第23話 食いでのある敵



 見習い教育を終えたターニャはアンジェリークの部下として配属されました。女騎士は扱い辛いしアンジェリークに付けておけば悪いことにはならないだろうという判断からです。それと、常にローザがバディを組む体制からターニャを含めたローテーションにする事でローザの負担を減らす目的もありました。教科書でとはいえ皇子を殴り始めたローザに騎士団長達は危機感を覚えたのです。



 そういうことでアンジェリークとターニャのバディで警邏に出るようになりました。ターニャがバディとして動いている間、ローザは教会の仕事に従事するようになりました。実地研修以降、狂気の集団祓魔師の中で恐怖の魔王として君臨しているローザは教会版アンジェリークとして中の人達の頭を抱えさせています。表面上は愛想が良い辺りがそっくりです。



 そして数度の警邏をこなした後、いざ征かんとばかりにスラムへと赴きました。



「平和すぎてあくびがでるんだけどね」



 本当にあくびをしながらアンジェリークが言いました。本日のアンジェリークは真っ白なワンピースを着ており、場違いすぎる清楚感を漂わせていました。特に最近は成長期を迎えたらしく、童女とも言うべきだった容姿が女を漂わせ始めた少女へと変化し、一種独特の色気を放っています。まあ、腰に差した太刀とドスが全てを台無しにしていますが。



「騎士なら平和を喜びましょうよ」



 苦笑しながらターニャは言いました。着ているのは地味なワンピースなのですが、高身長で引き締まっているせいもあってか異様なほど色気があります。赤毛のショートヘアから覗く小麦色に焼けた肌も艶めかしいです。腰に差した大剣が全てをぶち壊していますが。



 スラムでの撒き餌としては完璧に近い二人ですが、悪党どころか人っ子一人目に見える範囲にいません。アンジェリークは完全に顔を覚えられていました。ターニャもあまりの平和っぷりに、これが騎士すら近寄らない帝都スラムかと拍子抜けしております。未だ皇命は解除されていないため定期的に騎士が見回っており、皇命のため悪徳貴族達も口が出せずにいるためスラムの治安は改善しつつあるのです。



「せっかく新装備を用意してきたのに、これじゃあ使う機会がないなぁ」



 そう呟きながらアンジェリークは太ももを軽く叩きました。スカートの下には細い杭のようなものがレッグシースに五本ほど収められています。投げて刺す事に特化した、前世で言うところのクナイが一番近い武器で、アンジェリークが鍛冶屋に特注したものです。



「何度も訓練されてるじゃないですか」


「訓練で問題なく使えるようになったので実戦で運用して不具合を確かめる必要があります。不具合を確認して改良。技術も武器もそれを繰り返すことでより強くなれるのです」



 強くなることに余念のないアンジェリークにターニャは感心するとともに呆れます。武人としては見習っても騎士としては見習うなという副団長の言葉を思い出していました。



「嫌!」



 甲高い絹を引き裂くような悲鳴が微かに聞こえました。アンジェリークは即座に駆け出し、ターニャもそれを追います。入り組んだ路地を進んだ先、しゃがみ込んだ女性と、それを無理矢理引きずろうとする男と辺りを警戒する男の二人組がいました。



「止めなさい!」



 アンジェリークが叫ぶと、男が物を扱うかの如く女性を引きずり始めました。どうやら強引に逃げるつもりのようです。



「逃げられると思っているのか!」


「てやぁ」



 剣を抜きながらターニャが前進し、アンジェリークは間の抜けた声でクナイを投げました。アンジェリークの目の前でパンという叩く音がしたかと思うと次の瞬間に女性を引きずっていた男の頭が吹き飛びました。後方に内容物をぶちまけながら男の体は倒れ、それを見た女性は失神しました。ターニャは絶句し、アンジェリークは驚いたように目を丸くしています。残った男はアンジェリークと頭のない仲間に視線を行き来させています。



「……そういや全力は初めてだったっけ」



 アンジェリークは雷の魔法を応用して磁場を形成、電磁力で物体を加速させる魔法を作りました。つまりは魔法でコイルガンを作ったわけです。まっすぐ飛ばせるかという不安やマフィア屋敷吹き飛ばし事件の反省もあってぶっつけ本番ではなく、魔法戦闘団の訓練所を借りて事前に訓練を行っています。しかし、身体強化魔法を使用しての全力をコイルガンで加速させたのは今日が初めてでした。衝撃波が発生したので音速は超えたようでした。数百グラムはある金属片がマッハを超えた速度で激突した結果が大惨事でした。



「ま、一人生きてるからいいや」


「えぇ……」



 にこやかに言ったアンジェリークにターニャはドン引きしました。


 何はともあれ片割れの男を捕まえようと二人が前進すると、男に異変が起きました。突然服が裂け、中からピンク色の肉がモコモコと男を包み込むと身長二メートル半ほどの、角と長い爪を有した化物へと変貌したのです。


 いきなりのことにターニャはフリーズしました。突如現れた化物は自然発生系のダンジョンに現れる魔物、オーガに近いですが、人が魔物に変貌するなんて話は聞いたことがありません。



「ターニャ! 女性を確保!」



 アンジェリークの言葉でターニャはハッと気付きました。呆けている場合じゃありません。疑問を無理矢理意識外へと追いやり剣を抜きます。その時にはすでにアンジェリークは化物へと吶喊していました。


 アンジェリークはクナイを投げつつ化物に近付きます。電磁力によって加速されたクナイは化物に突き刺さる事なく両手で弾かれ、叩き斬るつもりで気合いとともに振り下ろされた太刀は爪で受け止められました。石すら切り裂く太刀は爪から少し浮いた状態で、何かに妨害されるようにして止められています。



「実に食いでのありそうな相手ですね」



 アンジェリークは店で甘味を味わう少女のように朗らかに笑いました。アンジェリークは化物を蹴って距離を取り、化物が行動に移る前に攻撃を開始しました。



 アンジェリークが建物を利用した高速戦闘で化物を押し始めたところでターニャは気を失った女性のところへとたどり着きました。よく分からない化物はアンジェリークに任せてまずは女性を安全な場所へと運ぶことにしました。



「足!」



 聞き覚えのない声につられて足を見ると、首が吹っ飛んだ男が足を掴もうとしていたところでした。



「うぎゃぁ!!」



 ターニャは悲鳴を上げて腕に剣を突き立てました。斬られた腕はビッタビッタとのたうち回り、身体の方はジタバタと動いています。



「うっそでしょ……」



 その様子にターニャは呆然と呟きました。グールだろうがリッチだろうが首を落とせば死にます。見たことのない魔物が出たら首を落とせというのは冒険者の常識でした。常識外の出来事にターニャはその光景が飲み込めません。



「心臓! 心臓を刺せ!」



 先ほどの声にハッと気付かされ、ターニャは再度掴みかかってきた首無しの腕を踏み付け、さらに背中を踏み付けると心臓に剣を突き刺しました。ビクビクビクと首無しが痙攣するとパタリと倒れて動かなくなりました。念のため体のあちこちを剣で突き刺して今度こそ動かないのを確認すると、ターニャは辺りを見回して謎の声の主を探します。すると返り血を浴びたアンジェリークが生首を片手に現れました。



