第41話 エルフの里は焼かない!!!
アンジェリークが確保した例の教室は今では学園の魔窟と呼ばれています。最初はアンジェリーク、ローザ、皇子、ミコト、リヒャルト、ハットリ君の六人だけの集まりでしたが、今ではそこにアレクサンドラ、マリアンネ、オリバーの三人が加わり随分と賑やかになりました。
そんな教室でアンジェリークが言いました。
「エルフの里へ行こうと思うのですが、行きたい人はいますか?」
いつも通りのアンジェリークの唐突な提案に皆が顔を見合わせました。
「何故エルフの里に行こうと思ったのですか?」
とりあえずローザが問いました。
「帝都で助けたニーナに里に来ないかと誘われてまして」
「ああ、あの子ですか……」
「二人だけで納得してないで説明をしてくれ」
よく分かっていない者を代表してアレクサンドラが言いました。帝都で貴族の屋敷に誘拐されたエルフの少女が軟禁されていてそれを助け出して皇子を含めた四人で帝都で遊び回った、と簡潔に説明するとアレクサンドラが頭を抱えました。
「貴族派の貴族共は一体何を考えているんだ……」
「安心してください、帝都で悪いことしてる奴らは大体ぶっ飛ばしました」
「お前はお前で一体何をやっている」
姉妹の会話を聞きながらミコトとマリアンネは遠い目をし、リヒャルトは曖昧に笑い、オリバーは絶句していました。新入りはアンジェリークの常識はずれっぷりをまだ認識しきれていないのです。
「とにかく、一度来ないかと誘われてたので行ってみようと思うんですよ」
「エルフの里とかホイホイ行ける場所じゃないだろう」
エルフの里は一応帝国に含まれていますが、殆ど外国と変わりません。むしろ入ろうとすれば森を彷徨わせられる辺りその辺の外国よりも厄介です。
「招かれていくのですからちゃんと入れますよ」
「それはそうだろうが……お前だけじゃないの?」
「お友達もご一緒にと書かれてますし、ほら」
手渡された手紙をアレクサンドラがむむむと読んでいきます。
「……これは遠回しな拒絶じゃないか?」
「貴族じゃないんですから書いてあることそのまんまですよ」
姉妹漫才を繰り広げる二人を横目にミコトがマリアンネにそっと耳打ちします。
「エルフって、アレですよね?」
「アレクセイ・ススリン……の妹さんでしょうね」
アレクセイはゲームでの攻略対象です。行方不明の妹が学園付近で目撃されたという情報を手に入れ、捜査のために学園に入園したエルフです。妹は貴族に嬲られ精神が崩壊した状態で見つかるという割と暗いシナリオだったりします。現実ではなにかされる前に助け出された為アレクセイは学園に入園すらしていません。
「そういえば異種族ってシナリオに殆ど絡んでないですね。ドワーフとかユニットか鍛冶屋で出てきたぐらいだし」
「多分、ドワーフのシナリオとかもあったんでしょうけど完成前に没になって設定だけが残ったんでしょうね……」
帝国は人間の国家ですがちょこちょこ異種族はいたりします。昔は差別等もありましたが、先々代前の皇帝が異種族融和を挙げて、今も続いているため制度上の差別はほぼありません。
「とにかく、エルフの里に行きたい人は手を上げてください」
部屋にいた全員が手を上げました。噂でしか聞いたことのないエルフの里、行ける機会があるのなら行ってみたいのは当然でしょう。
「じゃ、全員で行くと返事を書いておきますね。時期は学園長と相談しておきます」
魔法学園学園長は正に魔法使いという見た目のお爺さんです。御年七十を超えいつ迎えが来てもおかしくない年齢ながらバリバリと学園長の仕事をこなしています。そんな学園長の最近の悩みは言うまでもなくアンジェリークです。貴族そのものに中指を立てているような彼女ですが、学園長は彼女の事を否定的ではなく好意的に思っていました。
貴族というのは魔法を駆使して民を護る守人が起源であり、魔法学園というのは民を護るため貴族達の子供が魔法を使いこなせるようにすることを目的とされたものでした。しかし、時は流れ、帝国が強大になるにつれ社交が求められるようになり、いつしか本来の目的と逆転して社交こそが主目的となっていったのです。
