Song.28 Start Live
夕方四時五十分。
体育館では、バスケ部とバレー部がボールをつく音が響く。さらに、体育館二階で、卓球部が精を出している。
放課後によくみる光景だ。
走り回り、汗をかく生徒が多数いる中で、幕を下ろしたままセッティングされたステージに立つのは後輩バンドの√2。
俺らとどっちが先に演奏するか、と話し合った際、あいつらに頭を下げて懇願された。
――自分たちを先にしてください。
その意図はわからない。
でも、俺らはどっちでもいいし、拒否する理由はない。
二つ返事で返せば、√2として全力を出しますから、と意気込みを聞かされた。
「よう、バンドマンの卵たち」
「神谷さんっ」
√2が楽器を持って段取りを確認している最中、舞台袖でその様子を見ていた俺らのところへ神谷がやってきた。
本当にきたのかよ、っていう俺とは反対に、神谷を師として慕う瑞樹は明るい声で反応する。
それで√2のやつらも全員、神谷の存在に気が付いてこちらを見ると会釈した。
「ゲリラライブとか、めちゃくちゃ面白そうじゃん。誰、発案者」
「せんせーでーす」
「やべえ先生じゃん」
笑いだす神谷。きっとコソコソ体育館を走って準備している立花先生は、今頃くしゃみでもしているだろう。
「ジュニアコン準優勝がどのくらいか、実践形式で見させてもらうわ。バンフェス優勝者の腕もな」
ニヤリと笑った神谷は、俺たちの肩を叩きながら去っていく。
あの人らしい言い方だ。
「ほら。時間。ぴったりに始めるから、僕らは袖で待機。一年生たちは、幕が上がっり始めたら演奏開始。いいね?」
神谷に気を取られていた俺たちを戻すような悠真の言葉。冷静でいてくれて助かる。
それに従い、俺たちは舞台袖で。√2はステージで。
開幕の時を待った。
☆
夕方五時ジャスト。
事前のアナウンスなんてない。これから始めるという説明も前触れも一切なく、舞台の幕がゆっくりと上がり始める。
同時に√2の演奏が始まった。
事前に曲の順番は聞いている。
課題曲、テーマに沿った曲、フリーテーマ曲。俺らもこの流れでいく予定だ。
最初は課題曲。
俺がNoKの名義で作った機械音声ソフトであるAiSが唄う曲。
息つく暇もないほどのハイテンポで、俺らも完成させるのに手間取った。
それをあいつらが弾きはじめる。
原曲はピアノの音から始まるが、√2にキーボードはない。だから、代わりにその穴を埋めるのは久瀬姉のギター。
控えめでゆっくりとしたギター音で始まった後、一斉に他の楽器が加わる。
低音のリズムを刻みつつ、藤堂が唄い始めた。
その声が、音が体育館に広がり、運動部たちの足が止まる。
舞台袖の隙間から、ステージを見つめる生徒が見えた。その顔には「?」が浮かんでいる。
そりゃそうだ。
俺らならまだ、去年の文化祭から校内でもライブをしている。だけど、新入生であるあいつらの顔を知っている人は同学年ぐらいだろう。
誰だ。何事か。うるさいな。
そんな視線を浴びながら唄うのは度胸がいる。
弱腰になってる藤堂をよく見たから、どうなるかと思ったけど、過小評価していたようだ。
強く、力強い声で藤堂は唄い終えた。
するとパチパチと拍手が鳴る。
体育館にいた人が唖然としたまま手を叩いているようで、お世辞にも大歓声とはいかなかった。
音の響きが消えたところで、次の曲へと進む。
藤堂の言う「みんなが求めている曲」である。
そのテーマは夢。
藤堂の変わった作曲法で作られる予想できない展開を維持した明るい曲だった。
「見て見て、体育館の二階。いっぱいこっち見てるよ」
大輝がコソコソ言うので、二階に目をやれば、卓球部らしき人達の顔がいくつも見える。
