第36話 三人目
学園に帰ったアンジェリークは姉が男に狂って自分たちの教室に入り浸るようになった以外は以前通りの平穏な学園生活を送っていました。アンジェリークは平穏と思っても学園としては男装を除けば優等生なアレクサンドラが女生徒の制服を着てスーパー問題児の仲間入りを果たしたのは大問題でしたが。特に朝晩に皇子、変態、夢女子が制服姿で奇声を上げながら木剣をブンブン振っている姿は生徒達を恐怖のドン底に陥れているため特に問題とされています。これがただ頭をやらかしただけならともかく、帝国騎士の間で流行ってる剣術だと言われ、騎士団に問い合わせて事実だと返答されたのです。貴族が優遇されるのはその魔力で力なき民を守るため、という建前が存在するため剣術に励む生徒を褒めこそすれど止める理由がないからです。
ちなみに変態ですが、夢女子の態度にかなり困惑しているそうです。変態はなんと自分自身の行動からして異性に惚れられるなんてありえないと自覚しているので、なんであんなに懐いてくるのかとアンジェリークに一度相談するぐらいには困っていました。いろいろな状況が重なって拗れに拗れた夢女子の思想など分かりようのないアンジェリークは「麻疹みたいなもの」と適当に答えました。次に相談したミコトには適当にはぐらかされ、ローザには一般人ならともかく貴族令嬢は分からないと言われ、ハットリ君には乙女心は分からないと視線を反らされ、次は俺かと身構えた皇子は相談されずに凹みました。よく分からない存在に触れると面倒だというのは皆アンジェリークでよく分かっていたのです。
そんな学園から浮きに浮きまくっているアンジェリークにあえて声をかける存在が現れました。
「お久しぶりです、アンジェ様」
「直接話すのはお久しぶりですね、マリア」
「はい。三年ほど前にお茶をして以来かと」
教室移動の際に話し掛けてきたのはマリアンネ・フォン・アウセム、ゲームでは取り巻きの一人です。現実としてはザクセン公爵派に属する貴族の娘であり、幼い頃からアンジェリークと付き合いのある人物です。公爵家の娘ゆえに幼い頃からの付き合いがある娘は結構居ますが、お家関係なく友人だと言い切れるのはマリアンネだけだと、今のアンジェリークは判断しています。
前世を思い出してから今まで言葉を交わしていません。入園式以降は探るように見られていたのは気付いていましたが、アンジェリークもどう声をかけるべきか分からなかったので放置してきました。
信頼できる人物ではあるので今まで通りの付き合いをしたいとは思っていたのでアンジェリークはこれはチャンスだと判断しました。
「それでは近いうちにお茶会を開きましょう」
「はい。地球のこととかお話をしたいですから」
突如ぶっ込まれたセリフに、アンジェリークは動揺しましたが表には出しませんでした。
「そうですね。その時に紹介したいお友達がいるのですが、一緒にいいですか?」
「……はい、喜んで」
マリアンネの視線が大きく揺れましたが、特に表情を崩すことなく彼女は答えてその場を去りました。
いきなり仕掛けられたのでなんとなく斬り返しましたが、彼女は敵ではないとアンジェリークは判断しました。アンジェリークが転生者だと知っているということはゲームの存在を知っているということです。ゲームの内容からして魔王側に寝返ろうとはならないでしょうから、少なくとも魔王に関して協力しようとかその辺りでしょう。
そしてアンジェリークはその日の放課後にマリアンネをやや強引に自分のテリトリーたる教室へと連れ込みました。堂々たる犯行にマリアンネと共にいた令嬢達が真っ青でした。
教室の中で待たされていたミコトは状況が掴めずにかなり困惑していました。マリアンネは外から聞こえる元気な奇声が気になるのかチラチラと窓を気にしています。
「あの、何でマリアンネ様を連れてきたんですか?」
「主導権を握るには自分から動くのが一番です」
ミコトの疑問にアンジェリークはニッコリと答え、マリアンネはああナルホドと頷きました。サクサクと珈琲を入れ始めるアンジェリークにマリアンネは言いました。
「地球の話ですね」
「そうです」
ミコトは目を見開いて驚きました。三人目が居るとは思っていなかったようです。
「二人いるんだから三人いても不思議じゃないでしょう」
「いや、そうだけども……ここで話して大丈夫なの?」
「問題ないから選んでます。こんなこともあろうかと外から盗み聞きできないようにしてますから」
ミコトと魔王軍に関する話をすることも考えてアンジェリークはこの教室に仕込みをいれていました。床に突然魔方陣が浮かび上がります。
「これは……」
「防音の魔方陣です。仕組みとしては大きな段ボールを間隔を開けて並べてる感じですね」
「ゲームだと罠とかに使われてたぐらいだけど……」
「仕組み的にはそういう使い方しかできませんからね。音がどのように伝わるか分かればこういう使い方もできるわけです」
