第39話 ヤクを焼け!

 学園生活はアンジェリークにとってかなり退屈でした。公爵領では黒の森へ行き遊ぶことができ、帝都では適当な悪をぶん殴ったり訓練と称して副団長のような強者と戦う事ができましたが、学園周辺には黒の森のような危険地帯はありませんし強者も特にいません。授業も実家で学んだことを再度学び直すような内容ばかりです。学園内に面白味がないため近場のダンジョンに出かけましたが、ゲームでは序盤も序盤な場所なだけに低難易度のダンジョンばかりであっという間に飽きました。

 どうしたものかと部屋で一人ぼんやりお茶を飲んでいると、珍しくハットリ君が一人で現れました。普通、アンジェリークが自室にいるかぎり誰であろうと一対一で会うことなどありえませんが、機密情報を扱うためハットリ君だけには一対一で会うための符丁が与えられていました。


「帝都で流行している薬物の件で進展がありました」

「……随分と時間がかかりましたね」


 アンジェリークは一瞬何のことが思い出せず、誤魔化すように言いました。

 悪徳貴族が権力を握りやりたい放題していたかつての帝都では薬物が流行していました。アンジェリークが暴れた結果悪徳貴族は潰されるか逃げるかして消えていきましたが、薬物は減りはしたもののしつこく出回り続けていました。外から入ってくる薬物を防ぐのは難しい、ゆえに根っこから潰すためにまずは薬物の製造拠点を探し出すことにしたのです。原材料が何処で作られ、それが何処で加工されているのか。それが外国であれば手を出すのは難しいですが、国内であれば皇子を使えばどうにかできるとアンジェリークは踏んでいました。

 薬物に関する情報収集は帝都外に及ぶため帝都が拠点の帝国騎士団が行うには難しく、ゆえに国の諜報一族たるハンゾウ家に依頼したのです。本来皇室の諜報機関であるハンゾウ家、筆頭とはいえ公爵の何の権限も無い次女に顎で使われるなどありえませんが、断ったところで皇子を経由されるだけなので素直に従っていました。


「薬物に関われば貴族であろうとも重罪、死罪もありえます。だかこそかなり慎重に、態々海外を一度経由する経路を構築したようです」

「……国内で作った物を外国へ運び、それをまた国内に戻したと」

「はい。元々外国のみで売っていたようですが、その販路を国内へ繋げたようですね」

「となると……下手すれば昔の機密戦略が関わってる可能性がありますね」


 外国で麻薬を流行らせることで国力低下を狙う、ついでに自分たちも潤うという戦略だったのでしょう。おそらくかつての皇帝も関わってたのでしょうが、事が事ゆえ情報はかなり厳重に扱われたことでしょう。それゆえに何かしらの切っ掛けで忘れられるか葬られるかされ……。


「もしかして、ハットリ家が情報を握ってたんじゃ?」

「……当家の不祥事が発覚した際のゴタゴタで情報そのものが消えた可能性はありますね」


 ハットリ家は曾祖父の時代に情報を握る立場を利用し不正に利益を得た結果、お家取り潰し寸前までいった過去があるのです。その時までは国の情報にかなり深く関わっていたので十二分に考えられるでしょう。


「それはともかく、こちらが掴んだ情報です」

「ありがとうございます……原材料から製造まで一括で行ってるですか。潰しやすくていいですね」


 受け取った書類をぺらぺら捲ったアンジェリークは朗らかにニッコリと微笑みました。


「どうされるおつもりですか」

「そうですね、今回は皇子だけを連れて行きましょうか。ローザには伝わらないようにお願いします」

「……皇子は連れて行くのですね」

「連れて行った方が皇子の為ですよ。ローザを連れていかないのは……彼女は善良で優しい一般人だからです。皇子は為政者ですからね。ああ、あなたは当然勘定にはいってますよ」

「……わかりました」


 ハットリ君は渋い顔を作らないように我慢しながら頷きました。今までのアンジェリークの行動を考えれば、何が行われるのかある程度予想がついたからです。




 何の変哲もない田舎道をガタガタと平凡な馬車が進んでいます。高級さの欠片もない馬車の横には帝室を示す紋章が無理矢理貼り付けてあります。当然ですが、帝室以外がこの紋章を使用すれば重罪、場合によっては死罪もありえます。あまりにもヤバすぎるせいか紋章に気付いた者は皆ギョッとし、巻き込まれないようにするためか離れていきます。

 

「べーリンガー伯爵……顔は覚えているが、印象が薄いな」


 バチクソヤベえ馬車の中では帝室の紋章を使用できる者、皇太子たるルーファス皇子が首を捻っていました。対面ではアンジェリークが書類を捲っています。


「所属する派閥は知っていますか?」

「流石に伯爵クラスは覚えている。リーフェンシュタール派の、しかも重鎮だ」


 その名の通りザクセン公爵と並ぶ帝国の重鎮、リーフェンシュタール公爵が率いる派閥です。外交や経済方針が違いますが、基本的にザクセン公と同じく皇室重視の立場であるため、不仲ではありません。


