第13話

「ずいぶん、珍しい“おまじない”をされるんですね」


 メイドは笑顔だけれど、冷たい視線をこちらに向けている。

 さっき、マジックミラーのところで私の体に巻き尺をまきつけたメイドさんだ。

 私は凍てつくような視線を受けて、なんとか言い訳をひねり出す。

「い、いえ。ただ、ちょっと貧血でめまいがして倒れこんでしまいましたの」

 額に手をやって、よよとか弱い貴婦人っぽいしぐさをする。

 だけれど、多分このメイドさんは演技だってわかってる。

 だって、さっきのマジックミラーの部屋で私は机上にも鏡の向こう(あると思ったんだもん! 鏡の向こうで下種な貴族がワインを傾けてるって思ったんだもん。いたもん! トロルは本当にいたんだもん!)をにらみつけていたので、そんなたまじゃないことはばれている。

 だけれど、大事なのは体裁である。

 私はふざけて遊んでいたとか、貴婦人にふさわしくなくはしゃいでベッドにダイブしていたわけではないという形を保っておくのが大切なのだ。

 私はあくまで、めまいがしてベッドに倒れこんだだけ。

 そう釘を刺したのだ。


「お医者さまを及びしましょうか」

「いいえ、結構よ」

「お体が弱いようで心配です」

「ありがとう、ちょっと疲れがたまってるだけだから」


 むう、このメイドなかなかしつこい。つまり、ただでは引っ込んでくれないってことね。

 ちぇっ、なめられてる。

 だけど、まあ、しょうがないか。

 いいとししたレディがベッドにダイブするなんて普通はありえないもんね。

 あとで、テキトーに好感度を稼ぐか、無理だったら袖の下を握らせよう。

 最初が肝心だからね。

 あんまりゆっくりしてられないので、早めに見極めよう。

 私は、ぴんと背筋を伸ばして姿勢を正す。


「ところで、なんの用かしら?」


 私はできるだけ気取ったお嬢様っぽい声で尋ねる。


「旦那様から、イリアナ様のお世話を仰せつかりました。メイドのアンと申します」


 そういって、メイドさんは頭を下げる。

 へー、私のお世話係。これは早いところ好きなものを把握してご褒美をあげるとかして忠誠心をもってもらわなきゃ。よく、気持ちとか絆っていうけれど、そんなことよりまずお金とかご褒美だ。なめられては困るけれど、その前に中途半端に忠誠心を持っているとこっちが勘違いしている状況の方がよっぽど恐ろしい。


 私の味方をすればちゃんとおいしい思いができるし、見返りがあることを教えてあげなきゃ。

 単に、忠誠を誓わせるなんていうのは無理。

 気持ちを大切にして搾取するなんてブラック企業と同じになってしまう。

 なにか起きたとき散々こき使って、逃げられてしまったあとに戻ってこいなんていっても「もう遅い」って冷たく返されるのが落ちなのだ。

 日頃から、適度に飴をあたえていい仕事をしてもらおう♪


 大丈夫。私だって、この伯爵の婚約者をうまくやれば、自分の経営するパティスリーで大儲けできるはずなんだから。

 先行投資も大切だ。


「よろしくね。アン」


 私はできるだけ、朗らかにほほ笑む。

 そして続けて、「アンは何が好きなのかしら?」と尋ねた。

 なにが飴になるかきちんと調査しなくちゃね。


 なのにアンったら、


「特に好きなものはありません」


 なんて、仮面のように表情ひとつ動かさないの。

 どうして!?!?!?!?

 普通、主人から名前を呼ばれて気にかけてもらったら、もっと喜ぶものじゃないの。

 喜ばなかったとしても、もう少し愛想よく反応できないの。


 もしかして、私ってその価値なしって判断されちゃったってこと???






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追放後の手紙~異世界恋愛・悪役令嬢短編集~ 華川とうふ @hayakawa5

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