夜明けの空に星を灯す

吹雪舞桜

夜明けの空に星を灯す

 読んでいた本から顔を上げた七星ななせは、ふと窓の外に目を向けた。

 地平線に落ちた太陽が紅蓮色に空を焼き、雲を茜色に染めている。染まり切れない雲の陰、その合間に広がる青空は少しずつ深い闇に覆われていた。街並みは色彩を奪われたかのように影を落とし、まるで空のグラデーションだけが世界を鮮やかに彩っているようで。

「もうすぐ終わるのか」

 呟かれた言葉は静かな部屋によく響いた。

 無感情のようでどこか感慨深さを滲ませた声は、彼らしくない愁いを帯びている。

 三人掛けのソファに座って読書をしている七星の隣には、幼馴染みの雪羽ゆきはがそんな彼の肩を枕にしてぐっすり眠っていた。部屋に射し込む陽光にはまだ夏の面影が残っていたが、涼しくなってきたこの時期では思いの外暖かかった。だから、どちらともなくソファに座って日向ぼっこをしながら各々好きなことを始めたのはおやつ時より少し前だったので、あれからだいぶ時間が経ったらしい。

 七星は今なお気持ちよさそうに眠っている雪羽に目を向ける。

「こんな時に、よくもまあ呑気に寝れるもんだな」

 悪態混じりの独り言は囁くよりも小さな声量で。

 彼女の安眠を妨害しないためではあったが、その言葉が盛大なブーメランであることを自覚してのことでもある。何しろ、彼もまた貴重な時間を読書に、ーーそれも幼い頃から何度も愛読した本を読むことに費やしたのだから。

 小さくため息を吐いた七星は再び視線を窓の外へ向けた。

 記憶にあるよりも濃く夕焼け色が染みる光景は、喧騒が少し遠くに聞こえるぐらいで今日も今日とて静かなものである。いいのか悪いのかは定かではないが、それがまた彼を感傷的にさせる一因であることは間違いないだろう。

 宵の帳が落ち始めた黄昏の空に星の灯火は見えない。

「…………もう、終わるのか」

 今日は世界最後の一日だった。――明日、世界は終わる。




 七星がその話を聞いたのは一昨日のことだ。

 朝食時、ふと思い出したかのような口調で雪羽が唐突に告げたのである。

「明後日で世界が終わるんだって」

 彼女が何を思ってそう言ったのかはわからない。

 それでも、社会が平常通りに機能しているうえに職場から何の連絡もない以上、例え世界がどうなろうが仕事に行かなくてはいけないのが社会人の常識である。幸か不幸か仕事があるのは七星も雪羽も同じだったので、世界が終わるからといって好き勝手するのはいけないことだと結論づけて二人ともその日はいつも通り出勤した。

 そうして、互いに世界が終わる前にやりたいことを考える。

 実は七星はその翌日、世界が終わる前日も仕事だったのだが友人でもある同期のおかげで仕事はなくなった。世界最後にやりたいことが仕事かと問われれば、そんなことはないと断言できるぐらいに、それ以上に優先したい大切なものがあるからだ。……ちなみに、その同期兼友人に世界が終わる前に何をするのかと聞いたところ、死ぬまでに行きたかった場所に行くと答えてくれた。

 そして仕事中、七星がふと思い出したのは小学生の時に卒業文集で書いた、もしも系の質問だった。もしも明日世界が滅ぶとしたらどうするのか。あの時七星は『言いたいことを言う』と書き、それに触発された雪羽が『好きなことをする』と隣に書いていたのを覚えている。当時の七星ですら抽象的な答えだったというのに、選択肢が増えた今は余計に答えなど出るはずもなく。やりたいことがないわけではない。けれど、たった一日でできることなど限られる。

