第5話 もう一度ステージへ
早朝。
鈴の音がシャンシャンと家中に鳴り響いている。
天音は一人、家の広い座敷で神楽の練習をしていた。
何回練習したのか、額には汗が滲んでいた。
鈴の音を聞いた鈴子が座敷に入ってきた。
鈴子は天音が神楽を練習している姿を見て、目を丸くして驚いた。
「天音……。こんな朝早くから率先して練習して……。その気になってくれたんだね……私は嬉しいよ……」
感激の涙を流しながら、鈴子は言った。
天音は鈴子の声に気づき、練習を中断した。
「あ、おばあちゃん。おはよー」
「おはよう。こんなに朝早くどうしたんだい?」
「あぁ……。えーっと、実は昨日、トキ子おばあちゃんを魂送りしたんだけど……。トキ子おばあちゃんが神楽を引き継いで頑張ってって言っててさー。トキ子おばあちゃんの気持ちを考えたら、頑張らなきゃと思って、朝練してたの……」
天音は照れくさそうに言った。
「トキ子って……二年前に病気で亡くなったトキ子さんのことかい!? お前、トキ子さんに会ったのかい!?」
天音は昨日、邪馬斗と一緒に魂送りしたことを鈴子に話した。
「うん。会ってすぐ魂送りをしたんだけど、送れなくてさ。トキ子おばあちゃんがこの世に未練があることを知って、邪馬斗と一緒に未練を晴らしてから魂送りをしたら、魂があの世に行けたんだー」
「ほぉー……。ただ、魂送りをやれば良いって事ではないようだね。よく頑張ったのー、天音」
「おばあちゃん! 私、もう一度真剣に神楽と向き合って、巫神社の力を取り戻せるように頑張るよ!」
「うん! うん! ……ん? なんだね? この匂いは……」
鈴子は、ふと匂いを気にし始めた。
「ん? ……なんか焦げ臭い……。あぁー!!!」
天音はハッとして台所へ急いで走って行った。
オーブンを開けると、朝食用に準備していた食パンが真っ黒に焦げていた。
「あちゃ~、やっちゃったぁ……。しょうがないか……」
天音はがっかりしながら、真っ黒になった食パンにジャムを塗って齧りつく。
食べながら家を出ると、ちょうど邪馬斗が家から出てきた。
「おはよー!」
「おー、おはよう。なんだその黒いパンは? 新作のパンか?」
天音が食べていた真っ黒に焦げたパンを見て、邪馬斗はからかうように言った。
「ただ、焦げただけ!」
「お前、お菓子作りが下手な上に、食パンですらろくに焼けないのか」
「うるさいなー。神楽の練習してたらパン焼いていたこと忘れてたんだよ!」
「あー、やっぱり。なんか鈴の音聞こえるなーって思ってたんだよなー。実は俺も朝早くにヤギの木の所に行って、街の景色を見ながら笛の練習をしてたんだ」
「へー。よくいつもどおりの時間に家出れたね」
「お前と違って、時間に余裕を持って行動してんだよ。お前もちゃんと時間にゆとりを持って行動しろよ」
「でも、間に合ってるから良いじゃん」
「まったく……」
会話をしながら学校に登校した二人。
教室に着き、それぞれ席についた。
天音が席に着いてのんびりしていると、咲が話し掛けてきた。
「おはよー、天音! 昨日部活休むなんて珍しいね! なんかあったの?」
天音も邪馬斗も、魂送りの件については家の人以外には誰にも話していない。
話したところで、誰も霊のことなんて信じてくれないからだ。
「あー、まぁー……。家にいるおばあちゃんがちょっと具合悪くてさー。ほら、私の両親って出張が多くて家にいることないじゃん? だから、私がおばあちゃんの看病をやんなきゃいけなくてさー」
「そうだったんだー。大会近いのに大変だねー」
「あっ……。大会……」
「えっ!? あんなに部活熱心な天音が大会のこと忘れることあんの!?」
「いやいや、忘れてないよー! ただ最近、ちょっと目まぐるしくてさー」
「しっかりしなよ、天音! あんた、優勝候補なんだから!」
天音はダンス部の中でもなかなかな実力者である。
そのため、今度のダンス部の県大会では優勝候補と言われていた。
「大丈夫! 練習はバッチリだよ!」
天音は自信満々に答えた。
そして、放課後。
「ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト……」
天音はダンスの練習に励んでいた。
天音はソロの部に出場する。
「ふぅ……。もう一回! ……ん?」
天音が何か気配を感じた。
周りをよく見ると、一人見慣れない女の子が部室の隅でダンスを踊っていた。
天音と同じくらいの歳に見える。
「あの子……。もしかして、霊? にしても、メッチャ上手い!」
天音は女の子を見ながら感嘆の声を漏らした。
すると、その女の子が天音に気づいて近づいてくる。
「君、あたしのこと見えるんだね! 良かったー! 話せる人いて! 私のこと見える人が居ないから退屈してたよ~」
馴れ馴れしく女の子は話し掛けてきた。
元気いっぱいでテンションも高かったため、天音は困惑してしまう。
「えーっと……。元気が良いね……」
「元気だけが取り柄なんだー!」
すると、心配そうに咲が話し掛けてきた。
「どうしたの? 独り言なんて珍しいね。大丈夫?」
「あー、ちょっとトイレに行ってくる!」
天音は女の子に小声で「ちょっと来て」と言って部室を出て、外まで走って行った。
周りに人が居ないことを確認し、天音は小声で話し掛けた。
「ふぅ……。ここなら人気を気にせずに話せるね。あなた、名前は?」
「あたし、茜! ねえ! 本当にあたしのことが見えるの!?」