魔方陣というのは魔法の知識がなく魔力の少ない平民でも魔法を使える物なのですが、実に使い勝手が悪いため使い方が限定されているのです。少なくとも半径一メートルほどの円が必要で小型化は不可能で魔力を常に流し続けないと効果が発揮されないために使用者は動けません。アンジェリークのように化学的知識があれば色々応用も利きますが、そうでなければ罠ぐらいにしか使い道がないのです。
「まずはお互いの目的を明確にしておきましょう。私とミコトは三年後の動乱に対して対策を打つことが主です。ゲームにおける攻略対象に何かしようとは思っていません」
「あ~、私も三年後の事に関しては目的は同じだと思います。それと、私も彼らに何かしようとは思いません。面倒くさい人を恋人に欲しいとは思いませんし、そもそも許嫁がいますので」
「あ、そういえばいましたね」
「はい。幼い頃から頑張って常識と道徳を教え込んだ愛しい人です」
何処か闇を感じさせる笑顔で述べたマリアンネにアンジェリークとミコトは触れていい話題じゃないなと察しました。おそらく、前世で苦労したのだろうと。
「ともかく、自己紹介はいいとして、まずはお互いの情報を共有しましょう。まずは前提としてゲーム……なんだったけ? うん、あ~、SRPGの事を知ってるのはミコトで私は知りません」
「『星の流れた夜に』は何周もして考察スレに顔を出すぐらいにはハマってました」
「へぇ……私は『道の先は貴女と』の発売直前で買ったから生は羨ましいですね」
ん? とミコトは首を捻りました。その様子にマリアンネも困惑しています。
「どうされました?」
「…………後編が出たんですか?」
「え? 前後編で完結、とはなってますけど」
「ああ、なるほど、分かった。私と兄ちゃんが死んだ後で後編が出たんだ」
納得したように頷くミコトにアンジェリークとマリアンネの視線が突き刺さります。
「あ~、まず、前世では兄妹で、私が妹でそっちが兄でした」
「兄……」
性転換は想定外だったようでマリアンネは頭を抑えました。
「死んだ後、というとお前はいつ死んだのか分かってるのか?」
「え? 分かってるけど……ああ、兄ちゃん寝てたから覚えてないのね。アレは忘れもしない八月の……終わり頃」
「わすれてんじゃねーか」
「うるさい。『星流』を深夜遅くまでプレイしてたんだけど、突然地響きのような大きな音が聞こえたかと思ったらおぎゃあしてた」
「……原因が分からんな。地震ではなさそうだが」
「……考察スレに顔を出してたとなると発売年で、八月で地響き……」
ブツブツとマリアンネが考え込みました。
「お二人とも、住んでいた場所を教えて頂いても宜しいですか?」
「福岡の桂川町ですけど」
「……不死川さんでしょうか?」
「そう、ですけど」
「お二人の死因は隕石ですね」
溜息をつくように言ったマリアンネに兄妹は顔を見合わせました。
「九州の民家に隕石が衝突して中にいた二人が死亡というニュースが全国に流れました。珍しい名前でしたし、『不死川、死す』という感じでネタにされたのと、その、お二方の写真もニュースで流れたおかげでネットでかなり盛り上がってました。それで覚えていたんです」
「兄ちゃん目立つからね……」
身長は二メートルを軽々と超えて体重は百数十キロの筋肉質、そして人を殺してそうな強面で不死川という名字。話題にならない方がおかしいでしょう。そしてアンジェリークは頭痛を抑えるように頭に手を当てました。
「死に方が酷すぎてどういう感情を持ったらいいのか分からん……」
「他人事にしか感じられないよね……」
「十六年前ならそんなものでしょう。私はトラックに轢かれてこっちに来ましたけど、もはや恨みも何もないですし」
良くも悪くも年月というのは風化を招くものです。こっちで酷い暮らしをしていたのならともかく、貴族の御令嬢にそこそこの商家の娘、平均以上の良い暮らしをしています。
「とりあえず本題に入りましょうか。まずは『道の先は貴女と』について簡単に説明した方がいいですね。ミコトさんは『星流』が出てすぐの評判は覚えてますよね?」
「ポリコレが酷い、ですかね」
「発売から半年ほどでプロデューサーが『ポリコレは皮肉。私はあの文化がきらい』とネット上で呟きまして、大炎上しました」
「えぇ……まぁ、真っ当なアンジェリークが対比として存在している辺り皮肉になってはいるけども……」
「その炎上で話題になって売り上げが伸びまして、その半年後ぐらいに『道先』が出たんですが、特に宣伝もなく出した『道先』が『星流』の後編と判明して話題になりました。プレイするまで後編だという情報がなかったんで本当に驚きましたよ。『星流』作った会社の作品だから気になるなと思って買ったらまさかでしたから」
「そのプロデューサー頭おかしいんですか?」
話題になったのであれば広告や情報を出して期待感を高めて初動で一気に売り上げるのが当たり前の戦略です。確かに話題にはなるでしょうが、広まるかも分からない口コミを狙うのは普通ではありません。