 七星は結局、具体的な答えが思いつかないまま帰宅した。

 ……しかし。どうやらそれは雪羽も同じだったらしい。

「いやあ。いざ考えてみたはいいけど何も思いつかなかった」

 夕食時、彼女はそう言ってあっけらかんと笑った。

「やりたいことがないわけじゃないんだけれどさ。じゃあ何をやろうかって考えた時にどれもパッとしないというか、何か違うなあって思って。七星はどう?」

「俺も同じだ」

「そっか。困ったな、もう時間がないのにやることもない」

 そう言った雪羽の声は本当に困っているのか疑わしいほど楽観的な声音だった。

 しかし、それを七星が指摘しなかったのは彼もまたそれほど焦っていないからで。時間がないと慌てるよりは幾分かマシだろうが、自覚が足りていないと責められても仕方ない態度であることも理解している。だから七星は、彼女に小言を言われる可能性を想定して準備していた言い訳を、現状を打破するために伝える。

「……俺は、何もしなくていいと思った」

「え、何で?」

 聞き返された言葉に七星は一瞬返事を躊躇った。

 普段の彼ならば、特に思いつかないなら無理してやりたいことを探す必要はない、と答えるし実際そう言うつもりでいた。しかし直前で止めたのは明日が最後の日であることを思い出してのことである。幼い日に世界が終わる時には好きなことをすると答えていた幼馴染みのことを思うのなら、雪羽が何をするのか最終選択は彼女自身がするべきだ。

 それならば、ここで七星が言うべきは何をどう考えたのかだろう。

「世界の終わりをどんな風に迎えたいか考えたんだよ」

「なるほど。それで、何もしない理由は?」

「そりゃあ、どんな最後がいいか考えたら、俺は別に何か特別なことがしたいわけじゃないって結論になった」

「うんうん、つまり?」

「だから。俺は、最後だからいつもみたいに過ごしたいと思ったんだ」

 そう答えて、七星は自身が口を滑らせたことに気付いた。

 その結論を導き出した考え方を伝えていたはずなのに、聞き返される度に少しずつぞんざいになっていく返答が最終的に雪羽に伝えたのが七星の考えだったのは墓穴を掘ったとしか言いようがない。それならば、最初から素直に伝えていた方がまだ格好もついただろう。自分の結論ぐらい自分で考えて出せ、とさっさと突き放すべきだったと気付いたが後の祭りである。

 何しろ首を傾げていた雪羽は目の前で、これでもかと嬉しそうな顔をしているのだ。

「うん、私も一緒がいいって思っていたんだ。やりたいことを考えても七星のことばかり思い浮かんでさ。七星と一緒なら何をしてもどこに行ってもいいなって思ったら、やりたいことが何も思いつかなかった」

 雪羽が告げた言葉は、口には出さないだけで七星も同じである。

 幼稚園生の頃から今現在でも変わらずに付き合っていて、そのうえ二人で一緒に暮らしている現状、いつも通りの日常とはイコール一緒の時間を過ごすことの方程式が成り立つ。それは七星も雪羽も相違のない価値観だ。

「だから。明日は、最後まで一緒に過ごそう、七星」

「ああ、いいよ。雪羽がそう望むなら」

 そうして世界最後の一日の予定が決まったのである。




 夜の帳が世界を闇に包んでいる。

 遥か遠くへと広がる空には、しかし、それを彩るはずの満天の輝きはどこにもない。ただ漆黒に染まった雲だけが朧げに敷かれている。ただ一か所、闇を切り取ったかのように、そこにポツンと佇む月だけが暗闇を照らしていて。

「お星さま、見えないね」

 どこか寂し気な声が仄暗い部屋によく響いた。

 盛大に開かれたカーテンの向こう、ベランダに続く大きな窓から僅かに射し込むのが月光なのか外灯なのかは定かではない。それでも、心許ないその明かりが、照明の消えた室内に残された最後の光であることだけは確かだ。