「あ。せんせーみっけ。真ん中で撮ってるみたい」
「……あいかわらずめちゃくちゃ目がいいんだな」
「へへへ」
大輝のいうせんせーとは、顧問の立花先生である。
卓球部のメンバーの中心で、カメラ片手にステージを見つめている人がいる。目を凝らしてやっと先生だとわかったぐらいなのに、大輝はいかにも当たり前のように見えているらしいから視力が馬鹿なのだと思う。
先生からステージへ目を戻せば、まだまだ必死で演奏し続けている。真剣に力強く唄っている歌詞は、夢を追いかける様子を示している。曲の展開は一般的なもので、大衆受けするもの。それだからか、館内の盛り上がりはさっきよりも大きい。数人だけど、手を叩いてリズムをとる人も出てきたぐらいだ。
その調子で最後の曲へと進める。
フリーテーマで、藤堂が好きなように作った曲だ。
藤堂からは、この曲をやることに決まったという連絡が来た。事前に俺はサンプルを聞かせてもらっているから、曲の全体像を知っている。
「っし。瑞樹、ギターを貸してくれ」
√2の演奏を心配そうに見ていた瑞樹に言ったら、驚いた顔をしていた。
それもそうだろう。このタイミングで、自分の担当する楽器ではないものをどうして使うのかわからない。だから、目を丸くして首をかしげている。
「野崎、何すんだよ」
「何って……あそこに参加してギター弾く」
「は?」
鋼太郎も意味がわからない、そう言いながら呆れた顔を向けてくる。その傍で悠真も眉間に皺をよせていた。
「キョウちゃん、ギター弾くの?」
「そ。そのために、もう一個アンプを準備しといた」
久瀬姉の隣。ステージの一番端。そこにこっそり俺は小さいギターのアンプをあらかじめセットしておいた。
それを気にするメンバーもいたけれど、特に何も言われなかったのは俺が何かするだろうと思っていたからだろう。
「……馬鹿なの?」
「馬鹿上等。ギターが三本あれば、藤堂の曲が完成すんだよ。瑞樹、ギター借りてくからな」
「え、ちょっと……」
有無を言わさず、瑞樹のギターを強奪。もちろん返すって。
二曲目が終わり、先ほどよりも大きくなった拍手の中へ俺は向かう。
「あ、これ。藤堂以外の誰も知らねえんだわ。そういうの、楽しくね? じゃ、いってきまー」
舞台袖から出る前に、俺は振り返りながら言う。
俺の言葉に、みんなは呆れていたようだけど、俺なりに考えて行動しただけだ。
最高の音楽を作るために。
√2のフリーテーマで作った曲は、藤堂のベースから始まる。
俺が加わることを知っている藤堂は、俺が準備できるまでは曲を始めさせない。いつになっても始まらないことに疑問を抱いた藤堂以外のメンバーが、不安になってきょろきょろし始めたときに、俺がのこのこと久瀬姉の隣にスタンバイする。
「先輩……?」
「隣、お邪魔ー」
「え? え? 祥吾」
久瀬姉は俺を見るなり、訳が分からなくてドラムを前に座っている弟の方を見た。もちろんそっちも俺のことを知らないわけで、もげるんじゃないかってぐらいに首をブンブン横に振った。
「まあまあ。そういうことでして」
「いやいや、どういうことです? あたしたちは何も聞いてない……!」
「言ってないし。ああ、藤堂は知ってる」
「なんで!?」
動揺が久瀬姉弟から上手にいる小早川へ伝わった。
挨拶代わりに手を振ったら、ぽかんと口を開ける間抜け顔になっている。
「……先輩、よろしくお願いします」
ステージのセンターでマイクを前にベースをかまえる藤堂が振り返って言う。
「おうよ」
そう返したら、ニコッと笑い、ベースの低い音が始まった。
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