第46話 被害をエルフの里だけで収めるために
そのエルフは緊張と不安でカチカチに固まっていました。それもそのはずで、大きな里にある会議場、その中心で大勢の里長や里の重鎮達に囲まれているのですから。いつも通りに仕事をしていたらいきなりお偉方に呼ばれ、会議室に入ったら針のむしろ、というのが彼の状況でした。
そんな彼に人間の少女が近付いていきます。何故人間が、と彼が疑問に思っていると少女が言いました。
「それじゃ、皆さんいきますよ」
エルフの首が宙を舞いました。少女、アンジェリークの居合いによって刎ね飛ばされた首が床を転がります。それと同時に首のない体が別の何かへと変貌していきました。硬質な浅黒い皮膚と長い爪、元がエルフとは思えないパンパンに膨れあがった筋肉、頭があったら二メートル半はあったであろう程に巨大化しました。巨大化した身体はバタバタと暴れ回ります。そんな体を囲っているエルフ達が唖然と見つめています。
「ん~、変貌前に頭を切り離せばただ動く肉塊になるみたいですね。これは予想通りかな。何度か確認しないと確定とはいきませんが」
アンジェリークは喋りながら刀を元エルフの胴体にグサグサ刺していきます。鳩尾、胸、腹と順に何度も刺されますがそのたびに傷が癒えていきます。しかし脇腹を刺されたところで体を痙攣させ、やがて動かなくなりました。
「弱点は心臓らしいですが位置が個体によって違うようですね。もしくは流動しているのかもしれません」
動かなくなった肉体は縮み、元のエルフの体へと戻りました。アンジェリークはドスを取り出すと遺体を裂いていきます。そして太刀に刺さった心臓を見えるように掲げました。
「死ねば元には戻ります。つまりは証拠が残りません。これはかなり厄介ですね」
アンジェリークは喋りながら遺体を蹴飛ばします。身体強化した脚力で蹴飛ばされた胴体は跳ねるように転がり、辺りに血をまき散らしながら会議室の壁に激突しました。
「今のところで何か質問はありますか? ある人は挙手をお願いします」
一人が手を上げました。意見を述べるため立ち上がった彼の顔は真っ青でした。
「今現在の状況を聞いてる。そして帝国の騎士から詳しい説明を受けるためにここに来た。しかし、この場でその化け物を公開処刑するとは聞いていない」
「実物を見た方がどれだけ危険か分かりやすいかと思ったんで」
アンジェリークはにこにこ笑いながら答えました。ハットリが堪えるような無表情で近付いてきてアンジェリークに紙を手渡しました。
「ここで死んでる彼はセルゲイ。ブツコの里、デニスとオルガの間に七十二年前に生まれてます。おや、生まれてから一度も里を出ていないようですね。ん~、なるほど、外から帰ってきた幼馴染みに熱心に勧誘されて入信してこうなったようです。両親は普通のエルフのままなので信仰が乗っ取りの条件にあるっぽいですね。教会の治癒術みたいなものでしょうか」
アンジェリークの言葉に会場が恐怖で静まりかえりました。乗っ取られている、という説明は受けていても乗っ取るというのが具体的にどういうものなのか、詩や音楽を尊んでいてもアニメや漫画のような奇想天外な創作物を知らないエルフ達にはいまいち理解出来ていません。ゆえに目の前で現物を見せられたからこそ、その深刻さが理解出来てきたのです。
信仰が条件であるなら信者というのであれば教団員を全て追い出すか殺すかすればいい、という訳ではありません。信者である事を隠して潜伏されている可能性もあるのです。そうした場合、潰したとしても外の教団に感づかれますし、潜伏している相手はそれこそ気付かれないように行動するでしょう。そして、そういう弾圧こそ信仰心を強くするものです。
「ああ、ご心配なく。誰が変えられたかは把握できます。各里の教会信者に方法を指導しています」
ローザが化け物を確認した術は治癒術の基礎の基礎、的確に治癒術を使うために体の状態を調べる術です。教会信者であれば多くが使える術ではありますが、平均的な術士では練度が足らず見分けられませんし、そもそもが遠くの相手に気付かれないように使用できるのはローザぐらいです。なのでせめて近付けば調べられる程度の練度を身につけさせるためにローザが指導を行っています。
「なのでこの場の皆様に説明ついでに彼らの事を学ぼうかと思ったんですよ。私もよく知りませんからね」
まるで茶会でも開いているかのような笑顔でそんなことを言うアンジェリークにエルフ達は何も言えませんでした。
納得したと判断したアンジェリークは合図を送り次の生け贄を会場へと入れます。次は女性のエルフ、冒険者めいた格好をした長身のエルフです。先ほどのセルゲイと違い薄い胸を堂々と張って入ってきました。
「里長に呼び出されて来たが……これはどういう状況だ? 何故人間がこんなところに? あとこの血の臭いはなんだ?」
「エディタさんですね?」
「そうだが」
アンジェリークは彼女の横腹に刀を突き刺しました。特に表情を崩すことなく、まるで握手でもするかのように行われた蛮行にエディタは反応すらできませした。刺されたことに気付いたエディタは慌てたように刀を掴みます。