 七星と雪羽は寄り添うようにソファに座って互いの温度を分け合っている。

「曇りだからな。まあ、晴れててもここじゃ見えないだろうけど」

「確かに。私ね、七星の部屋から見る星が一番綺麗だと思っているんだ」

「そりゃどうも。でも、お前の部屋も同じようなもんだろ。近所だったんだから」

「でも何か違うんだよね。……あの日、七星の部屋から見た星空が一番綺麗だった」

 雪羽が話題にしたのは、中学生の時に天体観測をしたある夏の日のことである。

 あの日、七星が誕生日プレゼントでもらった望遠鏡で惑星を見た後、七星の部屋に戻って窓から見える空を眺めて二人で星を探した。ランタンの灯りが手元だけを照らす暗い部屋で二人で図鑑や星図盤を見ながら満天の星空に星座を描いたあの時も、今と同じように身を寄せ合って隣に座っていた。

 懐かしさに手を引かれるまま七星はそっと目を閉じる。

「…………いつ、終わるんだろうな」

「明日が終わる時だったりして」

「だったら、最後の晩餐は今日じゃなくて明日だったな」

「七星はいつだと思う?」

「そうだな。朝日が昇ると同時ぐらいだろ」

「当たるといいね」

「まあ、いつの間にかに終わってた、なんてことにならなきゃ何でもいいんだけど」

「それには私も同意だなあ」

 相槌を打った雪羽の声は少し弾んでいて。

 見ていなくても、彼女が楽しげに笑みを零したのだとわかった。

 あの日と同じ仄暗い部屋には、けれど手元を照らすランタンの灯りがなければ、窓から星空を見上げて目を輝かせていた少年も空を指差して星と星を結んでいた少女もいない。けれど、雪羽が一番綺麗だと言ったあの満天の光景は、目を閉じた七星の瞼の裏に今でも思い描けた。十年経った今でも案外鮮やかに覚えているらしい。

「ね、七星」

 静寂の中、雪羽の静かな声が響いた。

 七星は目を開けると隣を一瞥する。明かりのない闇にすっかり慣れた目は、鮮明にとはいかず表情まではわからないが、曖昧にでも隣の彼女を捉えた。

「もしも、滅んだ世界で七星は生き残ったらどうする?」

「は?」

 反射的に聞き返した七星は、またいつものやつか、と思い至った。

 幼稚園生の頃からの付き合いである雪羽は、昔から時折突拍子もないことを言い出す癖があった。幼稚な言い方をすればごっこ遊びとも言葉遊びとも呼べる、思考力や想像力を養う類の遊びで、そのたびに七星は可能な限りで彼女に話を合わせて付き合った。彼女が想像する世界はいつも暖かくて優しい終わり方をするから、まあいいかで絆されたところもある。

 もし、世界滅亡した後でも生き残っているのなら。

 それならば、前提としてこの惑星が消滅するような事態には陥っていないのだろう。自然現象の果てか、作為的な陰謀か。どちらにしろ、昔見た映画のような荒廃した世界には、探せばきっと七星以外の生存者もいるはずだ。

 七星が答えに迷ったのは一呼吸の合間だった。

「そしたら、希望とかそんな何かを、いつか世界を救ってくれるやつのために残しておくか」

「七星が救おうとは思わないんだ?」

「俺一人には荷が重すぎる。……そういうお前は?」

「じゃあ、七星が残してくれた希望を未来に繋ぐ」

「お前も救わないんだな」

「私一人じゃ何もできないよ」

 どこか呆れたような七星の声も少し拗ねたような雪羽の声も、寂しさと暖かさが入り混じったような哀しげながらも優しい声音で、普段よりも幾分か柔らかさを帯びている。

 暗闇の中では相手の顔がはっきと見えないからか、二人とも顔を見合わせることも視線を向けることもしない。それでも七星と雪羽は肩をくっつけ合ったまま、いつか訪れたかもしれない未来を思い馳せるように、例え話に花を咲かせる。

「きっと私が世界を救うとしたら、七星も一緒じゃないと」

「まあ、そうだな。お前一人だと心配だし、手伝うくらいはしてやるよ」

「もちろん、七星が世界を救う時は私も一緒だよ」

「それは心強いな」

「でも、七星が勇者なんて全然イメージできないね」

 声を弾ませた雪羽が楽しげに小さな微笑を零した。

 七星も自身に勇者なんて似合わないと理解しているし、そもそも柄ではない。

 きっと七星が世界を救うとしたら、いつだって隣にいる女の子のためだ。

 気付けばそっと寄り添ってきて手を繋いでくるような優しい彼女がいるから、何の変哲も代わり映えもしない日常がかけがえのないものになった。それがいつまでも続くわけじゃないと頭では理解していたし、だからこそ少しでも長く続くように願っているのは事実だ。だからもし、そんな日常があっという間に崩れてしまえば悔しいだろうし、なのに何もできない無力さに歯痒くもなるだろう。世界を救うために何か自分にもできることがあるのなら、例えそれが決定打にならなくても積み重ねのひとつぐらいにはなれるなら、きっと七星はどんなことだろうと喜んでやる。

 すべてを守れなくたって構わない、ただ、大切なものぐらいは自分の手で守りたい。

 それが七星の根本にある価値観だ。

「……まあ。俺は生まれ変わったって勇者にはならないからな」

「とか言いつつ、世界の命運をかけた戦いに巻き込まれるのであった」

「やめろ。お前が言うと冗談にならない」

 七星は心底嫌そうに顔をしかめた。

 もし彼が世界の命運とやらに関わるとしたら確実に彼女が原因で、その雪羽が巻き込まれるだなんて言うのは七星にしてみれば巻き込みますよと宣言されているようなものだ。

 それを知ってか知らずか雪羽は楽しそうに笑っている。

「私は生まれ変わったら、凄腕の頼りになる人になりたいな」

「何だそれ」

「あれだよ、ほら、主人公のピンチに颯爽と現れて助けてくれる強い人。私もすごくいいタイミングで出てきて、うわっマジかこいつすげえな、超頼りになる、って思われたいんだ」

「それはまたお前らしいな」

「それに、そのポジションなら七星も似合っているよ。絶体絶命のピンチに現れて助太刀してくれる凄腕コンビ、って何かもう響きからかっこいいよね」

「俺も一緒かよ」

 呆れた様子でため息を吐く七星だが、その声に普段ほどの棘はない。

 それに気付いている雪羽は嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべたが、顔を合わせない暗闇の中で七星は気付いていなかった。

 ややあって、雪羽の手が七星の手にそっと触れる。遠慮がちに手を重ねてくる彼女に応えるように七星がその手を握れば、ぎゅうと力を込めて雪羽が強く握り返してきた。

「これからも、この次もよろしくね」

「……こちらこそ」

 願いでも、希望でもない、もしもの未来の約束。

 種にも実にもなるかわからない例え話に確証なんてないが、それでも、子ども騙しのような想像が終わりの後にその続きを作るから気休め程度でも前を向けるのだろう。

 確証がないからこそ、可能性があるのだと希望を信じられるから。

 七星はふと窓の外へ視線を向けた。

 星のない真っ暗な夜はあとどれくらいで明けるのだろうか。南向きの窓から見える空は、闇色から紺碧色へゆっくりと移り変わり始めている。

 不意に肩に重さを感じた七星が振り返れば、雪羽が彼に寄りかかっている。眠くなってきたらしい彼女がおもむろに目をこすっているのが暗闇の中でもわかった。枕にされそうな七星は、こんな時でも相変わらずな雪羽に苦笑いを浮かべた。

「なあ、雪羽」

「んー?」

「じゃあさ。ひとつだけ、何でも願いが叶うとしたら、何を願う?」

 七星の問いに雪羽は顔を上げた。

 そう聞いた七星としては先の話題の続きで例え話の延長線、何てことはない雑談のつもりだった。けれど、聞かれた雪羽はそう捉えなかったようで、囁くような声で七星の質問を復唱した後ひとつ頷く。

