第42話 エルフの里は焼かないけど森ならば……?

 学園長から一週間ぐらいで目処がつくと言われたアンジェリークは一週間後に学園長の返事も聞かずに出立しました。当然ですが、エルフのニーナへと返した手紙は届いてもいないでしょう。つまり、一つ問題が発生します。


「エルフの先導もなしにどうやってエルフの森を抜けるつもりなんですか?」


 当然の疑問をローザが問いました。アンジェリークは答えました。


「せっかくだからエルフの森に挑むのも一興かと思いました」


 アンジェリークは拳骨を与えられ、それを初めて見たオリバーとマリアンネが絶句していました。見慣れた者は特に何も感じていませんが、平民が公爵令嬢に拳骨を喰らわせるというのは異様としか言えない光景でしょう。

 行く先に不安しかない道程となりましたが、それでも馬車から降りる者はいませんでした。皇子は動じる事なく平然としているし、ある意味一番付き合いの長いローザが文句を言うだけで帰ろうなどと一切言わなかったのが主な理由でしょう。二人は今までの実績から完全に行き当たりばったりではないなと思っていたので引き返す必要を感じていませんでした。

 そんな感じに一行を乗せた馬車はどんぶらこどんぶらこと街道を進んでエルフの森の前に到達しました。


「なんか普通ですね。ゴブリンがこんにちはしてきませんし」

「エルフの森を黒の森基準で考えてどうするんですか」

「二つとも入ったら出てこられないって言われてますし」


 地元の人間が寄りつかないというのも共通しているでしょう。黒の森の場合は高位の冒険者が入ることもありますが。


「で、どうするんだ?」

「とりあえず、軽く偵察してきます。ああ、それと私が挑みたいだけですから、皆を巻き込もうとは思いません。挑みたくなければ近くの町で手紙の返事が来るまで待っててください」


 アンジェリークの言葉に空気が少し弛緩しました。一応、アンジェリークをリーダーとして動いているとはいえども、危険に一緒について行きたいと思う人間は半数も居ません。


「いや、お前も手紙を待つべきだろう」

「私はあなたについて行く必要があるんですが」

「俺も連れて行けよ」


 アレクサンドラ、ローザ、皇子がそれぞれ言いました。身内ゆえに心配するアレクサンドラに義務があるからという建前で同行しようとするローザに面白そうだから混ぜろという皇子、三者三様の意見です。誰に最初に答えるか、一瞬悩んだ後にアンジェリークは答えました。


「まあとりあえず、皇子は連れて行きませんよ」

「なんでだよ」


 不満そうに皇子が良い、ハットリ君がほっとしたように溜息をつきました。

 

「あなた、自分の立場を忘れてませんか? 帝都にしろ黒の森にしろ、私が分かっていて対処出来るから連れて行きましたがエルフの森は全くの未知なので流石に無理です」

「だったらお前も駄目だろう、公爵令嬢」

「私は良いんですよ。上に御兄様も御姉様もいる第三子ですし、黒の森で暴れ回ったり帝国騎士団に所属したりするような不良娘ですからね。いつ勘当されたところで不思議じゃないような存在です」


 その場にいた全員が不良娘なのを自覚していたのかと驚きました。アレクサンドラはこの事を父に伝えるべきか迷いました。アンジェリークが自身の行動がどう見られるのか自覚しているか、それとも理解せずにやっているのか、どちらの方が父にとって幸せか分からなかったのです。

 皇子は不満そうにしていましたが、ハットリ君が絶対に駄目だと言うように首を振っていたのでそれ以上は言いませんでした。


「ローザも駄目ですよ。森を歩く靴じゃないですし。何があるか分からないのに足手纏いはつれていけません」

「くっ……!」


 ローザは悔しそうに歯噛みしました。山でアンジェリークに叱られた一件は今でもローザの胸に強く刺さっているのです。次からは靴を準備しておこうとローザは心に誓いました。


「心配しなくても軽く偵察して帰ってくるだけですよ。それじゃあ、行ってきます」


 そう言ってアンジェリークは森の中へと入っていきました。森を心配そうに見つめるローザにミコトが近付いて言いました。


「彼がついていきましたから大丈夫だと思いますよ」

「アンジェの身の心配はしてないです。エルフに対して何かやらかさないか不安なだけです。彼が止められるなら騎士にはなってないですから」









 生い繁る木々の間際から零れる光が草を照らし、輝くような緑が地を覆い尽くす。奥の奥まで見通せるあまりにも美しい、作り物としか思えないエルフの森にアンジェリークは不快感を抱いていました。全てを殴りつけてくるような雄々しさしかない黒の森のほうがアンジェリークには居心地が良い空間でした。あまりにも完璧すぎるがゆえにあからさまな罠に飛び込むような気持ち悪さしか感じないのです。

 

「君はもう少し周りの気持ちを考えて動くべきだと思うよ」


 森を走るアンジェリークの耳元で囁くような声が聞こえました。


「たかし、着いてきたのですか」

「ミコトちゃんに頼まれたんだ。あの子は兄思いの良い子だね」


 皮肉っぽく言うとアンジェリークは満更でもなさそうに笑いました。分かっていたけど通じない、たかしは溜息をついて話題を変えます。


「で、エルフの森の術に検討はついてるの?」

「いえ全く」


 なんでもないとアンジェリークは答えました。たかしは呆れたように半目になりました。

 

