騎士団編
第8話 騎士になればいつでも騎士と戦えるな
聖カロリング帝国の首都たる帝都を守る騎士団は帝国最大の戦力を有しています。特に近衛騎士は帝国最精鋭と名高く、しかしながら平民から成り上がることも可能であるため大変人気な就職先でもあります。
帝国騎士団の採用試験は半年に一度行われます。誰でも応募が可能であり毎回多くの応募がありますが、厳しい試験であり合格者はほんの一握りです。
その厳しい試験はまず応募から始まります。応募会場に直接出向き貴族だろうが平民だろうが一様に列へと並び、試験官の前で書類を記入するのです。そしてその場で合格不合格を試験管が言い渡すのです。全員に試験をやっていたら日が暮れても終わらないため、体つきや立ち振る舞いや並んでいる間の態度などを見て判断するわけです。
書類を書いただけで落とされる事に納得がいかず、食ってかかる者もいるのですが、試験管は当然騎士であるがゆえにその場で組み伏せられます。そのため、応募の時点で毎回怪我人が出たりします。
毎回毎回の事なので試験官も事務的に応募審査をこなしていくのですが、今期は一点様子が違うものがありました。
「よろしくお願いします」
そう言って見事なカーテシーを披露した小柄な絶世の美少女は、全身緑の服にふくらはぎほどの高さの編み上げブーツ、腰には太刀を佩き背嚢を背負っていました。言うまでもなくアンジェリークです。フリードリヒ侯爵夫妻に会ったときと同じ服装ですが、これはアンジェリークが考案して作らせた物です。お古とはいえ毎回毎回姉の服を汚すのは心苦しいと思い至ったアンジェリークが前世の軍隊の戦闘服を手本にしたものです。本当は迷彩にしたかったのですが、色の配分率が分からなかったため緑一色でも変わらないかということで妥協しました。地味すぎてメイドからも衣服屋からも渋い顔をされましたが、どっちみち血で汚れるということで押し通しました。
やけに可愛らしい娘が来たなぁと試験官は半笑いを浮かべます。初代皇帝時代に高名な女性騎士が存在した記録があるため応募は女性も受けつけてはいますが、基本的に毎回ここで落とされます。魔法戦闘団ならともかく、近接戦闘を主とする騎士団に女性が入るのは当然ながら厳しいのです。食ってかかる者もいますが、怪我すらさせずに組み伏せられて終わります。
とはいえ審査は公正に行わなければいけません。書類を書くように促そうとしたところで試験官の目の前に冒険者ギルドのカードが出されました。
「四つ星……」
ギルドカードに記載された星の数を見て試験官は驚きました。四つ星冒険者といえばベテラン冒険者です。目の前の、ギルドカードに記載されている通りならば十三歳の少女は最低でもベテラン冒険者並の実力を有していることになります。
続いてアンジェリークは賞金首の討伐証明書を出しました。複数枚提出された証明書を見た試験官は列の方にいる試験官を見ます。見られた試験官は頷きました。
実はアンジェリークは列に並んでいる間に一騒動起こしています。アンジェリークに痴漢しようとした男の指をへし折り、顎を殴って気絶させ、床に顔面を思い切り叩き付けたのです。騎士になろうという者が女性に手を出そうなどとは言語道断であり、ゆえに厳しく対処したアンジェリークにはお咎めはありませんでした。
その騒ぎを見ていた試験官は少なくとも応募審査を通る程度の実力はあるとして頷きを返したのです。
幼い少女とはいえど実力があり希望する者を弾くというのは実力主義を謳う騎士団としてはありえません。実際、応募審査を通る女性も時々いるのです。アンジェリークは歴代ダントツの最年少ではありますが。
応募書類に書かれたやたら綺麗な字に言い知れない不安を覚えつつも試験官はアンジェリークに本試験のための書類を渡しました。
「女はやっぱり君だけだったね」
鼻歌を歌いながら本試験会場へと向かっていたアンジェリークに虚空が話し掛けてきました。正体は妖精のたかしです。剣術だけではなく魔法にも力を入れるアンジェリークは、着色魔法としか言えないような魔法をたかしサイズであれば光学迷彩のようなことができるまで改良したのです。ちなみに、その魔法を使っているのはたかしです。この魔法があれば自由に動けると喜んでいました。
「女で騎士になりたいっていうのが珍しいし、そもそも男女じゃ身体能力の差が大きすぎるからね」
「君がそれを言うのか」
