第5話 数式
「国家試験に合格したら一緒になろう。」
不器用で金も無い俺なのに、結婚と同時に開業をするという無茶をやってのけた。
結婚式も披露宴も新婚旅行すら親の金でやり、親の用意した住居兼診療所で新たなスタートを切った。
子供が出来たら入籍させてやるというお袋が出した無茶苦茶な要求を聞き入れてくれた彼女には頭が下がる。
当時は、子供が産めない女は嫁として認めないという、人権侵害とも言える理不尽な事があった。
結婚から数ヶ月経った頃、妊娠がわかり、俺達は晴れて夫婦となった。
長男と長女に恵まれ、診療所も軌道に乗って来た。
前借りしていた親からの借金を返済し続けていたので、慎ましやかな生活だった。
それから10年が経ち、親父が旅立った。
棺には親父がボロボロになるまで解いた数学の教科書を入れてやった。
後を追う様にお袋も旅立った。
棺にはお袋が大好きだった花で埋め尽くしてやった。
長男は俺に似たのか、妻に似たのか、すんなりと医学部に入学した。
俺は衰えて来た頭の体操として、息子に数学を教えて貰う事にした。
俺は自分用のチャート式を買って来た。
懐かしい気持ちだ。
「親父、これは数式を知らないと出来ひんで。」
「あっそうやったな。たしか…」
「忘れてるんやろ。」
「そんな事ないで。父さんが学生の頃は…」
「はいはい、そうですか。」
話を遮る様に言う息子が頼もしく、また嬉しくもあった。
俺の棺にもチャート式が入るのだろうか。
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