「頭がおかしいかはともかく、彼女が天才なのは確かですね。最初の炎上の後は当たり障りのないことを呟いていたのに、燃やした人の琴線に触れたらしく定期的に燃えて話題は『道先』の発売前まで続き、発売した後はポリコレに真っ向から逆らうキャラデザで大炎上して話題になりました。そのおかげで海外でも話題になって『星流』『道先』がさらに売れて、私が死ぬ直前でミリオン間近でした。炎上商法の女神だとか、火付け女王だとか放火魔女だとか呼ばれてましたよ」
「確か、他の会社の下請けとして経験積んで、初めての自社作品が『星流』でしたよね……」
「ゲーム外の話よりもゲームの内容を知りたいんですけど」
「あ、す、すいません。つい……」
前世では本当に好きなゲームだったのでしょう。ミコトという理解者が現れた事で歯止めが利かなくなったようです。アンジェリークも最初は内容に関わるのかなと思って黙ってましたが、完全に話がずれていたので軌道修正をしました。
頬を染めたマリアンネは気を取り直すように咳払いをすると、アンジェリークを真っ直ぐ見つめました。
「ストーリーはアンジェリーク……アンジェ様じゃないですよ? アンジェリークが学園を追放されたところから始まります」
「あれ? 後編ですよね?」
「『道先』の主人公はアンジェリークとマリアンネです。『星流』のストーリーの裏の出来事が『道先』になります」
「……クッソ! 何故私は死んだ!」
「運が悪かったからだな」
机を叩いて悔しがるミコトにアンジェリークは無感情に言いました。死に方が本当に運が悪かったとしか言いようがないのが救いがありません。
「『星流』では魔王が出てきますが、『道先』では魔王が出現した原因である邪教団が最終的な敵になります」
邪教団、という言葉で帝都で出てきた死ににくい化け物をアンジェリークは思い出しました。歪んだ五芒星の飾りを持っていました。
「この魔王なんですが、人々に認識されればされるほど強くなると言う性質があります。栄えていた古代文明が滅びた原因、という設定があります」
「……『星流』で唐突に出てきた魔王が当たり前のように認知されたのは邪教団の暗躍が原因と」
「そうなりますね。まだ完全体ではないので邪教団の本部を潰せば魔王は弱体化します。弱体化した魔王を倒すのがミコト達ですね」
「ということは邪教団を叩くのが当面の目的ですか」
アンジェリークが問うとマリアンネは首を振りました。
「私もそれを狙って色々調べたんですけど、この邪教団が今どこで何してるかさっぱり分からないんですよ。ゲームで出てきた本部の位置も確認しましたけど、今は砦として使われてましたし。なので、私は本編開始に備えて各キャラと友好関係を築いて上手く乗り切ろうとおもっていたんですが……」
「皇子がおかしくなってたと」
「いやまあ、それもありますけど、学園にいない攻略キャラがいて頭抱えてたところです」
ミコトが不思議そうに首を捻りました。
「……皇子が変になってたぐらいで他は普通だったと思うんですけど」
「DLCキャラ……出る前に隕石が落ちたんですね」
「DLCは知りませんねぇ……どういう人物なんですか?」
「エルフの長老一族の子で、攫われた妹を探すために学園にきました。帝都の貴族が関わってて、帝都を直接調べるのは危険だから学園の生徒から尻尾を掴もうとしたんです」
「たぶんそれもう解決してますね」
絶望顔がよく似合う少女、ニーナの事をアンジェリークは思い出しました。
「……解決、とは?」
「帝都で騎士やってるときにエルフ攫いやった貴族の情報を掴みまして、気持ちよくぶん殴れそうだなと思って皇子と一緒に屋敷にカチコミをキメました。助けたエルフの子の名前はニーナです」
「……待って、待って下さい。情報量が多すぎます」
マリアンネは頭を抱えました。暫く抱え込んだ後、意を決したようにアンジェリークに問いました。
「何故騎士になったんですか?」
「強い相手がいそうでしたし、人を斬る機会も多そうだったからですかね」
マリアンネは脂汗を流しました。入園後の騒動やその後に調べた情報からヤベー奴だとは思っていましたが、思っていた以上にヤバすぎる奴だと気付いたのです。そしてミコトも頭を抱えました。兄が若干おかしいのは理解していましたが積極的に殺人をしたがるほどヤベー奴ではなかったからです。実際は口に出さなかっただけで一度ぐらい人を斬ってみたいなとは思っていたのですが。
しばらくの沈黙の後、マリアンネは言いました。
「申し訳ないんですが、チョット心の整理をつけるために休憩を挟んで宜しいですか?」
「私も休憩したいです」
「構いませんけど……あ、せっかくだから珈琲入れますね」
アンジェリークはウキウキで棚を探り、他の二人は大きく溜息をつきました。
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