剃刀チート

ViVi

概念チートバトル

 暗い路地に、死が折り重なっていた。

 いくつもの死体に、共通点はふたつ。

 ひとつは、みな騎士団の者であったこと。

 もうひとつは、鋭利な刃物によって致命の傷を刻まれていること。

 大盾も甲冑も、そしてもちろん肉も骨も、すべてが例外なく断ち切られていた。


「王国最精鋭とやらも大したことねぇなァ」

 胸中でつぶやいたのは、死体を見下ろす少年。

 むろん、この惨殺の下手人である。無銭飲食くいにげを咎められ、衛兵を呼ばれ、それを斬り殺して、そこから同じようなことの繰り返して、気づいたら王国騎士団までが出動しての捕物とりものになっていた。そして、そのすべてを今しがた返り討ちにした。

 かれは手に剃刀を持っていた。市場マーケットを尋ねれば、同じようなものがすぐにいくらでも見つかるだろう、ありふれた剃刀だ。


 賢明なる、というか本作のキャッチコピーとかをご存知である読者諸君ならばお気づきのとおり、この剃刀はあくまで発動媒体にすぎない。

 斬殺のからくりは、少年本人のスキルにこそある。

 なお、スキルといっても、技術や武術のことではない。異能のことだ。ここはファンタジー異世界なので、そういう規格が存在するのだ。

 とはいえ、スキルとしてもこの切れ味は異常だ。物質脆化能力でも、斬撃強化能力でも、すこしばかり説明がつかない――



    🔪 🔪 🔪



「……なんとむごい」

 説明を打ち切ったのは、あらたに現れた青年だ。


「あァん?」

 少年は声の方を見る。闖入者は、手に、大きなをたずさえている。木工屋カーペンターだろうか? いや、そんなはずもない。

「なるほどなァ。つまり――」


 少年が剃刀を振るう。斬撃が伸びて数メートルの距離を超え、板に命中し、


 弾かれた。


「やっぱりな。“ご同類”か。そいつァ、“カルネアデスの板”っつうワケだ」


 少年が答案を述べる。それは正解でもある。


 異世界転生は、いうまでもなくメジャーで、そして息の長いジャンルだ。

 初期の転生者は、多くが無知だった。転生後のノウハウも確立されていなかった。

 しかし、いまは違う。

 少年も、青年も、第四世代の異世界転生者だ。アニメ化された大作から、閲覧数三桁の一発ネタまで、あらゆる異世界転生に通じ、その文法を頭のなかに叩き込んでから転生した。だから、スキルの獲得と運用に貪欲だった。


 少年の名はオッカム。

 ゆえにスキルは“オッカムの剃刀”。自身の名がオッカムと付けられたとき、このアイディアを思いついた――“少年が不要と判断したものならば、すべてを切断できる”異能である。それは距離すらも無視し、相手を斬殺する。概念の刃は、物理的障害を問題としない!

 奇しくもかれは生前からナイフを愛好していたチンピラであり、その気性にもよく合っていた。


 他方、必殺の斬撃を防いだ青年の名は、カルネアデス。オッカム少年の見立ては当たっている。

 “カルネアデスの板”スキルは、“二者のうち一者のみが生存できる”概念を実現する。

 一人で板を構えるかぎりにおいて、カルネアデス青年の安全は確保されるのだ!


「いわゆる“防御力チート”なァ。そんなん楽しいか? チートは敵をぶっころしてこそだろ? もしオレが“カルネアデス”って名前だったら、“ほかのやつらを溺死させる”能力にしたぜ!」

 オッカム少年が、“カルネアデスの板”の故事になぞらえて挑発すると、


「おまえも、一度死んでるならわかるだろう。また死ぬのがイヤだったから、防御系にしたんだよ」

 カルネアデス青年が答える。


 そして同時に、闘争が始まっていた。

 必殺チートの斬撃を、防御チートが防いでいく。

 両者の得物が、剃刀と板切れでさえなければ、もうちょっと見栄えのする殺陣シーンだったことだろう。


「つっても、オレの前に出てきたってことァ……けっきょくその防御力を買われて、用心棒かなんかをやらされてんだろ? あきらめろよ、ご同輩! チートは戦いの道具だって受け容れろ!」