「征服による領地拡大を掲げていて、その辺りザクセン公と真逆だったよな」

「ウチはそんな事やってる余裕ないですからね」


 黒の森からの防衛を担っているザクセン公爵は初代から征服には常に反対し続けています。できれば防衛戦にすら兵隊を出したくないと言うほどです。アンジェリークは気軽に駆け回っていましたが、黒の森とは本来それほどに恐ろしい場所なのです。


「そんな伯爵が麻薬の密造ねえ……」

「信じられませんか?」

「いや、ハンゾウが言うのなら事実なんだろうが、どうにも現実感がなぁ」


 馬車の外を眺めてみれば、極々平凡なキャベツ畑が広がっています。見える人々も胡散臭げにこの馬車を指さす農夫婦や監視でもしているかのようにジッと馬車を見る老人など、実にのどかで麻薬の間の字も感じさせません。


「麻薬畑は山の中ですね。ほら、あそこの」


 アンジェリークが指さした先は山と言うよりも起伏ある森と表現すべき場所でした。現代日本人であれば通報すれば良いと思うでしょうが、帝国の各領にはかなり強い自治権が存在します。手元にある証拠を元に帝国騎士団による捜査権を主張してもリーフェンシュタール公から妨害が入り、有耶無耶にされるか捜査ができるようになるまでに証拠を消されるでしょう。

 

「で、どうするんだ?」

「まずは馬車を焼きます」


 そう言ったアンジェリークに皇子が怪訝な表情をしました。それと同時に馬車が止まります。


「着きました」


 御者をしていたハットリ君が二人に言いました。アンジェリークに促され皇子は馬車を降ります。

 そしてアンジェリークは何も言わずに魔法で馬車を焼きました。アンジェリークの奔放さに慣れていた皇子も流石に絶句しています。パチパチと燃え上がる馬車を眺めていたアンジェリークは突然言いました。


「帝室の紋章の着いた馬車を襲撃するとは何という不敬な賊」

「えっ?」

「しかも火を放つとは。これは何が何でも捉えなければなりませんな。賊がどちらへ逃げたか分かりますか?」


 アンジェリークに問われたハットリ君はこちらですと案内を始めます。何が何やら分からない皇子もとりあえず着いていきます。


 ハットリ君について森を進むと木々に隠されるように作られた畑に出ました。皇子には見覚えのない植物がズラリと並んでいます。


「あ~、こっちなんですね」


 アンジェリークはその植物を見てふむふむと頷いています。


「お前分かるのか?」

「多少は。知識はあって悪い物じゃないですからね」


 多少どころか何がどう作用してどういう効果が得られるのか説明ができますが言いません。


「ここ一面だけですか?」

「そのようです」

「隠蔽を重視したわけですか」


 生産効率を求めるなら小さくても畑を複数用意するのがいいのですが、隠す事を考えると多少大きくなったとしても畑は一枚の方が良いのです。複数あるということはそれだけ広く場所を取る必要があり、それを採集するだけの人手や移動が必要になるため見つかる可能性が上がるからです。


「で、どうするつもりだ?」

「無論こうします」


 アンジェリークは火焔を畑に向けて放ちました。 アンジェリークの放った火焔は畑を覆い着くように落ちていき、ドロリとした炎は麻薬草に引っ付くと溶かすように焼いていきます。これはかつて黒の森で甲冑男を瓦礫ごと蒸し焼きにしたナパーム魔法です。焼き付くことを前提に考えればこれが一番でしょう。

 焼かれたことで煙が巻き上がり、一部がアンジェリーク達に襲いかかりますが、一メートルほど前で三人を避けていきます。


「この煙は吸うと頭がやられるので動かないで下さいね」

「そう思うなら事前に言ってくれ……」


 皇子は呆れたように言いました。アンジェリークの暴挙はもはや慣れっこですが、事前に何もなければ驚きはします。


「あの、何処まで焼くつもりですか?」


 ハットリ君が真っ青な顔で聞いています。畑を焼いた炎はすでに森林火災へと発展しつつあります。ナパームで焼けば当然と言えましょう。皇子も不安そうにアンジェリークを見ます。アンジェリークは大炎上を見てニコニコしていました。


「前もそうでしたけど火を放つのは不思議とテンションが上がりますね」

「お前前にもこんなことしたのか!?」

「瓦礫で賊を蒸し焼きにしました」

「何やってんだお前ら!?」


 村人のような格好をした男が鬼ような形相で駆け寄ってきました。煙に気付いてやってきた麻薬の生産者でしょう。


「この畑はあなたの物ですか?」

「俺らの村のもんだ! 何してくれてる」


 男が言い終わる前に煙が男を覆い尽くしました。煙が晴れると男がびくんびくんとその場に倒れていました。アンジェリークは駆け寄って男を観察します。


「間違いなくヤク……いや窒息かもしれない……」

「お前今までになくやりたい放題だな……コレで終わりか?」


 皇子の問いかけにアンジェリークは首を横に振ります。


「植物を加工する村が近くにあります。次はそこへ向かいます」


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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。

https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists

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