第29話 妹

「リサ……リサーーー!!!」


 レナは悲痛な声を上げた。そして膝から崩れ落ちた。


「ふふふ……あはははは! 思った通りだ、やってやったぞ!」


 アイリーンは歓喜の声を上げる。


「リサ……ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 レナは叫びながら右手に持っていた片手剣でアイリーンを切り付ける。


「おっと、どうした? 怒りで正気を無くしたか?」


 アイリーンはレナの一撃を難なくかわす。


「そんな怒りに任せた攻撃なんか当たらんぞ」






「…………」


 ティナはリサを見つめたまま無言だった。


 アズサはリサに近づいて行くと、音もなく崩れ落ちた。


 アイリは何が起こったことが信じられないような顔をしている。


「しん……じゃったの……」


 ティナは感情が読み取れない口調で言葉を発した。その言葉は誰に向かって発したものなのかさえ分からない、自分でも何のために出た言葉なのかさえ分からない。


「生きてる……まだ……だけど、この傷じゃ……」


 アズサは答えた。アズサの声は震えていた。アズサの左目は紫色に変化していた。


 ティナはアズサのスキルのことを知っている。そしてアズサが今見ているものは……。


 リサは力なく視線も定まっていない。まだかすかに息がある。とても弱い。おびただしい量の鮮血が地面を濡らす。




 このまま死んでしまうのだろうか。


 まだ言いたいことを伝えていない。


 ずっと避けていた。


 どう声をかければいいか分からなかった。


 避ければ避けるだけ、どう接すればいいのか分からなくなった。


 そして……怖かった……でも……。




 リサはティナのことを何よりも一番に想ってくれた。


 自分のことを顧みず、助けてくれた。


 さっきもこの前も……。


 自分の命をかけて……。




 やっと気が付いた。いや、気が付かないふりをしていただけ。


 意地を張って、気が付かないふりをしていた。




 一番愛してくれていたことに気が付かないふりをしていただけ。




「ティ……ナ……」


 リサは全身の痛みを堪え、震える右手をティナに差し出した。


「よかっ……たぁ……」


 リサは笑顔を作りそう言った。




 リサの手を掴みたい。


 いますぐ手を取って、言いたかった言葉を伝えたい。


 でも、今の自分にはその資格はない……。




 ティナは全力で走り出した。完治していない痛めた足が痛みだす。しかし今はそんなことなんか言っていられない。


 ティナは足の痛みを堪えながら走り出した。


 向かう先はポーション作成所の倉庫。そこには今日作成されたポーションが置かれているはずだ。きっとハイポーションがある。一秒でも早くリサにハイポーションを届けなくてはならない。




 ティナは倉庫に着いた。しかしすでにポーションは全て出荷されていた。


 もう夕暮れが近い、ポーションクリエイターは自分の魔力が尽きると早々に仕事を終える。


 職員たちもポーションの出荷が終われば残っている者はいない。


 ティナは何かにすがる様に周りを見る。


 そしてある部屋に気が付いた。レナの仕事部屋だ。レナの仕事部屋には高品質の薬草が置いてある。


 ティナはレナの作業部屋に向かった。


 レナの仕事部屋にある高品質の薬草はハイポーションの材料だ。


 この薬草はレナがハイポーション作成に挑戦した時の残り物。レナはハイポーションを作成することができなかった。


 ハイポーションを作成することができるのは、ポーションクリエイターのみである。


 しかし、ハイポーションを作成するにはスキルを昇華させなければならない。


 だが、ティナはまだスキルを昇華させていない。


 自分にできるのか……。




――ティナには、もしかして才能があるのかな――




 ティナの脳裏にレナの言葉がよぎる。


 レナがあの時、ポーション作成所で何気なくつぶやいた言葉。


 迷っている暇はない。レナの言葉に背中を押されたティナは、迷いを払拭し動き出した。


 ティナは薬草を掴み、腰つけているポーチに手をやる。それは以前レナから貰った携帯用のポーション作成キットだ。


 そのキットから小型の入れ物を取ると、その中にポーション用の液体を汲んだ。


 そしてリサのもとへ走った。




ティナがリサのもとに着くと、レナはアイリーンと戦闘を繰り広げていた。それはまともな戦いとは言えず、リサのことでレナは冷静ではなくなっているようだった。


 だが、ティナにやれることは一つだ。


 ティナは冷静に深呼吸をするとリサのところへ行き、携帯していたポーション作成キットを並べた。


 ティナは、ガラス製のビーカーに先ほど汲んだ液体を入れると、携帯用のアルコールコンロに火をつけ、その上にビーカーを置いた。


 アズサはリサの手を握りながら、ティナをじっと見ていた。


 リサの体は出血がひどく、青白くなっている。


 もう時間がない。


 ティナはリサの手を今すぐにでも握りたかった。


 やがて液体が沸騰し、その中に薬草を入れて魔力を込める。


 ビーカーから赤い光が立ち上る。


 だめだ……。


 これでは普通のポーションが出来てしまう。普通のポーションではリサを助けることはできない。


 ティナはさらに魔力を高めた。しかし手ごたえがない、光は赤く輝いているがこれはいつものポーションだ。


 ティナは強い焦燥感に駆られた。


 リサがいなくなってしまう、まだ伝えたいことがある。


 一番愛していてくれていた人に伝えたい言葉。




――ありがとう――




 ティナは意識の中に上から押さえつけられているような感覚を感じた。


 それが何なのか分からない。意識の深いところに何かがあって、それが上からものすごい力で押さえつけられている。


 ティナは意識を集中させ、上から押さえつけている何かに集中した。


 よく分からない、だが、それを吹き飛ばす必要があると感覚的に理解した。


 もう少し、ティナは意識の深層に手を伸ばし、それを掴んだ。


 そして手につかんだ何かに、自分の魔力を一気に解放した。




 ティナは自分の魔力が先ほどとは、比べ物にならない位上昇したことを感じた。


 これなら……。


 再度、手をかざし魔力を集中する。


「ティナ……左目が……」


 アズサはティナを見て言った。ティナの左目の瞳は紫色に変化をしていた。


 左目が熱い。ティナは燃えるような熱さを左目に感じた。


 そして、ビーカーの中身は紫色に変化し、紫色の光が力強く天へと昇っていった。

 

 

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