学びの部屋 

mash

第1話 道標

中学の同級生である妻と結婚して、30年が過ぎた。

早いものだ。


思えば妻は、いつも俺の話を大笑いして聞いてくれた。

そんな彼女の笑顔を見ていると、調子に乗ってしまった。

何より嬉しい時間だった。


彼女と同じ高校へ行く為に、どうすれば良いか考えた。

元々勉強が好きで得意だった俺は、勉強嫌いな彼女に毎日勉強を教えた。

素直な彼女は、定期考査の点数をメキメキ伸ばし、気づけば俺と肩を並べる成績となっていた。

晴れて2人揃って公立トップ高校へ合格した時は、心の底から嬉しかった。


高校入学から3ヶ月が過ぎた頃、彼女の親父さんの会社が倒産したと聞いた。

経済的に苦しくなった彼女は、

「テルちゃん、私高校辞めんとアカンねんて。お父ちゃんの仕事がうまくいかん様になってな。」

眉間に皺を寄せて、すまなそうに呟いた。

「そうか…。いつなん?」

「もうな、来週の31日で辞めなアカンねんて。兄ちゃんの大学の費用に充てるとかで、お母ちゃんが何回も謝って来たんよ。」

「なんで辞めなアカンのや。なんでや。」

「さっきもうたやろ。せやからー。」

彼女はいつもの笑顔だが、目の奥に寂しさが溢れていた。


昔はよくある話だった。

女は家庭に入るのだから、教育はつけなくて良いという考え方が残念ながらあったのだ。

当時の俺は、彼女と離れたくないと思っていながらも、上手く言葉に出来なかった。

そして俺の無力さに、絶望した。


彼女の登校が最後になった日、俺は彼女に誓った。

俺が必ず迎えに行くと。


その日から、彼女とは別々の道を歩き出した。


俺の家は、地元で評判の食堂だった。

いつも店は繁盛していた。

親父は無口だが、料理の腕は一流だった。

決して高級な料理を出す様な店では無いが、当時は好きな小鉢を選んでいくスタイルが新鮮だった。

金に困る様な事は無かったし、学校で使う教科書は、お袋が別で購入して2冊ずつ用意してくれた。

両親共に学歴は無かったが、子供が不自由なく勉強出来る様に全て与えてくれた。


「テルちゃん、勉強に使うもんは何でもうたるからな。」

お袋が繰り返し言ってたし、これが当たり前だと思っていた。

当時はコピー機なんて無いから、教科書を全教科2冊ずつ買うというのは、合理的なのかも知れない。

そこまでやるかと、我が母ながら感心してしまう。


そんな家庭で育ったから、彼女が高校を辞めた事は俺にとって衝撃的だった。

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