「何事にも例外はあるもの」
例外どころか特異点ともいうべきでしょうが、本人にその自覚はありませんでした。
「それにしても公爵から入団試験の許可が出るとは思わなかった」
今回の入団試験は公爵の許可の下来ています。侯爵夫妻は反対を表明しましたが、少なくとも騎士団にいれば所在が分かる、禁止して無許可で好き勝手に動かれるよりはいいという公爵の意見に渋々頷きました。
「冒険者ギルド様々ね」
四つ星冒険者と認められているということはアンジェリークは自立できるということです。公爵が許可を与えたのもそれが大きいでしょう。
ちなみに、公爵が認めているにもかかわらず試験官がアンジェリークの事を知らなかったのは根回しができていないからです。何故根回しができなかったかといえば時間が無かったからです。アンジェリークが公爵から許可を得たのは試験の六日前、屋敷のある街から帝都まで馬車で七日ほどかかります。ゆえに来期の試験を目指すのだろうと公爵は思ったのですが、アンジェリークは即日出発し、馬車が避ける山や森を妖精という喋るコンパスを駆使して走破し、五日で帝都にたどり着きました。宿で服を洗濯する時間を確保できたことをアンジェリークは大変喜びました。
案内にしたがって進んでいくと、広めの広場に出ました。普段は訓練場であろう広場では複数の試合が同時に行われていました。アンジェリークは一目見て受験者同士の試合だと気付きました。
つまり、次は受験者同士の試合が試験なのです。手加減が面倒だなぁとアンジェリークは渋い顔になりました。賊はぶっ殺しても弱者を嬲る趣味はアンジェリークにはありません。
「おお、随分と小さいお嬢さんが来たもんだな」
アンジェリークに声をかけたのは熊のように大きな男でした。アンジェリークの前世よりは小さいですが。
「初めまして、アンと申します」
下手に混乱させないようにギルドカードに記載されている名前で自己紹介を行いました。
「こりゃ随分と丁寧な挨拶だな。第一騎士団副団長のヘルマンだ」
苦笑しながら掌を見せてきたヘルマンに、アンジェリークは持っていた書類を渡します。ヘルマンはそれを一読するとアンジェリークを威圧します。十三の少女が四つ星冒険者でしかも複数人の賞金首を討伐しているというあまりにも嘘くさい内容だったので少し脅して確認しようとしたのです。
ヘルマンから放たれた圧力に周囲の騎士が振り向き、受験生達が驚いたように数歩引きました。向けられた張本人であるアンジェリークはニコニコと笑顔です。
ヘルマンは呆れたように威圧を解きました。
「……度胸があるのか鈍感なのか」
威圧とは魔力の敵対的放出です。魔法の専門家でもあるアンジェリークはその対処も熟知していたため特に影響はありませんでした。
「まあいい、ハンス! 相手をしてやれ」
「はい!」
若い騎士が返事をしてアンジェリークの前に立ちます。
「試験は模擬戦。君の相手は俺がやるから」
本試験に女性が現れた場合は同じ受験生ではなく騎士が相手をすることになっています。騎士になりたい者というのは基本的に腕自慢であり、その腕自慢が女に負けそうになった場合、無茶をして事故を起こす可能性が大きかったため騎士が務めることになっているのです。
「はい! よろしくお願いします!」
アンジェリークは大喜びで返事をしました。相手は現役の騎士、つまりは思い切りぶん殴っても許される相手です。ついでに騎士の実力も見れるということです。
そんなルンルン気分で騎士の後ろをついていくアンジェリークを周囲とは違う感情で見つめる人物が二人いました。
一人目は祓魔師のローザです。祓魔師というのは基本的に治癒士としても優秀なため、怪我人対策で現場にいました。一応、手紙で騎士の話は聞いていたため納得はしましたが今期で狙ってくるとは思っていなかったので驚きました。そしてヘルマンの対応がとても公爵令嬢に対するものとは思えなかったので事実確認を今からでもすべきか迷っていました。
もう一人はアンジェリークの実の兄、パトリック・フォン・ザクセンです。魔法戦闘団副団長であるパトリックは視察の為に来ていたのですが、唐突なヘルマンの威圧に目を向ければ、そこには妹がいました。いや、ありえない、他人のそら似だと言い聞かせるように首を振っています。実家からアンジェリークの話を聞かされていないので、彼にとってアンジェリークとは完璧な公爵令嬢と名高い妹のままなのです。
