第7話 力の衰退

 魂送りの活動をしている時、未練がないのにあの世に行けず、この世を彷徨っている霊も少なくなかった。

 霊を見つけ次第、魂送りをすれば未練を解決すること無く、あの世に霊を送ることが出来た時もあった。


「ふぅ……。今日も無事に魂を送れたね」

「そうだな。あのさー、天音」

「なに?」

「最近、寝ても疲れ取れない感じがするんだけど。天音はどう?」

「言われてみればそうかもね……。でも、部活もあるし、宿題もあるからそれで疲れが溜まっているのかもね」

「そうだよな。抜き打ちにお前のクソ不味い手作りお菓子を食わせられれば、疲れも溜まってくるよな」

「なにそれ! この前作ったクッキー美味しいって言ってくれたじゃん!」

「あれだけな。あとは不味いのオンパレードだった」

「むぅ~」


 しかし、魂送りをするための霊力が少しずつ衰えていることに、この時、天音も邪馬斗も気づいていなかったのであった。


 ある日の体育の授業。この日は天気も良かったため、校庭で百メートル走をやっていた。


「位置について……。よーい、どん!」


 出席番号順に男女混合で四人ずつ、百メートルを走り、タイムをつけた。


「次、天音だね。ガンバ!」


 咲が天音に声を掛けて、応援を送った。


「ありがとう。頑張ってくるね!」


 天音はそう言って、スタート地点に向かった。


「あれ……?」


 歩き出すと、天音は目眩を感じた。

 少しクラっとしただけであったため、天音は単なる立ちくらみかと思い、気にしなかった。


「急に立って歩き出したからかな? まあ、治ったから大丈夫か」


 天音はそう思い、スタート地点に着いた。

 隣には邪馬斗が立っている。


「邪馬斗! 負けないよ!」

「あぁ……」


 邪馬斗はそこはかとなく元気のない返事をした。

 天音は元気の無い邪馬斗に不思議に思いながらも、クラウチングスタートの姿勢になる。


「位置に着いて……。よーい、どん!」


 体育の先生の合図で、走り出した。

 天音と邪馬斗の一騎打ちにクラスメイトは盛り上がっていた。


「よし! もうすぐでゴール!」


 と、その時であった。

 ……バタン。


「おい! 大丈夫か!?」


 真横を走っていたはずの邪馬斗が、急に天音の視界から消えた。


「え?」


 天音は独走してゴールした。

 振り向くと、邪馬斗がゴール目前で倒れているのに気づく。


「邪馬……」


 天音が倒れている邪馬斗に近づこうとした瞬間であった。


「あ……れ……?」


 天音は再び目眩に襲われた。

 しかも、さっきの目眩とは違い、目の前が大きくグルグルと回り、視界が真っ暗になってきたのであった。

 その途端、天音も倒れてしまう。


「天音ー!!!」


 咲が天音の名前を叫びながら、走ってきた。

 同時に、幹弥も邪馬斗の側に寄って名前を叫んでいた。


「幹弥、咲。悪いが、二人を保健室まで運んで行ってくれ。応援の先生呼んでくるから!」


 体育の先生はそう言って、職員室へと走って行った。

 まもなくして、天音と邪馬斗は担架で保健室へと運ばれて行く。

 保健室のベッドに寝かせられた二人を、咲と幹弥が見守る。


「今朝はあんなに元気だったのに……」


 咲が不安な顔で言った。


「邪馬斗もいつもと変わらなかった……」


 幹弥も邪馬斗の寝顔を見ながら言った。


「貧血ね。休んでいれば大丈夫よ」


 保健室の先生は、落ち込んでいる咲と幹弥に声を掛けた。

 そこに、ノックをする音が聞こえた。


「あ、はい!」


 保健室の先生は返事をした。

 扉を開けて保健室に入ってきたのは担任の猿田先生であった。


「二人はどう?」

「まだ、目を覚ましません。寝ています」


 猿田先生の問いかけに、咲がか細い声で応えた。


「そっか……。二人とも付き添ってくれてありがとう。授業に戻って良いよ。後はオレに任せて」

「はい……」

「咲、行くぞ。ちょっと休めば元気に戻ってくるって」

「うん……。猿田先生、宜しくお願いします」

「うん。心配だと思うけど、安心して授業に戻りなさい」

「はい。失礼します」


 咲と幹弥は保健室をあとにして校庭へと戻って行った。


「あと、すみません猿田先生。私、体調不良の生徒を家まで送っていかなきゃいけないので、巫山さんと巫川さんのことお願いしても良いですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では、宜しくお願いしますね」


 そう言って、保健室の先生は出て行ってしまった。


「やれやれ……」


 猿田先生は溜め息交じりに言った。

 すると、猿田先生の横に羽織姿の女性が現れる。

 長い黒髪のスラッとした美しい女性だ。

 その女性は心配そうに天音と邪馬斗を見つめる。

 女性は静かに話し始めた。


「こんな頻度に魂送りをすることは滅多に無いこと……。ただでさえ、神社の力が弱くなっている上に、魂送りができる後継者の霊力が、子孫ができるごとに衰退しているというのに……。いずれはこうなってしまうことは分かっていました」


