第45話 いくつもあるなら一つぐらい燃やしてもよくね?

 エルフの森には複数の里が存在しています。当然ですがそれぞれの里に里長がおり、その里長が定期的に集まって色々議題を話し合う、というのがエルフの政治です。そしてこれも当然ですが、会期外の緊急時に特別議会が開かれることがあります。どういうときに開かれるかといえば、森に人間が攻めてくる兆候があるだとか、招待している人間がエルフを殺しただとか、大体そんなときです。

 つまりいえば、アンジェリーク達は特別議会に招集されました。他の里からも長が出席していますが、通常の議会と違い里親全てではなくエフゲニーの里の周囲の長のみです。大きな円卓にエフゲニーを中心に里長達が集まり、その対角にアンジェリーク達が座っています。

 アンジェリーク達の一般貴族組、ハットリ、リヒャルト、アレクサンドラ、マリアンネ、オリバーは顔色を青くしつつ座っています。彼らはエルフと帝国の関係をよく知っており、それが崩れかねない状況だと理解していました。特にアレクサンドラは身内が原因だからか今すぐぶっ倒れるんじゃないかと周囲が不安になるほどに血の気が引いています。

 ミコトは緊張してはいましたが一般貴族組ほど動揺していません。エルフがゲームに出てこなかったゆえにエルフと帝国の関係を知らず、その上で政治なんぞ露程も関わらない平民だからです。

 皇子はゆったりと座っていました。内心としては一般貴族組ほどではないにせよ思ったより大事になったと動揺していましたが、継承者として受けた教育により動揺を一切見せませんでした。

 アンジェリークはいつも通りにニコニコ笑っています。暇そうに手に持ったアクセサリーをクルクル回したりしていますが。

 ローザは出されたお茶を優雅に一口のみ、美味しかったので近くに居た使用人に材料は何かを尋ねていました。この状況でそんなことを聞かれるとは思っていなかった使用人はこいつ正気かと絶句し、少し間を置いて答えました。

 お茶菓子などを出し終えた使用人が会議室から出ると、エフゲニーが議会の開催を宣言します。

 

「それでは特別議会を始める。それではまず、議会を開く原因となった事件について私から説明する」


 エフゲニーは外にアンジェリークを訪ねに赴いたところからアンジェリークが例のアレをぶった切るまでを丁寧に説明しました。


「一応申し上げておくが我々は貴女方の罪を問うたり非難したりするつもりはない。少々強引ではあったが、我が里を守ってくれた事に感謝もしている」


 エフゲニーは少々を強調して言いました。己を無視して斬りつけたことがよほど腹に据えかねたのでしょう。状況が状況とは言え客人が己を無視して大立ち回りをしたら当然の感情でしょう。嫌味で済ませているあたり為政者としてはかなりまともですが。


「ここに呼んだ理由はアレがなんなのか知りたいからだ。無論、帝国と協力して対処することを約束しよう」

「そう言われても正直何も分からないんですよね。本当に、秘密にしているとかではなく」


 突っ込もうとしたエフゲニーをアンジェリークが制します。


「私がアレと遭遇したのは帝都のスラムです。二人組で人攫いをしようとしてたので牽制にナイフを投げたらうっかり頭を破裂させてしまいまして。そしたら両方とも化け物の変身したのでぶっ殺しました」


 エルフの里長達の顔に疑問符が浮かんでいました。転生組以外も顔に疑問符を浮かべていました。


「何故ナイフを投げたら頭が破裂するんですか?」


 周りを代表するようにローザが問いかけました。ローザは謎の異教徒をミンチにしたという報告は受けていましたがナイフで頭を破裂させたという話は聞いていませんでした。


「投げたナイフを加速させる魔法を作ったんですが、加速させすぎたんですね」

「新しい魔法を作ったら一度試せと何度も言っているでしょう」

「いやぁ、試したときはいい感じだったんですけどね。丸太に柄が半ばまで埋まる程度でしたし」

「そんな勢いでナイフを投げる必要性が分かりません」

「普通に投げると副団長に弾かれるんですよ。初見で弾かれましたからね」


 副団長曰く飛び道具は予想していただそうです。刃は潰しているとはいえ副団長にナイフを投げるのも、予想していたとはいえアンジェリークの投げナイフを初見で対応するのもおかしいです。