「一体何を!?」
「攻撃しただけでは変化しないようですね」
アンジェリークは脇腹を裂くように刀を引き抜くとエディタはその場に膝を突きました。血がダラダラと流れていきます。
「なんなんだコレは!? 人間の蛮行を何故見ている! なんなんだ!?」
「未だ状況が理解出来ないのですか?」
「理解出来るわけがあるか!」
エディタがそう叫ぶと、座っていた里長側の一人が立ち上がりました。
「待て! 本当に彼女はそうだと言えるのか!? 本当は間違いじゃないのか?」
「間違いありません。ここの会場に来る前にローザが確認しています。ローザが間違えるはずありません」
アンジェリークはハッキリと言い切りました。
「それに、普通のエルフならすでに意識を失っているような怪我です。未だ意識を保っている上に出血量が少なすぎるあたり間違いなくもうエルフじゃないですよ」
「なにを言っている! 私はエルフだ! 見れば分かるだろう!」
「ふむ、嘘を言っているようには見えませんね。自覚はないのか、演技が上手いのかどっちですかね」
アンジェリークが言うと、エディタはガクッとうなだれ、そして変化が始まりました。数秒ほどで長い爪と頭に角をもった三メートルほどの化け物へと変貌しました。会場のあっちこっちで悲鳴が上がり、巻き込まれないように壁際へと逃げていきます。
「皆さん、これが変化した状態の完全版です。全長は個体差があるようですね」
何事もないように話し続けるアンジェリークにエディタが叫び声を上げながら襲いかかりました。アンジェリークは振り下ろしの一撃を避けると、横薙ぎに刀を振るいます。刀は爪表面の謎の力場によって弾かれました。
「見えているかは分かりませんが、爪には何らかの魔法が掛かっているようで物理攻撃が通じません。この刀、古代文明の遺産で上手く使えば鉄鎧も紙の如く切り裂けるんですけ、どこの通りです」
アンジェリークは解説をつづけながらエディタと打ち合いを繰り広げていきます。そして一瞬の隙を突いて懐に入り込み、首を刎ねました。エディタは首を刎ねられたことなどなかったかのようにアンジェリークに攻撃を返します。アンジェリークは驚く様子もなくスルリと避けると距離をとりました。刎ねられた首はドロリと溶けて消え、そして体から首が生えてきました。エディタは暴れる様子もなくアンジェリークを睨めつけます。
「変化してからは首は弱点ではなくなるようですね。変化前と後では完全に違う生き物だと思った方が良いみたいです。首から上が治る再生能力からして手足を切っても無意味ですね」
アンジェリークの姿が突如消えました。実際は消えたわけではなくエディタへ急接近したのですが、多くのエルフの目には突然消えたように見えました。
「彼らを殺す方法は判明しているだけで二つ。まずは先ほど見せたように心臓を破壊すること。もう一つは死ぬまで斬ることですね。驚異的な再生能力ですが無限とは考え辛いです」
言いながらアンジェリークは高速移動しつつエディタを切り刻んでいきます。手足からバラバラにされていったエディタは達磨状態にされ、そして胴体をいくつかにバラされたところで元のエルフの体へと戻りました。
アンジェリークは再度ドスを取り出すとバラバラになった胴体をバラバラに裂いていきます。周囲から嗚咽とびちゃびちゃという水音が響きます。アンジェリークは遺体から目的の物を探し当てると全員に見えるように掲げます。それはエディタの傷一つない心臓でした。
「やはり一定以上ダメージを与えつづければ心臓を破壊しなくても死にます。心臓の位置は個体によって違うようですから、下手に心臓を狙うよりもとにかく殴りつづけることが一番ですね」
アンジェリークの解説を殆ど誰も聞いていませんでした。あまりにも凄惨すぎる現場にエルフ達は耐えられませんでした。
そこに皇子が会場へ入ってきました。皇子は外で教団員に気付かれた時用にと待機していたのですが、中から逃げ出してくるエルフ達に気付いて確認をしに来ました。そしてその惨状を見て何があったのか理解しました。
「はっきりと理解して貰うために何人か殺すのはわかるんだが、ここまでバラバラにする必要ないだろ」
「殺すだけじゃもったいないですから、色々調べてたんですよ」
「……ちょっとローザ呼んでくるわ」
皇子がそう言ったところで異変を察知したローザが現れ、アンジェリークは数発の拳骨を喰らいました。
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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。
https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists
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