 吼えるオッカム少年。


 たしかにカルネアデスの板チートは、オッカムの剃刀チートに対して有効だ。

 しかし、それだけだった。

 剣を防げる盾があったところで、盾を持つ側が勝つとはかぎらない。


 ついに鮮血が飛散した。

 出どころは二箇所。

 カルネアデス青年の両腕が切断されていた。


 板チートは、あくまで無敵の板を手に入れる能力だ。板を持つ側の人間は、けっして無敵ではない。

 加えて、好戦的アブノーマルなオッカム少年と安全志向ノーマルのカルネアデス青年では、暴力にかける熱量きあいがちがった。当然の結果として、オッカム少年が勝利する。


「――――ッ!」

 激痛に絶叫するカルネアデス青年の首を、剃刀が両断した。青年は二度目の死を迎えた。



    🔪 🔪 🔪



 異能者と異能者は引き合うものである。

 そうしないとバトルにならないからね。


 よって、次の人物の登場だ。


 あらわれたのは、猟銃を携えた神父。

 ファンタジー異世界なので、銃は説明の必要なく登場してよいことになっている。


「おいおい、そいつは……」

 目をみはるオッカム少年。その声は、わずかに緊迫を帯びていた。銃があることそれ自体ではなく、銃をもった異能者への警戒だ。


 先手必勝ッ! そう内心で判断して、剃刀の一閃が夜暗を裂く。


 さすがの剃刀チートも、銃相手では分が悪い。異能云々の前に。

 いや、たしかに、剃刀の射程は銃に劣るものではない。さりとて、銃弾に斬撃を当てるのはむずかしく、よって剃刀チートでは防御できない。必然、剃刀と猟銃の対決は、本質を早撃ち勝負として開幕した――


 ――そして、決着した。


 オッカム少年の右腕が撃ち抜かれて。


「くそッ……!」

 オッカム少年は、その負傷の痛み以上に、動かない右腕の不自由以上に、後れをとったことが納得できなかった。

 銃での攻撃は“点”であり、効果的に当てるのはむずかしい。“構えて狙って撃つ”手順プロセスが必要なはずだ。一方、剃刀での攻撃は“線”であり、射程の制限もないオッカムチートなら当てるのは容易。早撃ちというフィールドで、剃刀が猟銃に負けるなどありえない……!


「異能同士の戦いは先手必勝。ならば、そこを突き詰めるのが当然でしょう」

 神父がつぶやいた。さきほどオッカム少年が考えたことと、よく似ていた。


「さては、アンタ……“チェーホフ”か!」


 然り、“チェーホフの銃”能力。


「“登場した銃は発射されなければならない”――だから“必ず相手より先に発射こうげきできる”」

 神父が解答した。


 “発射されなければならない”哲学を根拠として、絶対先制ワンターンキルを実現する。因果逆転のチート。

 そも、剃刀や板切れとちがって、猟銃はただの猟銃でもおそるべき兇器たり得る。だからこそ、その性能の増幅ではなく、動作の速度のみを追及したスキル。それが、チェーホフ神父の異能だった。


 チェーホフ神父は、いわずもがな、信仰の徒である。その教義にのっとって、殺生は好まない。脳髄あたま心臓むねではなく、あくまで腕を射貫いたのも、そのためだ。しかしそれは、甘さを意味しない。

 銃弾は右腕の神経と腱を破壊して戦闘力を剥奪していたし、弾に仕込まれた毒は、いまやオッカム少年の全身の運動能力をも低下させつつあった。左腕で剃刀を振るうことは不可能ではあるまいが、しかし戦闘者としての出力は望むべくもない。


「上には上がいるし、能力には相性がある。その右腕は勉強の代金だと思いなさい」

 チェーホフは、神父らしく諭した。


「相性、相性か……」

 オッカム少年はつぶやく。

 もっともな話ではある。オッカムやカルネアデスやチェーホフが使うスキルは、特定の概念に依拠した異能だ。それゆえ、どうしても一点特化になりがちで、畢竟、対処できない隙を抱えやすい――カルネアデスが腕を狙われたように。オッカムが先制を失したように。

 けれど、オッカム少年には常識が欠けていた。もとより、気ままに食い逃げをはたらいて、そこからシームレスに殺戮を起こすような輩である。にうなずくだけの殊勝さが、かれには決定的に欠けていた。

 だから、左手で剃刀を握って、


「ばかな……! 右腕が……!?」

 左手で力なく剃刀を二、三度振ったかと思えば――剃刀それを右手で握り直していた。

 もはや表情にも動作にも、本来の精彩が回復している。


 理屈は単純だ。オッカム少年は、剃刀チートを使っただけ。かれには、それしかないのだ。ただし、対象は敵でなく、みずからが受けた負傷と毒に対して。

 すなわち。

 あらゆる不要を排除する超物理の刃は、まさしくを切り捨てたのだ!