 猿田先生は、難しそうな顔で天音と邪馬斗の寝顔を見つめている。


「私が持っているこの僅かな霊力でも充分でしょう……。分けてあげましょう」

 女性は続けて言った。


「そんなことをしてしまったら、こうしてこの子らを見守ることができなくなってしまうぞ」


 普段のふわふわしている猿田先生とは違う、低い声と張り詰めた雰囲気だ。

 女性は、悲しそうな表情で応えた。


「そうですね……。でも『あなた』がいます。今はあの頃のような霊力を持っていなくても……。私はこの子達に霊力を分けてあげることによって、また魂送りをすることが出来て、神鏡の破片が戻ってくれば、また私の霊力も戻ってきて、こうして側で見守ることができる。それまでの心房です。どうかこの子達を助けてあげてください……」


 女性は天音と邪馬斗に向けて両手を突き出した。

 すると、天音と邪馬斗が淡い光に包まれる。

 僅かな霊力を天音と邪馬斗に分け与え、女性は弱々しい微笑みを残して消えていった。


「どんなことがあっても守ってやるさ……」


 消えていった女性への寂しさを感じながら、猿田先生は呟いた。

 まもなく、天音と邪馬斗が目を覚ます。


「あれ……? ここは?」


 天音は辺りを見渡しながら言った。


「あ、おはよ~。ここは保健室だよ。調子はどうだい?」


 さっきまでのキリッとした雰囲気と低い声がなくなり、いつものふわふわとした穏やかな猿田先生に戻る。


「そうですか……。なんとも無いです」

「俺も。とういうか、何か前よりも身体が軽くなった感じがする……」

「言われてみれば、私も……。なんか不思議な感じ」


 天音と邪馬斗は顔を見合わせながら言った。


「お二人さんをここまで運んでくれたの、咲さんと幹弥君だったんだよ。心配してたよ」

「そうだったんですか! あとでお礼言わないと……」

「あ、先生。今何時ですか?」


 邪馬斗は先生に聞いた。


「うーんと……。十一時かな。もう体育の授業は終わってるよ。まもなく四時限目が始まるところかな?」

「そうですか。俺はもうすっかり良くなったので授業に戻ります」

「私も! 先生、ご迷惑おかけしました!」

「失礼します」


 天音と邪馬斗はベッドから立ち上がり、保健室を出て教室へと戻って行った。


「は~い。お大事にね~」


 猿田先生は教室へと戻っていく天音と邪馬斗の後ろ姿を優しい顔で見送った。


「いや~、なんか疲れがすっかり取れたと言うか、楽になったと言うか」


 天音が曖昧に言った。


「そうだなー。でもなんで俺らだけ倒れたんだろうな……」

「そうだよね。なんか不思議~。あ、不思議と言えば……。なんか寝てた時、女の人の声が聞こえたような……。凄く綺麗な声だった」

「は? 俺には何も聞こえなかったけど……。てか、寝言じゃね? あ、お前、綺麗な声じゃないから寝言じゃねーな。気のせいじゃね?」

「綺麗な声でしょ!? こんなに美声なのに!」

「なんか言ったか、ブス」

「誰がブスじゃー!!!」


 すっかり元気になった天音と邪馬斗は、いつも通りのやり取りをしながら教室に戻った。

 教室に入ると、咲が泣きながら天音に駆け寄ってきた。


「天音ー! 良かった~! 元気になって良かった~。急に倒れたからびっくりしたよぉ~」

「咲、迷惑かけちゃってごめんね。あと、保健室まで運んでくれてありがとう。もう元気になったから大丈夫だよ! だから、泣かないでよ~」

「うん……。うん……」


 天音が泣いている咲を宥めている横で、邪馬斗も幹弥にお礼を言っていた。


「悪かったな。迷惑かけて」

「お前が元気になったならそれでいい。まぁ、とりあえず大事を取って今日の部活は休めよ。代わりに言っておくから」

「わりーな。お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」

「代わりに宿題見せてくれ」

「いつものことだろそれ。心配掛けたから別に良いけど」


 一方、天音と邪馬斗を見送って職員室に戻った猿田先生。

 天音と邪馬斗の看病に費やしてしまったお陰で、次の授業準備でバタバタする。

 慌てたことで授業用のプリントを、大量に印刷してしまっていた。


「あれれれれ~。印刷が止まらない~」

「猿田先生落ち着いてください!」


 職員室に居た他の先生達が猿田先生をフォローに入る。

 コピー機の周りには大量に印刷されたプリントで溢れかえっていた。

 猿田先生は助けてくれている先生達に、何度も頭を下げて謝るのであった。

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