殺したい標的を守らなければ自分が死ぬ呪いにかかりました3

八島えく

3-1 研究者の営業

 プロキオンという小さな国の、辺境にある”山猫町”。

 ネイビー・ピーコック博士は、この町に設置された駐屯地を訪ねていた。

 駐屯地の作戦会議室にお邪魔した彼は、粗末な椅子に腰を掛ける。


 長テーブルを挟んで向かい合うのは、この駐屯地で最も強い権限を持ったカペル中尉だ。

 苦い顔をしてこめかみを抑えている。

 中尉の目の下には、うっすらとクマが浮かんでいるし、今朝はどうやら髭剃りを忘れたようだ。

 その服の曲がった襟や伸ばし切れていない皺など、最大限整えたはずの身だしなみはやや崩れていた。


(よほど疲労しているな)

 

 テーブルの上に置かれた紅茶から漂う湯気が、カペルの額をわずかに温めた。

 カペルの後ろには第十五小隊隊長が、ネイビーの後ろにはバーミリオンが立っていた。

 主君の後ろに控える彼らは、静かな眼差しでお互いをにらんでいた。


「ドクター・ピーコック……。恐縮ですが、あらためて、詳細をお聞かせ願えないでしょうか」

「承知しましたカペル中尉。本日より開始される作戦に、我々も協力させて頂きたい」


 ネイビーは一言一句たがわず答え、続ける。

 

「軍や警察とは異なる情報網を使い、あなた方のこれから行おうとされている情報を入手しました。本日、山猫町と隣町の境界線で防衛作戦が実行されるそうですね」

「……どこからお聞きになったのですか」

「ご安心を。敵国側の人間からかすめ取りました。あなた方は情報厳守が行き届いているようですね」

「恐れ入ります。しかし、どうして協力を願い出たのですか」


 ため息をついたカペルは、問いを重ねる。

 ネイビーはぼんやりした目でカペルを見据え、すらすらと提案を投げてゆく。


「本作戦の概要は、本日に到着すると思われる敵国小隊の侵攻防衛に踏み切られるとか。把握している限りでも、敵兵の数は多くて五十程度ですが、一体の”怪物”を投入していることも掴んでおられる」


 そうでしょう?

 と、ネイビーは確信めいて聞く。

 カペルは微かに唸りながら、ほんの少し首肯した。


「”怪物”は、並みの人間が束になってかかっても敵う存在ではありません。中尉に改めて申し上げることでもありませんが」

「ええ、仰る通りです。ですが、”怪物”が出たからといって、尻尾を巻いて逃げることができるわけでもない。それこそ、あなたもご存じと思います」

「ご認識の通りですよ。あなた方、軍は、この町の安全を守る義務がある。小さな町とはいえ、住人もそこそこいるでしょう。彼らの平和を守るためには、この防衛作戦は完遂しなければならない。たとえ、逃げ出したくなるほど”怪物”が恐ろしくても」


 ネイビーは座り直す。


「”怪物”は、たとえ軍隊でもってしても、無力化するのは困難です。そこで、”怪物”の駆除に長けた我々が、本作戦に協力したい、と。そうご説明させて頂きました」

「それは……戦力が増えることは、願ってもないことですが……」


 カペルの言葉は、はっきりとした答えを出していない。

 まだ、ネイビーの提案を受け入れるかどうか、ずっと迷っている。


「戦力でしたらご安心を。ここにおりますバーミリオンは、”怪物”を斃す専門家です」


 ね?

 と、ネイビーはバーミリオンの方を向き見上げる。

 名前を出された当人は、興味なさげに目をそらした。


「もともとは名うての傭兵です。戦闘経験は申し分ありませんし、”怪物”と刃を交えた経験もあります」


 カペルと、後ろの小隊長が、一瞬だけ、息を呑んだ。


「それに、私は”怪物”研究を人より少し長く行ってきました。現存する”怪物”のことはよく知っております。”怪物”から町を守るための知恵と知識は惜しみません。この、静かで穏やかな町を守るお手伝いをさせてください」


 にこりと、ネイビーは笑って見せた。

 

「しかしですね……」


 カペルはそれでも了承をしない。

 軍としての矜持もあるだろうし、自分たちのことをどこまで信用していいのかわからないのだろう、と。

 ネイビーは彼らの心情を読んだ。


 彼らとしては、山猫町を守りたい意志に、偽りや揺らぎはないだろう。

 迫りくる”怪物”や敵軍に勝つことを望んでいる。

 自分たちの戦力や状況を鑑みれば、ネイビーの知識とバーミリオンの腕は喉から手が出るほど欲しいに違いない。


 それでも共闘の提案を持ってきたネイビーの手を握り返さないのは、ひとえに自分の信用がないからだ。


(難儀なものだ)


 ネイビーは苦笑を隠しながら、紅茶を飲んだ。


「……ご好意は感謝しますが」

「報酬は頂きません。強いて申し上げれば、始末した”怪物”の首級を私にお譲りいただければ、あとは何も望みません。協力の事実をタネに強請ることも、あなた方の戦いぶりについて事実無根のことを吹聴することもない」

「何を……!」


 今まで黙っていた小隊長が、小さく声を上げた。

 ネイビーにつかみかかる勢いだったが、カペルが片手で制した。


「それに」


 と、ネイビーはたたみかける。


「ここ山猫町に存在する軍部組織は、あなた方第十五小隊駐屯地だけです。ここは辺境の町でこれといった名物もなく、かといって国境付近というわけでもない、牧歌的で平和な町だ。あるとすれば、広大な土地くらいでしょうか。敵国はここを足がかりに拠点を構え、我が国への侵攻を確実なものにしていくでしょう」

「ええ……それは私も認識しております」

「ご慧眼に感服します。……そして、我が国の軍の考えも、おそらく予想はされているかと思われます。占領されれば痛手を負うが、かといって死力を尽くして守るほどのものでもない」


 ”怪物”という兵器を手にしたプロキオンは、首都や防衛上守らなければならない地にそれらを集中させた。

 ”怪物”は、一体そこにあるだけで、戦況を大きく好転させるほどの力を持っている。

 しかし、その”怪物”を複数手にしたことで予算は圧迫、結果多くの兵士は暇を出された。

 兵力が削がれ、人手不足となった現在、貴重な戦力を山猫町のようなさほど重要ではない場所にまで投入することはできない。


「つまり、この町は」


 淡々と続く。


「軍からは見捨てられたようなものだ」

「貴様!!」


 小隊長が激昂した。

 カペルのいさめる声も聞こえていないだろう。

 ぎりぎりと奥歯を食い締め、今にもとびかかってきそうだ。

 カチリと、剣の押し上げられる音が、ネイビーの背後で聞こえた。


(うわ、やべ)


 ネイビーは後ろを振り向くのをこらえ、片手でバーミリオンを制した。

 この男はネイビーに生命を脅かされる危険を察知されると、半ば強制的に動いてしまう。

 自分でそういうふうに調教したとはいえ、これはこれで考えものだと肝を冷やした。


「ラカイユ小隊長! 抑えろ」

「しかし! この男は我々の町を侮辱しました!」

「抑えろ。命令だ」


 カペルは低く、ラカイユに命じる。

 カペル中尉の、シンプルな命令は、ラカイユをしっかりと押さえつけるに足りた。


「申し訳ありません。言って聞かせます」

「お気になさらず。慣れております」

「……無礼を働いた上で、申し上げるのは非常に気が引けますが……我々にお知恵とお力を改めてお貸しいただけますでしょうか」


 ラカイユが再び食ってかかりそうだったが、こらえていた。

 カペルの言葉を、ネイビーは待っていた。

 にんまりと口端が吊り上がるのを、紅茶を口にすることでごまかした。


「もちろん。ぜひとも。私の知恵と彼の力を、存分に使ってください」


 紅茶は、すでに冷めていた。


   *


 ネイビーとバーミリオンは、ラカイユに待合室まで案内してもらった。

 作戦開始時刻まで、あと三時間だけ残っている。

 情報を頭に叩き込むと同時に、ネイビーはもう一つやることがあった。


 懐から折りたたまれた紙を取り出し、バーミリオンに放り投げる。


「何だ」

「今回出現すると思われる”怪物”の情報だ。二時間ですべてを記憶しろ」


 第十五小隊は、敵国が”怪物”を投入することまでは掴んでいたようだが、どんな”怪物”がやってくるかまでは入手できなかったらしい。

 ネイビーのちょっとした伝手によれば、”怪物”の情報はバーミリオンに投げた紙の中に記されている。


「……甲殻を持った大型種か」

「そうだ。並大抵の攻撃では痛手を負わせることはできない。きみの実力は信頼しているが、情報というのはあって困るものでもないからね」


 四角い椅子に腰をかけているバーミリオンは、据わった目で資料を確認した。

 数度巡回し、紙をネイビーに戻す。


「バーミリオン」

「今度は何だ」


 ネイビーは、バーミリオンの左手首に触れた。

 そこには空色のおかしな紋様が刻まれている。

 ネイビーを守らなければ、自分が死ぬ呪いだ。

 呪いが一瞬発光し、バーミリオンが痛みに少し震えた。


「きみには期待しているよ」

「言われなくても。おまえの望みに、忠実に尽くしてやる、”ご主人様”」


 まるで悪魔のような笑みで、バーミリオンは答えた。


「良い子だ」


 二人はお互いに、嗤う。

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