そんな二人に気付くことなくアンジェリークは長めの木剣を持ってハンスと対面します。
両手をだらりと下げた状態のアンジェリークに対し、ハンスは片手で木剣を構えます。基本的に本試験までくるような女性というのは技能が高い場合が多いです。場合によっては騎士が不覚をとる場合もあり、その際反射的に反撃して大けがをさせないために片手で構えることになっています。
「いつでもいいよ」
「よろしくお願いします」
すこし気怠そうなハンスにアンジェリークは丁寧に頭を下げました。真剣味の薄いハンスを責めるのは酷でしょう。なんせ、アンジェリークは十三歳の華奢にしか見えない少女です。しかも、さっきからずっと場違いにニコニコと笑っているのですから。
頭を上げたアンジェリークは木剣を両手で頭上高くまで掲げました。
「キィィィェェェェエエエエエエ!!」
そして模擬戦をしていた受験生が試合を止める程に狂ったような叫び声を上げ、鬼のような形相でハンスに凄い勢いで突っ込んでいきました。
寸前までのほほんと笑っていた美少女の奇行にハンスは驚いて身を竦めました。そして気付いたときにはアンジェリークが目の前に迫っていました。とはいえど彼は騎士、アンジェリーク全力の一撃を片手ではありますが受けました。けども、四十㎏前半の体重全てと凄まじい速度の乗った一撃は片手で受けきることができず、彼の鎖骨と胸骨の上部を砕きました。
アンジェリークが見せたのは九州の薩摩発祥の流派「薬丸自顕流」の蜻蛉の構えからの袈裟斬りをアンジェリーク用に改良したものです。前世の流派ではないですが、交流試合という形で学ぶ機会がありました。アンジェリークの体格ではどうしても威力が出ないため跳び上がって全体重を乗せるという、防御をかなぐり捨てた薬丸示現流をさらに攻撃特化させてしまった頭のおかしい技です。
倒れるハンスに木剣を向けたアンジェリークは、彼が立ち上がりそうにないと判断すると残心をして構えを解きました。
倒れて動かないハンスに慌ててローザが近付きました。周りは凶行に唖然として動けませんでしたが、ローザはなんとなく予感があったので動けたのです。必死で治療をしているローザにアンジェリークが満面の笑みで近付いてきたため思い切り叱りつけたくなる衝動が湧きましたが、なんとか堪えて治療に集中しました。
パトリックは崩れ落ちそうになる膝に気合いを入れてなんとか立っていました。あんな少女が来るとは騎士団も質が落ちたな、などという周囲をたしなめながら近付き、近付けば近づくほどアンジェリークにしか見えない少女に血の気が引いていき、頭のおかしい試合を見て目の前が真っ暗になりました。しかしここで倒れれば関係者だと気付かれてしまうと、次期公爵家当主の意地を見せました。よく分からないがここであれがアンジェリークだと知られてしまうのはマズいと判断したのです。幸い、周囲はアンジェリークに注目していてパトリックの不審な様子を見ていませんでした。
模擬戦を見ていたヘルマンは口をへの字に曲げていました。自身の威圧でアンジェリークが全く動じなかったのを見ていたにも関わらず、ハンスが油断をしていたからです。そもそもがあのナリで応募審査を突破したと言う時点で油断すべきではないのです。騎士としてなっとらんと不機嫌になっていました。完全に油断していたにも関わらずアンジェリークの速度に反応した点は評価していましたが。
「アントン、彼女の相手をしてやれ」
「え!? あ、はい!」
ヘルマンの不機嫌を察したアントンが慌てて準備を始めました。ヘルマンも同じようにアンジェリークの方へと向かいます。
ヘルマンはアンジェリークに高評価を付けていました。あの不意打ちは間違いなく自分の容姿を理解して放った一撃、事前に作戦を立ててきたということです。騎士道だのなんだのいうけれども勝たなければ全ては無意味。容姿すら利用し勝ちに来る姿勢は騎士にとって必要な素質だとヘルマンは考えていました。
ヘルマンはローザの治療を興味津々に観察しているアンジェリークの隣に立ちました。
「お嬢ちゃん、不意打ちは上手いようだがそれだけじゃ認められねえ。次だ」
「はい!」
ヘルマンがアントンを指して言うとアンジェリークは大喜びで返事をしました。一人で終わりかと思っていたら追加のお代わりが来たと張り切っています。
ヘルマンは試合の邪魔になるハンスを雑に抱え上げました。
