第38話 そりゃまあ、チュートリアルだし……
ダンジョン、とは元々城などに作られた地下牢を指す言葉ですが、日本では迷宮と訳されることが多いです。それはもちろんゲームが原因です。RPGの原点たる「D&D」やPCRPG黎明期の代表作、「ローグ」や「ウィザードリィ」でも迷宮としてのダンジョンが使われ、もはやダンジョンとは迷宮を指す言葉になっています。
いわゆる中世ファンタジーである『星流』や『道先』でもダンジョンは登場します。登場するとは言ってもレベル上げの為のステージとしてですが、序盤が学園物である『星流』はダンジョンがレベル上げの要素となっていたりします。
ゲーム世界を現実としたこの世界でも当然ダンジョンは存在します。現実ではかなり意味不明な存在で、ダンジョン内部の敵を全滅させてもどこからか湧き始め、宝箱には何故か物品がどこからか補充されます。その理由もいくつか説があり、現在有力なのはダンジョンは生き物であり宝箱は罠である、というものです。ダンジョンは場所により難易度はバラバラで、案の定学園近くのダンジョンは魔物が弱く比較的狭いため初心者向けとされています。
そんなダンジョンに学園の制服を着た者達が挑んでいました。今いるのはミコト、マリアンネ、アレクサンドラ、リヒャルト、マリアンネの婚約者オリバー、としてローザです。前衛三人と後衛二人、そして回復役となかなかにバランスの取れたパーティでしょう。実力は一人だけ特出していますが。
六人がいるのは最終階層である五階層、今ちょうどリヒャルトがゴブリンを倒して戦闘が終了したところです。
「お疲れ様、怪我は?」
ローザの声かけに誰も返事を返しません。声が被らないように怪我があれば返事をする、と事前に決めていたからです。
「ここまで順調に来れるようになったね」
爽やかな笑みと共に言ったのはオリバーです。学園二年生、赤髪とソバカスが特徴的な彼は、敵の攻撃を盾で受け流してその隙を突くのが基本という帝国でも保守的な剣術でパーティーの守りの要となっています。割とひょうきんなところのある性格で、パーティーのムードメーカーとして精神面も支えてきたいぶし銀です。
「殿下とアンジェ様がいたら楽勝だったんだがなぁ……」
「御二人がいたら鍛錬にはならないでしょ。僕は初実戦がここだったし、御二人がいたら多分全部任せてしまってたんじゃないかと思うよ」
「アンジェ様はともかく、殿下は自分が出ようとするタイプだからな」
ふぅと溜息をつくリヒャルトにオリバーが笑って答えました。学年は違えどここまでやってきた男二人はすっかり打ち解けていました。
ちなみに、皇子は別のパーティーを組んで別のダンジョンの攻略をしています。メンバーは攻略キャラ達、アンジェリークが「こいつらが強くなると乙女の勘が囁いているから鍛えてやって」と言って渡した名前の書かれたメモを皇子が二つ返事で受け、マリアンネを絶句させました。皇子に半ば強制的にダンジョンに連れ込まれた彼らは実力をメキメキと伸ばして、この初心者ダンジョンを攻略しました。
アンジェリークは一人でダンジョンに挑み、雑魚は無視してボスを一撃で殺し、初見で一時間という異業を成し遂げ、元冒険者の学園教師の脳を破壊しました。初挑戦でクリアは物見雄山に来た冒険者がたまにやりますが、一時間というのは道を覚えている冒険者が全力疾走しても無理な記録です。とんでもない記録を打ち立てたことに対し、アンジェリークは駆け足の鍛錬にちょうど良い広さだという感想を述べてました。二度目の挑戦は三〇分だったそうです。
ムードメーカーオリバーはアレクサンドラに話を振ります。
「サンドラ様は僕と違って最初からしっかりされてましたけど、やはり初陣は公爵領でされてたんですか?」
「そんなわけない、このダンジョンが初めてだよ。正直に言えば私は実戦なんてこなすつもりはなかったし」
アレクサンドラが溜息をつきながら言うと、二人とも目を丸くさせました。このPTの最初の戦闘の時、アレクサンドラは堂に入った様子で初陣だとは思えなかったのです。
「剣を振って鍛えるのは好きだけど、実際に戦いたいとは思ったことはない」
「では何故ダンジョンに?」
「……その場の空気に流されただけだよ。昔からの私の悪い癖でね。今まで男装を続けていたのも同じ理由だし」
そんな風に自嘲するアレクサンドラを男二人がなんとかフォローを入れています。そんな様子を精神年齢高めな転生者二人が眺めていました。
「あんな風なこと言えるなんてサンドラ様も随分と打ち解けましたね」
「かなりアピってたリヒャルト様にもずっと警戒してましたしね、無意識でしょうけど。貴族は大変だなぁ」
「うん、本当にね」
「いやー平民で良かった良かった」
はっはっはと笑うミコトをマリアンネが恨めしそうに睨んでいます。そんな二人を「身分が違うのに随分と仲が良いなぁ」とローザが自分を棚上げした感想を抱いていました。
「みんな問題なさそうだから、ダンジョンボスを倒すことを目指そうか」
ある程度落ち着いたのを見計らってアレクサンドラが提案しました。当然と言えば当然ですが、学生の中で最も年上で公爵令嬢なアレクサンドラがこの集団の纏め役です。実は祓魔師という立場にあるローザが一番纏め役にふさわしいのですが、学生の鍛錬であるためにローザは万が一の時の保険なのです。
「オークの特殊個体でしたよね」
「我々の実力であれば問題ない。怪我には注意だ」
全員が頷き会います。ゲームであれば初見クリアすらされるようなダンジョンですが、アレクサンドラ達は二週間ほどかけて、怪我をしないようにしながらじっくり攻略しています。現実で大ダメージを受ける盾役を回復しながら戦うなどできるはずもないので当然そうなるのです。怪我しようが治せば問題ねえなと突っ込むのは治癒術をキメた帝国騎士団ぐらいです。
「取りあえず魔法で先手を打ちますか」
「そうだな……二人はここに来るまで消費も少なかっただろうから一発全力で頼む」
「分かりました」
貴族である以上前衛三人も魔法は使えますが、専門職として鍛錬している二人ほどではありません。そして二人は転生者、医大出身の例のアレに科学知識の魔法利用方を教わった結果威力が増しているのです。
「では行くぞ」
アレクサンドラの言葉に全員が頷き、全員が気合いを入れてボス部屋へと足を踏み入れました。
そして開幕全力の一撃でボスは死に、なんとも言えない空気が辺りを包みました。
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