学園に来る前から魔法を使いこなし、それどころか新しい魔法の概念を学園にもたらし、武を学園に広める。型破り甚だしいですが軟弱な子供達よりも遙かに伝統的な貴族らしいというのが学園長のアンジェリークに対する評価です。学園長ではなく第三者として遠くから見守ることができたら良かったのにとは思いますが。
完璧な礼儀とともに入室したアンジェリークを見て反射的に胃を押さえてしまうのは学園長という立場が原因で間違いありません。
「学園長、少々お話を宜しいでしょうか?」
「……ああ、構わない」
微笑みつつ、机の引き出しから胃薬を手探りで探します。探しているのは最近買った阿呆のように高額な胃薬です。べーリンガー伯爵領にて皇子と共に襲撃を受けたという報告が来た後で買った物です。学園生である以上学園にも保護責任という物があるのです。襲撃を受けるのであれば学園を卒業してからにして欲しいと切実に願いました。
「友人から招待を受けまして、今度外泊をしたいのですが」
「……君なら問題ないだろう。成績が悪ければともかく、今すぐ学園を卒業できる水準だ」
魔法学園と言うだけあって魔法が重要科目であり、アンジェリークは卒業水準どころか世界最先端を突っ走っています。一般教養も卒業水準にあり、なんで入園したの? と問い詰めたくなるぐらいです。
「友人も一緒に連れてこないかと言われてまして、クラブのみんなも連れて行きたいんです」
「クラブ、というとあの空き教室に集まってる子達か……外泊の期間は?」
「そうですね……一ヶ月ぐらいでしょうか」
「待ちなさい。一体何処へ行く来かね?」
「エルフの里です。私一人ならともかくみんなで行くとなるとそのぐらいは必要かと思いまして」
エルフの里と聞いて学園長は気が遠くなりました。帝国においてエルフの存在自体はそこまで珍しくはありません。里との交易品を運ぶ商人もいれば里を出て旅をする者や冒険者として活動する者など、少数とはいえ見かけることもありしますし、そもそも学園長にも帝都に住むエルフの知り合いがいます。ですが、帝国に内部にある通称エルフの森の中にあるエルフの里に行ったことのある人間は殆どいません。エルフの森はエルフ独自の魔法により許可無く侵入する者を惑わせるからです。そしてエルフも里に人を招くことをまず行いません。寿命の長いエルフは人間以外を亜人と呼び差別していた帝国を知っている者が多く、人間を信用し切れていないからです。
そんなエルフに招かれるとは何故……と考えたところで数年前に帝都でエルフの少女が騎士に救出されたという話を思い出しました。あの時は皇帝の意向に真っ向から逆らうとはバカがいたものだと嗤った程度でしたが、考えてみれば当時は貴族派の力が強く貴族の屋敷に軟禁されていたエルフの救出など騎士に簡単にできるはずがありません。できるとしたら、騎士団に所属する高位の貴族か皇族ぐらいであり、正に目の前にいるアンジェリークがそれに該当します。
そして、お礼としてエルフの里に人を簡単に招けるような人物となると……学園長の胃にきゅきゅきゅというような痛みが走りました。
「……すぐに調整しますから、一週間後ぐらいを目処に考えてください。帝国内部にあるとは言えエルフの里は外国とも言うべき場所です。決して、決して失礼のないように」
「はい。学園生として恥のない行動を心掛けます」
学園生として振る舞うのはやめてくれ。喉まで出かかった言葉を学園長はなんとか飲み込みました。
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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。
https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists
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