「何をするのですか! まだ治療中です!」
そんなヘルマンにローザが食って掛かりました。
「彼は鎖骨と胸骨の二箇所を折る大怪我をしているのですよ!」
「騎士とあろうものが「騎士かどうかなど関係ありません! まずは怪我人の治療が最優先です! 下手をすれば内臓が傷付いているんですよ!? 分かっているのですか!?」
激しい剣幕で怒鳴るローザにヘルマンがたじろぎます。大柄で強面の自分に怯まない若い娘にヘルマンは驚いていました。
祓魔師という常識の無い同僚に普段から不満をため込み、そしてアンジェリークという非常識に集中力を削られていたところでさらに仕事の邪魔をされたローザはプッツンし、相手が誰かも確認せずに怒鳴っていました。
「あ~、ここで試合が始まるから「だったらもっと丁寧に運んで下さい! 鎖骨と胸骨に影響が出ないように! ほら! 貴方手伝って! まずそこに降ろして! ゆっくり! 怪我人だって分からないんですか貴方は!」
ローザに呼ばれた騎士が機敏な動きで指示に従います。ヘルマン副団長に真っ向から食って掛かる勇者に逆らう気概など彼らは持ち合わせていませんでした。そんなローザに教会の治癒士達は尊敬と畏怖の目を向けていました。
ハンスが無事に運び終わったのでアンジェリークとアントンが向かい合います。ハンスの件もありアントンは油断なく両手で木剣を構えています。対するアンジェリークは好物を目の前にした少女のように微笑んでいます。試合とはいえ戦う者の表情とは思えず、アントンは背筋が寒くなりました。
先手はアンジェリークからでした。先ほどとは打って変わって静かな、駆け抜ける一撃をアントンは危なげなく受けました。背後に回ったアンジェリークを追うためアントンが振り返るとすでに次の一撃が来ていました。それも受けて次、受けて次、受けて次、軽いものの反撃する暇のない高速剣術をアントンはなんとか受け続けます。
試験会場は騒然としていました。もはや受験生すら試合をせずにアンジェリークとアントンの試合を呆然と見ていました。霞むような速度で四方八方跳び回る攻め手とぐるぐるその場で回りながら受ける守り手という、一般常識からかけ離れた戦闘は理解しがたいものでした。
アンジェリークは騎士の実力に感心していました。自身の速度が常識外れというのは理解していたので攻めきれないとは予想外でした。とはいえいずれそういう相手が登場することは予想していたのでキチンと戦術は組み立ててありました。
受け続けていたアントンが突如膝をつきました。駆け抜けると同時に膝裏に魔法で氷玉をぶつけたのです。姿勢の崩れたアントンの首元にアンジェリークは木剣を突き付けました。
「お前……」
「魔法を使ってはいけないというルールは聞いておりません」
にっこりと微笑んで答えると、アントンは視線をヘルマンに向けました。ヘルマンは凄みのある笑みで近付いてきます。
「アンの勝ちだ」
「お相手、ありがとうございました」
アンジェリークが頭を下げると、アントンは悔しそうにため息をつきました。それを見てアンジェリークは感心します。己のような幼い少女に負けて素直に悔しがれるというのは伸びる才能があるなぁと。周りの騎士達も対策を話し合っている辺りかなり健全な騎士団であることが覗えます。試験官という仕事を放棄しているのはいただけませんが。
「本来ならまだ試験はあるが、お前には必要ねえ。合格にしてやる」
「もう終わりですか……」
つまらなそうに呟いたアンジェリークを見てヘルマンが笑いました。
「後は一般教養の筆記試験だけだ。お前には必要無いだろう」
アンジェリークの隠そうともしない洗練された佇まいはどう見ても貴族として厳しい教育を受けた者であり、そんな者が一般教養の教育をされていないわけがありません。
「だれか合格者用の書類持って来い! お前は今日は帰ってコレでも書いておけ。女子寮なんか用意してないからな、どうにかできたら呼ぶ」
書類を受け取ったアンジェリークは、副団長に食って掛かった事実に今更青い顔をしているローザと、何か言いたげにジッと睨みつけてくる兄に頭を下げて会場を後にしました。
後日、ヘルマンはアンジェリークが記入した書類の本名を三度見して、パトリックに問い合わせた後に悲鳴を上げました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます