~桜語り~

たちばにゃ

其の一(ひとりの終わりとひとつの始まり)

 覚えているのは目が眩んでしまうほどに真っ白で、射貫くような強い光を放つ車のライト。耳が痛くなりそうになる大きく甲高い悲鳴を辺りに響かせるブレーキ。

 周りの歩行者が事態に気づいてあがった悲鳴と怒号と既に目の前まで迫るトラックの鼻先。

 その時ふと脳裏をよぎったのは、一瞬とは刹那とも云われるほどにとても短いもののはずなのに、実際に体験してみると意外に長く感じるものなんだなという感想とも言えないようなことだった。

 それともこれは、自分がいま正に当事者となっているからこそ余計にそう感じるものなんだろうか。 

 なんというか、いわゆる走馬灯的な。

 ただまあ、間違いなく確実なことはひとつある。



 ・・・・・・あぁ、これは死んだかな。



 と他人事のように思った。

 走馬灯とはこれまでの経験をもとに生存できる道筋を探しているのだと云う人もいるらしいけど、鍛えているわけでもなく、なんか特殊な能力があるわけでもない一般人パンピーには到底無理な話です。

 無茶ぶりヨクナイ。


 恐らくは天国もしくは極楽浄土にいるんじゃないかなーと思われるおとーさん、おかーさん。

 図らずも先にそちらへ旅立ってしまったあなたがたにいつか胸張って会いにいけるように、畳の上のお布団でがっつり寿命で大往生する予定が絶賛進行中でしたが、娘は二十を越えたばかりなのに早々にそちらにお邪魔することになりそうです。


 もしかしたら久々・・・・・・でもないとは思うけど、蜜月夫婦水いらずを満喫してるでしょうが、できればいきなり蹴り出さないでもらえると嬉しいかなーとか。

 わりと切実に。


 ホラー映画は別に嫌いじゃないし、むしろ普通にお菓子とかつまみつつ見ちゃうけど、流石に自分が幽霊やらゾンビやらよくわからない何やらになるのは全力でご遠慮させていただきたい所存です。


 えぇ、そりゃもうほんとうにこれ以上はないぐらいマジで。


 正しく走馬灯のように、自分にとってはひどくゆっくりゆっくりと流れる一瞬の体感、その直後。

 身体がばらばらになりそうな激しい衝撃と次に襲ってきたのは心臓の鼓動と連動して明滅するかのような痛み。ぬるり、と粘り気のあるあたたかく濡れた感触。

 むせ返りそうなほどの生々しい温度をもった鉄錆とよく似たにおい。


 ・・・もう、周囲の音すらもわからなくなってきている。


 次いでゆるりゆらりと訪れくる暗闇に少しずつ意識も視界も浸食されながら、ぽつりぽつりと切れ切れに思う。


 ・・・お酒、入って冗談半分だったとはいえ美咲と約束しといてほんとうによかったかもしれない。

 もし私たちのどちらかが万一事故とか病気なんかで先に死ぬようなことになった場合、生きてる方が相手の所持品から他の誰かに見られたらちょっとかなりアレな品を処分もしくは譲り受ける(PC含む)、なんて。

 あの時は酒の席でよくありがちなオタク特有の冗談でしかなかったけど、ほんとーにマジで頼んだよ美咲・・・。

 さすがにお世話になった近所のおばさんとか親戚のおじさんとか表向きの趣味ぐらいしか知らない同級生とかに他のあれやらこれやらそれやらを見られたりなんだりするのは本気で勘弁していただきたいデス(がくぶる)


 想像しただけでも私のライフは(精神的にも)もう0よ・・・。


 あぁ、でも・・・まだやりたいこと、いっぱいあったんだけどな・・・。

 あの先生の小説の新刊は来週発売予定だったし、美咲に借りてた漫画もまだ3巻までしか読んでなかったのに・・・。

 ビーズとレジンのアクセサリーだって作りかけだし、あのゲームももうちょっとでクリア、だったのにな。それにこの夏中に皆でプールと遊園地に行っていっぱい遊ぼうっていってたのに、約束、破っちゃった・・・。

 ごめん、ね、みんな・・・。


 嘆いたってもうどうしようもないみたいなのはわかってはいるんだけどさ・・・。

 ラノベとかでよくある異世界転生だって、実際はあるかどうかすらもわからないから期待するのもなんかあれよね・・・。


 せめて次に生まれ変わることがあったら、この際人間じゃなくてもいいからもうちょっとぐらい、長く生きたいかなぁ。

 あぁ、綺麗な花の咲く木・・・桜とかいいよね。一番、好きな花、だし。

 でも木だと、意識とか自我って多分、ないよね。

 できるなら自分の記憶、は持っていたいし、自我が、あったらもっと、いいけど、さすがにそれは無理、かなー。

 それ、なんて、ファンタジーって、感じ、だよね・・・。

 でも、なー・・・。


 なんて。

 いま考えてみるととりとめもなさすぎるというか、がっつり死にかけてるのに悠長にもほどがあるというか、むしろ完全に益体もないことをつらつらと考えていたと思う。それでも意識は留めることも出来ず徐々に霞がかり、水面へとぷん、と沈み込むように闇の中へと落ちていった・・・・・・・・・はずだったのに。



 ふと目を開けるとそこは、神様と呼ばれる存在が実在している世界の中でも更なる深奥。深い深い神秘の森の中でした。

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