第2話 巫神社の例祭

 例祭当日。

 神社の鳥居から本堂までの長い参道には町内会の屋台がずらりと並び、たくさんの人で賑わっていた。

 神楽を踊る前だというのに、天音は咲と一緒に屋台で焼きそばを食べて楽しんでいた。


「やっぱ、屋台の焼きそばは美味しいねー」

「うん! でも、天音。そろそろ神楽踊る準備しなくても良いの?」

「え? もうそんな時間?」


 そこへ天音達のもとに、邪馬斗が息を切らしながら走ってくる。


「天音、こんな所に居たのか。じいちゃん達が呼んでたぞ。そろそろ準備始めるってよ」

「はーい。じゃー、咲。またねー。終わったら、今度は焼きとうもろこし食べよー!」

「はいよー! 頑張ってねー」

「ありがとー!」


 急いで神楽殿に向かう邪馬斗の後ろを、天音は焼きそばをかきこみながらついていく。


「てか、お前まだ食べる気かよ……」

「当たり前よ! 悔いなく食べ尽くさないと! 年に一度の例祭だからね!」

「太るよ」

「乙女に向かって失礼な!」


 いつもの痴話喧嘩をしていると、神楽殿に着いた。


「さぁ、お二人さん。衣装に着替えなさい」


 待ちくたびれた様子の鈴子が、神楽の衣装を準備して待っていた。


「はーい」


 二人は控えの間で神楽の衣装に着替える。

 天音は白の着物に赤の袴姿。邪馬斗は白い着物に水色の袴姿に着替えた。

 神楽殿で踊る時間まで待つ間、天音は邪馬斗に尋ねた。


「今年で何回かなー? 例祭で神楽踊ったの」

「3歳の時からだろ? 十五回目?」

「そっかー。そんなに踊ったのかー。あたし達、ベテランになったんじゃない?」

「なに呑気なこと言ってんだよ。いつまでこの例祭に出て笛を吹き続けなきゃいけねーんだろーなー」

「えー? あたし達の時みたいに後継者が現れる時までじゃない?」

「そーかー。トキ子おばあちゃんが見に来ていた時は、褒められるのが嬉しくて楽しかったのに、おばあちゃんが亡くなってからは、どうも乗り気じゃないんだよなー」

「あたしもー! わかるぅー! おばあちゃん亡くなってから二年経つもんねー」

「そうだな。俺ら中三の時だったなー」


 二人の神楽を誰よりも楽しみにしていた、近所のトキ子お婆ちゃん。

 二年前に、病気で亡くなってしまった。

 天音と邪馬斗は懐かしそうに昔の頃を回想しながら、時間が来るのを待っていた。


「お前達、時間じゃよ」

「はーい」


 義興が時間を知らせに来た。

 天音と邪馬斗は神楽殿に上がり、神楽を舞い始める。

 ゆっくりと落ち着いた笛の音が、静寂に満ちた神楽殿に響く。

 代々伝えられた、特別な木で作られた笛。

 邪馬斗の奏でる音に合わせ、天音が神楽を舞う。

 金色の神楽鈴を頭上で優雅に振り回し、クルクルと回りながら舞う。

 天音の舞と邪馬斗の笛に、人々は聞き入っていた。

 そして、舞の終わり間際には舞手が神歌を歌い、鈴を天に掲げて拝んで締める。


『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』


 演目が終わり、天音と邪馬斗は観客に向かって深く頭を下げる。

 観客の拍手が鳴り響く。

 そして、今年も無事に例祭は幕を閉じた。

 後片付けをするため、天音と邪馬斗は本堂に行った。


「さっさと、本堂の掃除して帰ろー!」

「そうだなー。宿題もやんなきゃいけないし」

「邪馬斗、後で宿題見せてー。もう疲れて、宿題する気全く無いし」

「だからお前、頭悪いんだろ? 少しは自分で問題解けよ」

「えぇー、良いじゃーん。邪馬斗、成績優秀だし。少しくらい見せてよー」


 そう言いながら、天音が本堂の戸に手をかけた瞬間。


「きゃ! なに!?」


 突然、不気味な黒い霧が本堂を包み込んだ。


「天音!」


 邪馬斗は、咄嗟に天音を抱いて守る。

 その瞬間、パリッと何かが割れる音がした。


「何抱きついてんのよ! 離れなさいよ!」

「はぁ? どう考えてもやべー状況だろ? そこはお礼を言うべきだろ!? それより何か音しなかったか?」

「した! 何か割れた音した! ……邪馬斗! あれ!!!」


 天音は本堂の中を指差し、驚きながら邪馬斗に言った。

 天音が指で示した先には、巫神社の御神体とされている神鏡がある。

 それが、粉々に砕け散っていた。そして、飛び散った神鏡の破片が、光を放ちながら消えてしまう。

 天音と邪馬斗は目を丸くして驚き、言葉を失った。


「御神体が……。どうしよう……」


 天音がやっと言葉を発すると、物音を聞きつけた鈴子と義興が駆けつけた。


「どうした!? 本堂の方で強い光が……音が聞こえてきたのじゃが……」

「なんと!? 義興じいさん!」

「……なんということじゃ……」


 神鏡が失くなっているのを鈴子と義興は、呆然として見つめた。


「おばあちゃん……」

「天音! 怪我はないかい!?」

「うん……」


 突然の出来事に、天音は気が動転し涙目になっていた。


「邪馬斗、大丈夫か?」

「あぁ……まぁ。じいちゃん……」


「邪馬斗、今は何も言わんでええ。まだ町内会の人達がいるからな。とりあえず、本堂の戸を閉めなさい。ワシの家で話を聞こう」


 義興はそう言って、本堂を後にした。


「天音、私も義興じいさんの家へ先に行っているから、落ち着いたら邪馬斗君と一緒に来なさいな」

「分かった……」


 鈴子はそう言って、義興を追うように行ってしまった。


「邪馬斗……。これからどうなっちゃうんだろ? なんか大変なことになっちゃった感じがする」

「分からない。とりあえず、じいちゃん達にさっきのことを伝えて、これからのことについて話し合おう」


 邪馬斗は本堂の戸を静かに締めながら言った。

 天音と邪馬斗は残りの片付けをして巫川家に向かう。

 居間では鈴子と義興が並んで座布団に座り、深刻な顔で天音と邪馬斗を待っていた。

 天音と邪馬斗は、怯えた様子で二人の前に座った。


「例祭でお疲れのところ申し訳ないが、二人で本堂の掃除に行った時のことを話しておくれ」

「あ、うん……。あの、突然、すごい音が……光が……」

「落ち着け、天音」


 まだ動転している天音を察し、邪馬斗が代わりに話し始めた。


「俺の口から言うよ。天音と一緒に本堂の掃除をしようとして本堂の戸を開けようとしたら、急に黒い霧が本堂を包んだんだ。そしたら、神鏡が割れて飛び散った破片が光を放って消えた。そこに、じいちゃん達が来てくれた」


 天音も頷きながら、邪馬斗が話を聞いていた。


「そうか。実は、二人と別れた後、代々伝わる巫神社の書物を蔵から持ってきたんじゃ」


 義興はそう言って、天音と邪馬斗の目の前に一冊の古い本を差し出して見せた。その本はかなりの年季が入っていて黄ばみ、ボロボロになっている。


「この本に、今回の原因ではないかということが載っていたのよ」


 鈴子がそう言うと、義興が頷きながら話を続けた。


「お前たちにもいずれかは巫神社と巫神楽のことをきちんと話さなければならないと思っていた。今回がその良い機会だと鈴子ばあさんもワシも思っている」


 義興は巫神社の書物を開いて見せながら、巫神社と巫神楽について話し始めた。

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