははごはごいいながら夢中でペーストにがっついた。



…まあ、私側にも責任はある。

言うことを聞かせるのにちゅーるを使いすぎたせいで、私の口の形が「ち」になっただけでハイになるよう無意識に調教してしまっていたようだ。

エサ入れ周辺の、よだれまみれになったフローリングを見て、私は静かに頭を抱える。





…うちのびすけはばかである。

もちろん猫の時でもばかだ。


猫だからばかなのではなく、元々ばかな猫なのだ。


折角キレイな顔をしているのに、中身がばかだから、残念極まりない。






「ちゅーるの代わりにリビングから出るな」を守りつつ、秒でちゅーるを食べ終わったびすけの妖しい視線を感じつつ、どうにかギョーザを作り終えた。




変な事に気を取られていたせいか、ギョーザはメチャクチャに焦げた。



・・・



さもしい炭素の晩餐を片付けると、ようやく窓辺でたそがれるびすけに近づく。「びすけ、遊ぼっか。」



しかし、当のびすけは口を半開きで窓の外を凝視するばかりだ。

私に気づいてすらいないようにも見える。



「…びーすけ。遊ばないの?」「ほげ?」


びすけは口半開きのまま、真ん丸の目で振り向いた。



「あー、別にいいや。忙しいから。」



言うが早いかびすけは窓に向き直る。視線の先は間違いなく、電線の上で身繕いするけなげなスズメだ。



あまりにもそっけない対応に、私の口は半開きだ。



「え…それで『忙しい』…?」



心から漏れ出た疑問がびすけの『何か』を刺激したようで、振り向いた瞳は明らかに、ネコ科の鋭さを宿していた。



「はぁ?忙しいんだってば。…ジャマしないでくれる?」



舌打ちでもかましそうな顔に、不覚にも一瞬たじろぐ。


な、何だマヌケのくせに。…まてまて、飼い主ならばオス猫一匹論破できずにどうする!「部屋から出たことないくせに…」



「なんて?」「い~〜え!『お仕事』がんばってね〜」



全力で皮肉を言ったのに、腹が立つほど効果がない。

腹立ちはしたものの内心ほっとした私は、ソファーに座り読みかけの本を手に取った。




…いや、ほっとしたのはびすけにビビったからでは、断じてない。


それはびすけとの遊びが回避できたからにほかならず、つまるところ人間バージョンのびすけと遊ぶのは、死ぬ程しんどいとからなのだ。



びすけの身体能力はなぜか猫時より引き継がれているところが大きなポイントだ。




考えてもみてほしい。

獣と同等の身体能力を持つ成人男性と、1LDKの部屋で追いかけっこ。




しんどいも何もそもそも物理的に不可能。


不可能を承知で開始したとて、一も二もなく一人勝ち(もちろんびすけの)なのに、ヤツがそれなりに楽しそうなのは本当に謎極まりない。



・・・



読書に本腰が入りかけた頃、つまりはプチバトルから10分足らずで、肩になにかがおぶさる。



『お仕事中』のびすけが、背後から抱きついてきたのだ。



「…忙しいんじゃなかったの?」「忙しくなくなった。」

「勝手だなーもう…何がしたいのさ」


本を閉じると同時にびすけは即答した。「おっかけっこ。」



「却下!」


びすけはジットリ睨んでくるが、私は今度こそひるまない。「睨んでもダメ!」


「おれのこと、きらいなの?」「情に訴えてもダメ!」


「動かないと太る。」「う…痛いところ突いてもダメ!!」



びすけは私におぶさったまま、しおらしく黙り込んでしまう。

少々背中が重いのと良心の呵責が難点だが、おっかけっこよりはマシだ。




「…」「…」





その日のびすけがあまりにも大人しかったので、私はつい油断していた。




・・・




読書に熱中していると、ふいにびすけの息遣いを感じる。


思わず顔を上げると同時に、首筋に走るひやりとした感触。「ギャ!??」「あはは。」「な、何すんのバカ猫!!」


どうやらコイツ、あろうことか私の首を舐めてきたようだ。



「ばかだって、ひどいなー。何すんのーって、ただのけづくろいじゃん。おれ、いつもやってるじゃん。知らないのぉ?」




どこか得意げなびすけを見るにつけ、どうやらマウントを取っているらしい。




「そっ…それはあんたが猫だからでしょう。そもそも私、毛とかないでしょう!」「…。」



びすけは目を真ん丸にして硬直し、一生懸命脳みそをフル回転させているが、明らかに理解できていない。

案の定3秒もしないうちに思考停止し、ふたたび私の首やら耳やら舐めまくる。




「このバカッやらなくていいっひゃ、ふははは!!ってか魚くさっ!マグロくさっ…うはははははは!!」


必死の抵抗虚しく、びすけの目は完全に「面白いものを見つけた」喜びにわなないており、私は内心で完全に、敗北を悟る。



『耐え』モードに入った私をべろべろ舐めるばかびすけは、ばかびすけらしくばか丸出しの声色で、ばかな事ばかり言っている。




「ねぇねぇそのほんってやつ、面白いのぉー?」「…。」


「んーなんかー、人間って変なあじーはごはご」「…。」





あああああもう無理限界だ!!!!


「…人をおもちゃにするのはやめっうひゃひゃひゃひゃっ!」「あははははっ!」



飼い主の威厳はいともアッサリ崩れ去ったが、死ぬ気でびすけを引っぺがす。



「いい加減にしろっ、か、彼氏でもあるまいしっ!!」


するとびすけの動きが止まる。「…びすけ?」




びすけはいつもの『小さい脳みそをフル回転させている時』の半開き顔になったが、ついに何かを思い出す。




「『かれし』ッ」



は?と言う間もなくゴチッと何かが歯に当たり、口元に刺すような痛みが走る。「いだいだだ!??」




こ、コイツ私の唇を…噛んでいる!!





断末魔の叫びに驚いて体を離したびすけの牙は、案の定私の血で血だらけだ。



「うげぇ、血〜〜〜。おぇっ。」「こ、このぉ…!」



殺意を込めた眼差しにも気づかず、びすけはひとりごちている。




「おぇ…おかしいなーこの前テレビで見たやつ、血なんか出なかったのになー。」




血をティッシュで抑えつつ、私の胸は不穏にざわめく。



「て、テレビで?」




「うん。『かれし』って人が女の人とさー、こうしてたの見たもんね。」私は思わず絶句する。「あれ、どうしたのぉ?」




何も知らないばかびすけは、口元を(私の)血だらけにしてヘラヘラ笑う。




びすけ、それはたぶん、私にやっちゃダメなやつだよ。絶対絶対、絶対にその意味と、やり方を覚えさせないようにしなくては…。私はひとり、かたく胸に誓うのだった。猫でも人でもこのオスは、それはもうこの上なく私の『タイプ』なのだから。(終)

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