「うん。茜ちゃんはなんでこんなところにいるの?」
「うーん……。気づいたらここに居たー。あたし、高二の時に交通事故で死んじゃってさー。ていうか、君! ダンス上手いね! 見てたよ!」
「ありがとう……。私も高二なんだー」
「そうなの? 同級生じゃん! イエーイ!」
茜ははしゃぎながら、天音にハイタッチを求めながら言った。
あまりのテンションの高さに、天音は苦笑いを浮かべ、ぎこちなく茜とハイタッチを交わす。
「ごめんね。うるさくて」
茜は気を遣ったのか、少しトーンを落とす。
「うんうん。大丈夫。ところで、茜ちゃん。私、茜ちゃんみたいにこの世にいる霊をあの世に行けるように魂送りしているんだけど……。もしかして茜ちゃんがまだこの世に居るのって、何かやり残したことがあるからだと思うんだけど、何か心当たりないかな?」
「あー、だからあたしのことが見えるんだね。う~んとね~……」
少し考えると、茜は何か思い出したのか、ポンと手を叩いた。
「そうそう! あたしが交通事故で死んじゃった日、ダンスの大会があったんだ! 会場に向かっていた時に事故にあって死んじゃったんだよね。団体戦に出ることになってたんだー……。凄く悲しくて、悔しかったんだけど、亡くなってから結構時間が経って、死んじゃった現実と向き合うことが出来て、その間にちゃんと家族とダンスの仲間にお別れを言えたんだけど、何故かこの世に留まっていたんだよね。これからどうしたら良いのか分からなくなっていなんだけど、誰もあたしに気づいてくれなくて。踊っていれば、誰か気づいてくれるかなって思って、色んな所で踊っていてさー。そしたら、この高校からポップスの音楽が聞こえて来てみたら、ダンス部見つけてさー。んで、踊っていたら天音ちゃんが見つけてくれたんだよねー。そこでお願いがあるんだけど、今度天音ちゃんが出る大会で一緒に踊りたいんだけど……。お願いします!」
茜は一気にまくし立てて、深々とお辞儀をする。
「でも、私が出るのって個人の部だよ?」
「邪魔だよね……」
「いや。それでも良いのであれば私は構わないけど」
天音がそう言うと、
「いいの!? ありがとう! 本当にありがとう! めっちゃ嬉しい!!!」
と、茜は嬉しそうに飛び跳ねた。
「んじゃ、明日から練習しよう!」
「うん! よろしくね、天音ちゃん!」
茜が右手を差し伸べた。
天音が茜の手を握ろうとするも、すり抜けて握手ができなかった。
「あ……。そうだった」
霊体の茜と握手ができないことに気づき、お互いに笑い合った。
「あっ! 部活抜け出していたんだった! 早く戻らないと! そうだ茜ちゃん。帰り、魂送りを一緒にやっている相方のこと紹介するから待ってて!」
「分かったー。あたしのせいでごめんね。部活頑張ってね。振り付け考えながら待ってるねー」
「うん!」
そう言って、天音は部室へと走って戻った。
部室に戻ると、既に練習は終わっていてミーティングをしているところであった。
天音はそっと忍び足で部室に入り、こっそりミーティングに加わった。
天音が戻ってきたことに気づいた咲は、小声で天音に話し掛けた。
「天音、大丈夫? トイレ長すぎない?」
「ごめんごめん。 ちょっとお腹痛くて……。でももう治ったから大丈夫だよ」
「なら良いんだけど……。大会まであと二週間だね。優勝候補、頑張れ」
「ありがとう! 咲も団体戦頑張ってね!」
「うん!」
ミーティングが終わり、天音は制服に着替えて学校を出た。
校門を出ようとすると、茜が声を掛けてきた。
「天音ちゃん、お疲れー!」
「おまたせ。あ、ちょっと待っててね。もう少しで、邪馬斗が来ると思うから」
「なに、男? 彼氏?」
茜は、ニヤニヤしながら天音に言った。
「違うよ! 一緒に魂送りしている相方のことだよ!」
「ふ~ん」
茜はさらにニヤニヤしながら、天音を見た。
「あ! 邪馬斗!」
天音は手を振りながら、校舎の玄関から歩いてきた邪馬斗を見て言った。
「お疲れー。誰、その子? てか、霊だな」
邪馬斗は、茜を見るなり言った。
「そう。茜ちゃんっていうの」
「茜です! よろしくね、邪馬斗君!」
茜は元気に邪馬斗に挨拶をする。
「こんにちは。ところで、この子の未練って聞いたの?」
邪馬斗は早々、天音に聞いた。
「うん。この子もダンスを高校でやっていたらしいけど、ダンスの大会の当日に事故で亡くなっちゃったんだってさ。んで、今度私が出る大会で一緒に踊りたいんだってさ」
「なるほど。確か、天音のダンスの大会って二週間後だったな。ということは魂送りするのは二週間後の大会の後ってわけだな」
「そういうこと。邪馬斗、大会に来れる?」
「うん。何も予定ないから行けるよ」
「ありがとう! 茜ちゃん、大会頑張ろうね!」
「うん! もう一度大きいステージで踊れるって思うと、ものすごくテンション上がる! 頑張るぞぉー!!!」
「おー!!!」
天音と茜は、そろって拳を掲げて気合いを入れた。
「お前ら、本当に今日知り合ったばっかりなのか? 知り合ったばかりとは思えないくらい意気投合してんな」
邪馬斗は二人のことをポカーンと口を開く。
「だって私達、コンビで踊るんだもん!」
「イエス! 天音ちゃん!」
天音と茜は、まるで昔からの親友のように笑い合った。
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