「黒の森並に恐れられている場所によくそれでよく挑もうと思ったね……」

「黒の森に挑んでいるんですから今更でしょう」


 それもそうかと、たかしはまた溜息をつきました。黒の森とエルフの森では恐れられ方が違いますがアンジェリークにとって大した差ではないのでしょう。


「一応、道を迷わすと噂されてますから、魔法としては幻術系統なのかなぁ、ぐらいですね」

「本当に何も分かってないのね」

「別に問題ないですね。森の外からじゃなにもわかりませんでしたから。すでに罠には掛かってますが」


 罠に掛かっていると平然と述べたアンジェリークにたかしは目を丸くします。妖精であるたかしは魔法の気配に敏感です。ゆえに魔法が使われていれば間違いなくアンジェリークよりも早く気付きます。アンジェリークからしか魔法の気配を感じない現状に罠があるとは思えませんでした。


「どこが罠なの?」

「この気持ち悪い森ですよ。整いすぎてます」

「いや、森の整備は普通だよ。自然に任せてたらいずれ朽ちるし」


 人間に寿命があるように森にも寿命というのが存在します。裸の野っ原に背の低い植物が生えてそれが背の高い植物に生え替わり、やがて白樺のような木が生え、日光を浴びる競争をするように背の高い木々へと変わり、そして日光の遮られた暗い地面では植物が育たず草食動物も消え空虚になり、栄養が失われた木が腐り倒れる。それが千年単位で繰り返されていくのです。

 そんな森の新陳代謝を防ぎ、人々の都合の良いように森を保ちつづけるのが林業であり、エルフの生業でもあります。


「普通ではありません。少なくとも、普通の整備状況じゃないんですよ。さっきから同じような風景ばかりなんです」

「……森だから似通ってるわけじゃないの?」

「木の倒れている方向や土地の起伏、木の並びまで意識して似せられてるんですよ。これは同じところを歩いているような感覚になってきます」

「それに気付く君もおかしいと僕は思うよ」


 すくなくともたかしは気付きませんでした。生物として方向感覚に優れているがゆえに風景を覚える必要がないのが大きな理由ではありますが。

 風景が不自然なだけでそれ以外は普通の森なのでアンジェリークは警戒しつつもサクサクと進んでいきます。すると突然目の前の木が動き咆哮を上げました。木に擬態する魔物、トレントです。アンジェリークは一瞬速度を緩めましたが、すぐに速度を戻してトレントに突っ込んでいきました。するとアンジェリークはトレントにぶつかることなくそのままスルリと通り抜けました。


「よく幻術だって気付いたね。音だってしっかり出てたでしょ」

「あれだけ大きいのが動いていたのに周りの木枝に動きがなかったですから」

 

 幻術で映像や音をつけることはできても物理に干渉することはできません。いきなりトレントに出会い驚けば普通はそんなことなど気にしませんが、今更トレント如きでビビるアンジェリークではありません。


「止まれ!」


 アンジェリークの前に弓を構えた男達が現れました。やたら美形で特徴的な長耳、エルフです。

 止まれと言われたのでアンジェリークは素直に止まりました。エルフの森に挑みに来ただけでエルフに危害を加えるつもりはないからです。


「ここから先は我らの里だ」

「知ってます。招待されてますし」


 アンジェリークが言うとリーダー格の男が鼻で笑いました。


「我らが人間を招待するはずなかろう」

「以前帝都で助けたニーナという子に招待されたんですが聞いていないですか?」


 ニーナの名前を出すとエルフ達がザワつき始めました。ニーナの件はエルフの里では有名なのでしょう。


「……助けた人間を招待する話は出ている。お前の名前は」

「アンジェリーク・フォン・ザクセンです」

「招待するのは助けた人間だ。雇い主ではない」


 エルフは憮然と言い、アンジェリークは首を捻りました。


「助けたのは私ですが」

「人間の風習について我々が無知だと思っているのか? 貴族の、それも公爵家の令嬢が大捕物の現場に出てくるわけがない。ニーナ様は幼いがゆえに人の風習に詳しくない故、ザクセン家の騎士をザクセン家の御令嬢本人だと思ったのだろう。そもそも、こんな森に一人でやってくる公爵令嬢などありえるはずがないし、そもそも具体的にいつ来るかという日程すら決まっていない。だから不審者であるお前は引っ捕らえて帝国側に引き渡す」


 エルフは実に人間社会に詳しく、そして常識的な思考で判断を下していました。実際、アンジェリークは不法侵入を試みた不審者以外の何者でもありません。


「ちょっと待ってもらえるかな」


 どうしようかとアンジェリークが思案していたらたかしが飛び出してきました。


「せ、精霊様!?」


 たかしの姿を確認したエルフ達は祈るようにその場に膝を付きました。


「精霊?」

「エルフ達は僕らをそう呼ぶんだよ。仰々しいからやめて欲しいんだけどね」


 恍惚とした目で見つめてくるエルフ達を見てたかしは溜息をつきました。



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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。



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