「死にづらいだけでしたね。種が割れればどうってことはなかったです」


「先輩、心臓を破壊しないと死にませんよ!」



 ターニャが慌てて言うとアンジェリークは背後を指さしました。そこにはもはやなんなのか分からないほどバラバラになった死体が散らばっていました。



「あれだけバラせば問題ないでしょう。それに、殺したら元に戻るみたいですしね」



 アンジェリークの持つ首は化物のものではなく変貌する前の人間の首でした。



 遠くから鎧を着た者がかけてくる音が聞こえます。騒ぎに他の騎士が気付いたのでしょう。



「騎士になって良かったですね。騎士じゃなかったら間違いなく捕まってますよ」



 人に戻ったバラバラ死体を見てアンジェリークは言いました。



「騎士でも捕まるんじゃないですかこれ」



 ターニャは遠い目をして言いました。







 アンジェリークとターニャは騎士団の取調室に連行されました。とは言えども扱いは丁寧、というよりも連行した騎士達もどうすべきか迷っている様子でした。アンジェリークやターニャが理由なく人を殺すことはないとは思っても、流石にあそこまでバラバラの死体を作り上げられたら連行せざるをえなかったのです。最初は二人バラバラに部屋に入れられましたが、今は同じ部屋へ入れられています。



「犯罪者扱いは酷くないですか?」


「……容疑者だ。お前達が理由なくやったとは思ってない」



 取調室に現れた副団長にアンジェリークは不平を漏らしました。副団長は机に置いてある調書を読み、眉間に皺を寄せます。調書には事件のあらましが事細かに書かれています。それもターニャとアンジェリーク別々に聞き取ったものです。



「嘘じゃないですよ」


「だろうな。二人とも言っていることに矛盾がないからな」



 二人別々に聞き取ったのは嘘をついているかどうか判別するためです。例え少人数でも口裏合わせというのは難しく、嘘を言っていれば矛盾点が生まれるのです。その言葉にターニャはホッと息をつきました。



「信じてはいましたけど、聞き覚えのない声を聞いた辺りで何度も聞き返されたので正直不安でした」


「あー……それはともかく、男二人組の事だ」



 基本的に広めるべきでない存在の話が出たので副団長は慌てて話を逸らしました。



「頭が吹っ飛んだ奴は身元が調べられなかった。もう一人は帝都で活動する三つ星冒険者だが、ギルドに確認すると要注意人物となっていた」


「裏社会と繋がってたんですか?」


「いや、単純にスラムに何度も出入りしているのが確認されていただけだ。どこで何をしているのかは判明していない」



 ターニャはああ、と納得しました。帝都のスラムに出入りする者などそれだけで要注意人物とされるのは当然でしょう。



「人攫いでもしてたんですかね?」


「知らん。分かっているのはこれだけだ」



 副団長は机の上に何かを包んだ布を置きます。布の中には歪な五芒星の形をした首飾りがありました。妙に不安になるデザインでターニャは顔を顰めます。



「五芒星の首飾りですか。二人とも持っていたんですね」


「それは首無しが持っていた。お前がバラバラにした方は首飾りもバラバラになっていたがな」


「何かの衝撃で歪んだわけじゃないですよね」


「ああ、バラバラになった物をつなぎ合わせたら同じ形だったからな」



 副団長は首飾りを再び布で包んで懐に仕舞います。



「魔法的な効果が付いているようで、とりあえず魔法戦闘団に回して、次は教会だ」


「異端ですか?」


「可能性は高い」



 異端とは教会から破門を受けた宗派や異貌の神々と呼ばれる邪神を崇拝する悪魔信仰教団のことを指します。基本的にはこっそり教えを広めようとするぐらいですが、中には打倒教会とばかりにテロをかましてくる団体もいます。



「人が化物に変身するなど聞いたこともないが……教会の記録には残っているかもしれん。遺体はすでに祓魔師が調べ始めている」


「教会が動くの早いですね」


「教会が早いというか祓魔師が早いだな……いつの間にか現れて遺体を弄り始めていた。ローザが全員の頭に拳骨入れて連れて帰ったが」



 ローザはいつものように微笑んでいたそうです。



「何か分かったら早速捜査しますね! 今度は死にづらいだけじゃなくて強い奴が出そうですし!」


「すでに人手不足の騎士団にそんな余裕はない。全部教会にぶん投げる」



 帝都の全騎士団による決定にアンジェリークは嫌だ嫌だと駄々をこねましたが、決定が覆ることはありませんでした。

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