「――ならば」

 チェーホフ神父も、歴戦の猛者だ。いっときこそ驚いたものの、すでには看破した。

 ――もはや、即死させるほかなし。

 負傷も弱体も、この殺戮者を止める枷にはならない。ならば殺める以外の手段はない。冷静にそれを導出して、殺害の判断をくだした。殺生はが、できないわけでもなく、しないわけでもないのだから。


「遅ェ!」

 しかし、先制したのはオッカム少年だ。

 銃弾よりも早く、二十重はたえの斬撃がチェーホフの全身を解体サイコロステーキにした。


 驚愕に目を見開きながら落ちていく神父の首に向かって、

「アンタの“絶対先制チェーホフ”がやべェのは、さっきのでわかったからなァ。させてもらった」

 オッカム少年が、端的に解説した。


 そう、少年が復活時に剃刀を振るったのは三度。

 一度目は右腕の損壊を。

 二度目は体内の毒素を。

 そして三度目は、、それぞれ排除していたのだ。



    🔪 🔪 🔪



 路地は静かになっていた。


「次は何だ? テセウスか? ヘンペルか? いやいや、ダモクレスってこともあり得る。いかにも奇襲向きの能力だろうし」

 オッカム少年は、新手の登場に備え、予想を巡らせていた。第四世代転生者に抜け目はない。


 しかしその期待に反して、しばらく待っても何も現れない。

「ま、連続で出てくるにも限度はあるか。今日は店仕舞いかねェ」


 誰にでもなくぼやきつつ、大通りに出ようとして、


「あん?」

 

 黒が前を横切ろうとした――猫?


「ッ!!」


 とっさに剃刀能力オッカムを発動。猫を完全に消し飛ばした。

 先の一戦で概念干渉のスキルは一層の飛躍を見せており、もはや存在まるごと生物を消去するなど容易である。否、それどころか、猫から辿って、それを使役する能力者に対してすら、攻撃を成立させた手応えがあった。勢い余って、大通りにいたすべての通行人を同時に消し飛ばしたほどだ。


……!」


 オッカム少年が危険視するのも無理はない。“シュレディンガーの猫”スキルともなれば、おそらく、因果操作においては最上級の概念だろう。なにせ、元になった故事からして、のエピソードだ。まともに対峙しては勝ち目がない。ゆえに即決即断の完全消去だ。


 猫とその能力者は、すでに排除された。しかし、もしもということもある。オッカム少年は油断せず周囲を警戒し――


「――ッ」

 喀血した。


 全身が、迅速に壊れていた。

 重い風邪のような気だるさを感じた直後には、すでに末期の死病がごとき段階ステージまで、症状が進行する。

 程度こそ違えど、つい先ほども似たような攻撃を受けた。これは毒だ。

 だから対処も同様に、剃刀チートで毒の影響を排除する。


 するとダメージは消えるが……次瞬には、また新たな毒が肉体を蝕む。

 シュレディンガー能力者はすでに排除されたはずだ。路地にも、大通りにも誰もいない。猫すらも。一体、何者から攻撃を受けている……!?


 疑問の答えは出ない。

 いや、もはや疑問を続けることすら難しい。発熱が思考を乱す。

 さらに、次から次へと発症する病毒への対応に追われ、剃刀チートを使いつづけなければならない。考える余裕がない。

 そうこうしていると、肺が壊れたか、呼吸が苦しくなる。

 ついには立っていられなくなり、転倒の衝撃で剃刀を落とした。視覚と聴覚すらうしなわれている今、剃刀の行方はわからない。そうして、抵抗の手段がなくなったオッカム少年は――


 そのまま、息絶えた。



    🔪 🔪 🔪



 読者諸君は明察のことだろう、“シュレディンガー”能力の鍵はふたつ。


 すなわち、“毒殺”と“観測”である。

 前者どくさつは単純に、効果を意味する。オッカム少年の死因がそれだ。

 後者かんそくは、能力の成立条件だ。観測する者がいないかぎり、シュレディンガー能力は意味をもたない。


 オッカム少年も、それは見破っていた。

 だから猫だけでなく能力者を叩いたし、偶然ながらに通行人も排除できていた。

 にもかかわらず“シュレディンガー”能力が解除されなかった理由は、単純。


 読者諸君かんそくしゃがのこっていたからだ。


 かくしてオッカムチートは討滅され、暴力の一夜は幕を閉じる。


 めでたし、めでたし。

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剃刀チート ViVi @vivi-shark

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