「……とにかく、連中について分かっていることは何もないと?」

「分かっているのはシンボルマークと徹底した秘密主義と強力な内部統制ぐらいですかね」


 アンジェリークは手に持っていたエルダーサインのアクセサリーをエフゲニーの方へと滑らせます。受け取ったエフゲニーは忌々しそうにそれを手に取ると、他の里長に回して行きます。


「何も分からないんじゃなかったのか?」

「あの一件以降一切姿を現しませんでしたからね。状況が状況とは言え信者が殺されたのにずっと黙りで、帝国の諜報組織にすら尻尾を掴ませないあたり異様です」


 何が目的にしろ仲間が殺されたにもかかわらず何もせずに隠れつづけるというのは普通であれば反発を招きます。失敗した人間を切り捨てているようにしか見えないので末端からしたら自身の末路に思えてくるからです。


「報復の危険はないということか?」

「さぁ? まあでも、アレに訳も分からず内側から侵食されるよりかはマシでしょう。私が殺した二人、ここの里出身でしょう?」

「……そうだ」


 エフゲニーは苦虫をかみ潰したように頷きました。そして暗い目でアンジェリークを見やります。


「赤子の頃から知っている。里の者は全て私の家族だ」


 どんなに冷静に努めようとも、どんなに理性で理解していようとも、感情の全てをコントロールする事などできません。エフゲニーにとって彼らを目の前で殺したのはアンジェリークであり、原因が教団にあることが分かっていても、どうしようもなかったのだと分かっていても、どうにかできなかったのかという恨みは消せません。

 

「感化されて自ら望んでああなったのか、それとも皮だけ奪われたのか、ローザはどっちだと思います?」

「知りませんよ。私としては少なくともエルフなのは外見だけとしか言えません」


 アンジェリークは特に表情を変えることなく笑顔でエフゲニーの恨みを受け流しました。余波で全く関係のない学園組がビビっています。


「連中はなんとしてでも潰す。これはエルフ一同の考えだと思って貰って構わない」


 エフゲニーの言葉に周りの里長達も頷きます。エフゲニーの里以外も人事ではないので全員真剣な表情です。


「本当になにか手がかりはないのか?」

「私は知りませんね。知ってそうな奴は知ってますけど。心臓を破壊すれば死ぬと知ってましたし」

「あのさ、いまこの状況で僕に変わるの絶対に嫌がらせだよね!?」


 アンジェリークの前にたかしが姿を現し、里長達が畏怖の呻きを上げました。


「というか最初の方で僕のことを言えば良かったじゃん! 言わなかったから何かしら意図があるのかなと思ったら普通に言うじゃん! 何でだよ!」

「私に何かしらないかと聞かれたから知らないと答えただけです。実際、何も知りませんからね。下手に知ると嘘つかないといけなくなりますから聞きませんでしたし」


 アンジェリークは古代文明を言い訳にして嘘をついたりしています。しているからこそ嘘で誤魔化すことの面倒くささを理解しています。なので嘘を付く必要がなければ貴族的な言い回し等で誤魔化すのです。嘘をつかなければ話の矛盾について考える必要がありません。

 たかしは何かを言いたそうに口を開きましたが、結局何も言わずに溜息をつきました。いつもの蛮族御嬢様からは想像もできないほどに口が回るのがアンジェリークなのです。言い負かすことは疾うの昔に諦めました。


「……僕が知っているのはアレが異界の神の信奉者のなれの果てだってことだよ。神の名前はク・リトル・リトル。目的はこの世界の信仰を自身に統一すること」


 神の名前にマリアンネとミコトがチラリと視線を合わせました。本当の名前は人間には発音できないという設定ゆえにいくつもの呼び名を持つクトゥルフの名前の一つです。


「古代文明が滅びたのはこいつらが原因だね」

「異界からの侵略者……我らが神々はどうされているのか分かりますか?」


 神職として気になるのかローザが問いました。


「動かないよ。『世界を作ったのは自分たちだがこの世界はこの世界の者達の物。行く末を決めるのはこの世界の者達だ』とさ」

「なるほど。よく分かりました」


 誰かの口調を真似るようなたかしの台詞にローザは満足げに頷きました。その言葉は彼女の信仰する神の言葉として実に納得できるものでした。

 二人が話をしている間、里長達は議論をしていました。妖精が関わってくるなど彼らとしては想定外だったのでしょう。議長であるエフゲニーが里長を沈め、たかしに頭を下げます」


「……精霊様、我らに何か知恵をお授けください。彼らに対抗する術はないのでしょうか」

「いや策って、君は見たでしょ。自身の目で」


 たかしはそういってローザを指しました。



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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。



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