「世界が終わらないように、願うかな」

 穏やかな、それでいて強い意思の垣間見えるような声だった。

 優しく包み込むような暗闇と、互いに分け合うぬるま湯のような温度の中で、少しずつ眠気に誘われているとは思えないほどに雪羽は毅然としている。

「……意外だな」

「そればかりは私にどうしようもないからね。その他のお願いは、私が自分の力で叶える」

「ふうん。例えば?」

「七星とずっと一緒にいたい、とか」

 そう言って雪羽は照れたような笑みを零した。

 真っ直ぐに言葉をぶつけられた七星はその気恥ずかしさからそっと目線を逸らした。照れと嬉しさの混ざったむず痒いような感情は、けれど存外悪いものではない。

 七星が繋いだ手を強く握れば、嬉しそうに笑った雪羽も手に力を込める。

「そういう七星は?」

「そうだな、俺は……」

 そう言って七星は考える素振りをみせた。

 世界が終わらないようにとか、平穏な日常がずっと続くようにとか、言葉は次々と頭に浮かぶのだが七星が叶えたいことはそういうことじゃないようで、どれも声を伴って口から出て行こうとはしない。それらの願いの根本が何なのか、考えなくてもわかっている。

 世界の終わりに、何よりも優先したい大切なものがあった。

 その結末が今この瞬間ならば、少しぐらい、素直になってもいいのかもしれない。

 言わなくても伝わることもあるけれど、言わなければ気持ちは伝えられないのだから。

「俺は、雪羽の幸せを願うかな」

 返ってきたのは、雪羽の幸せそうな笑顔だった。




 白ばみ始めた空には滲むように紫色が滲んでいる。

 まだ夜を内包する雲が朧げに飾られている空は、地平線に近付くにつれて色が淡くなり美しいグラデーションをなしていた。顔をのぞかせ始めた薄明かりが世界を照らし上げていて。

 カーテンが開け放たれた窓から射し込む光で仄かに明るい部屋では、三人掛けのソファに座る七星と雪羽が寄り添うようにして眠っている。

 世界最後の夜が明けた。

 そして、今日、世界は――。



   ・


 目を開けると見慣れた顔が視界に飛び込んできた。

 穏やかで、それでいて柔らかい眼差しを向けてくる微笑みは、どこか嬉しそうにもみえる。しばらくそれをぼんやりと眺めていた彼は、やがて欠伸混じりに声を発する。

「ん。おはよう」

「おはよう」

 答えた彼女は柔らかく破顔した。

 緩慢な動きで背筋を伸ばしながらもう一度欠伸をした彼は、何をするでも言うでもなく隣に座っている彼女へ問いかける。

「……で。終わったのか」

 彼の声は、どこか寝ぼけた様子を見せているとは思えないほどに、温度がなかった。

 物言いこそは心底うんざりしているとも本気で呆れているともとれるようなものだったが、向けられる眼差しに険がないことを理解している彼女は相変わらず笑みを崩さない。

「そして、今日、世界は終わりを迎えた」

 そう告げる彼女の声はまるで宣誓をするかのように真剣で。

 だから彼も同じような声音で応える。

「そして夜明けが訪れる、……ってか」

 物語の終着点、望んでいたのは暖かくて優しいエンディングだった。

 雪羽も、そして七星も。

 例えば想像力を求められるごっこ遊びや対応力が求められるエチュードは、閉幕してしまえば終わりというわけではない。そこで得たものは種や実になって未来の自分を助けてくれる。それならば今回七星が得たものは何だったのか。……そんなのは愚問だろう。

 少しだけ躊躇った後で七星は雪羽の手を握った。

 いつかの星空のように、きっと十年後、微睡むような夜明け前を鮮明に思い出せるように。

「俺でいいなら、どこにだって、どこまでだって付き合ってやるよ。だから――」

 それは、仕方ないと言いたげな呆れたような声音で。

 彼は柔らかい眼差しで彼女を見つめる。

「これからもよろしくな、雪羽」

「うん。こちらこそ。よろしくね、七星」

 訪れた夜明けにさいかいの言葉を。

 優しい世界の幸せがいつまでも続くように。

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