海からの来訪者

河依龍摩

一 新たなる時代

 夏の暑い日差しが差し込む中、若い男女数人が小舟を岩壁へと接岸せつがんし、漁を行っている。海へと飛び込み貝類を取る者、魚をもりで捕獲する者と、思い思いに魚介類を採取していく。

「今日も大漁だな、ここはいい穴場だぜ」

「そうね、でも取り過ぎは駄目よ」

 意気揚々と魚を掴み上げた少年をさとすように、気の強そうな少女が船の上で座り込み、海産物をより分けながらため息を付いた。

「何でだよ、取らなきゃ誰かに取られちまうじゃねぇか」

 不満げにそう言いながら船へと上がり、ふんと鼻を鳴らす。

「馬鹿ね、沢山取ったら全部なくなっちゃうでしょ。生き物ってあたし達と同じで親が居て、子供が生まれる。そういうのを知らないといつか取る物がなくなっちゃうわよ」

「でもさ、俺達がとらなくても、誰かが根こそぎとっていったら同じじゃね」

 少女は手を止めると難しい顔をしながら少年へと流し目を送り、不満げな表情を一瞬見せため息をつくと、一呼吸して口を開く。

「まぁ、そうだけどね。でも一人でもそういうことを考えないと、皆が同じ事をしたらどんどんなくなっちゃうでしょ」

 再び潜る準備に勤しむ少年は淡々と答える少女の表情を見つめ、少し考えるようにしながら一度難しい顔をするも、頭をくしゃくしゃとかきむしり、船のへりに足を掛け海原をのぞむ。

「なんつか難しい話しだな。ようは取り過ぎなきゃ良いわけだよな」

「そっ、だからそうならないように私達も同じ場所ばかりじゃ無く、違う場所でも取るようにした方がいいのよ。時々ここでも取り、気づかれないようにするしかないわけ」

 少女は少年の言葉に満足した様子で顔を上げ、皆に微笑み返しそう告げると、互いに顔を見合わせ頷き合った。その時、少年の一人が何かに気づいたようで、同時に怪訝な声を漏らす。

「あれなんだ、見たことの無い船があるぞ」

 皆が少年の指さす方に視線を向けると、そこには少年達が使う小舟の何倍もの大きさで、見たことの無い装飾が施された三艘さんそうの船が浜辺に乗り付けられているところであり、互いに顔を見合わせる。

「何者なんだ、あの者達は」

 はるか彼方まで続く青い海の中で、自分達と視線の先にいる者達との間にある隔たりに、皆各々に不安を感じ怪訝な表情を見せていた。

「見たことの無い服装だな、この辺りの者じゃ無いぞ。何よりあんな大きな船を見たことが無い」

 男女の若者達は顔に墨を入れ、麻で出来た簡素な服を着ているのに対し、岸に着いた者達は襟のついた衣服に腰帯を着け、いわゆる大陸風の服装である。だが島国で生活する若者達にとっては初めて見るころもであり、それを知るよしもない。

「とにかく、一度もどって村長に話しましょう。私たちで判断するのは危険すぎるわ」

 少女が皆をいさめ、まとめるようにそう言うと、少々不満そうにしながらも少年達は納得したようで頷きあい、村へと戻る事になった。


「ふむ、それは渡来人じゃな。他の村で、そう言った話を聞いたことがある」

 村長をはじめとした年長者達数人は若者達の話しを耳にし、かつて見聞きしたことを思い返しながらそう結論づけると共に、怪訝な表情を見せる。

「渡来人?」

 聞き慣れぬ言葉に若者達は眉根を寄せ互いに顔を見合わせるも、誰一人としてそれが理解出来なかったようで、首を傾げていた。

「海の向こうに住む者のことじゃ。儂もまだ見たことがない、じゃが儂らと話す言葉が違えば、文化も違う、無用な接触はせぬことじゃな」

 若者達を射貫いぬくような視線で見つめると、余計な事をしないようにと全員を見やりさとすような視線を送ると、奥へと潜むように離れていき、若者達もそれに呼応するように少女を中心に建物の外へと歩みでていった。


 年長者達から話しを聞くと共に諭された若者達は、みな動揺を隠せぬようでありながらも興味はあるようで、建物を後にして歩きながら互いに口を開く。

「なぁ、渡来人ってどんな奴らだと思う?」

「わっかんねぇなぁ、近づくなって言ってたし、いきなり襲ってくるようなやべえやつらなんじゃないのか」

 少年達は興味津々で楽しげに口々にそう言い合う中、一人のおちゃらけた少年が進言する。

「見に行ってみないか、どんな奴らか気になるだろ」

「そうだなぁ、気になるけど危なく無いか」

「こっそり見るだけなら大丈夫だろ」

 少年達がそんな話をしている様子を見ていた少女が大きなため息をつくと、その間に割って入り声を荒げ睨み付ける。

「あんたらねぇ、近づくなって言われたばっかでしょ、大人しくしてなさい」

「わ、解ってるよ。ちょ、ちょっと好奇心で言ってみただけさ、な、なぁ」

「お、おう、そ、そうだよ」

「本当でしょうね、たくっ」

 そう言われた少年達はその覇気はきに押されることになり、一瞬にして好奇心を削がれてしまい肩をすくめながらも、しぶしぶ承諾することになっていた。


 海を越えてやって来た渡来人達は、先住民であり後世で縄文人と呼ばれる少女達から離れた平地の広がる大地で居を構え、新たな村と呼べるものを形成し生活基盤を作り上げていた。

 その村全体を束ねる立場にある一人の若い男は、海のある方向を見渡しながら呟くように声をらす。

「もう国に戻ることは出来ない。だがこの地にも住まう人々もいる、いかにすれば私達を受け入れてもらい、共に生きることが出来るのだろうか」

 故郷である大陸より持ち込んだ技術により、数年の時をかけて土地の開拓を行うことで水田を作り、稲作文化を広げることで生活の基盤をつくり、狩猟採集しゅりょうさいしゅうではない安定した生活を広げていた。

「急ぐことはないさ、すこしづつ根気よくやっていこう。それに俺達の技術で安定した食料が手に入ることが解ればきっと受け入れてくれると思うぜ」

 縄文人達もかつての渡来人が持ち込んだ文化で稲作自体は行っていたが、水田ではあらず手入れをすることもほぼ無く、一人生えに近い状態の物を刈り取る程度のものである。それとくらべると渡来人の水田ははるかに発育がよく、効率の良さが段違いであった。

「狩猟採集が主体の人々にとって、水田を作るということを受け入れてもらえるのか、はたまた言葉や文化の違いでどこまで歩み寄れるのか、難しい所ですがね」

 縄文人達は狩猟採集を基本としていながら一部栽培などもおこなっているものの、安定した食料調達は出来ず、年によっては食糧難になることも少なくない。保存食の作成もおこなってはいたが、それだけですべてをまかなうのは難しい状況である。

 しかしそんな状況であっても、新しい技術や人を受け入れてもらうのは簡単な事ではなく、一筋縄でいかないことは明確であった。

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