第11話

「さて、我が婚約者殿と戯れる時間は楽しいのだが。実をいうと我々は非常に多忙である」


 伯爵は私をぱっと離すと急にまじめな口調で言った。

 あー、ずるいー。勝ち逃げした―。

 自分が勝ったからって、やり返される前に話題をすり替えるなんて……こやつ、できる。

 何事でも主導権をにぎれば自分が好きにできるからね。

 主導権を握ろうともせずに人生うまくいかないだとか嘆いてたら、ただの負け犬だもんね。


 ビジネスの話をする相手なんだから、だまされたくはないけれど、こっちも相手が馬鹿では困るのだ。契約どころか取引相手がいなくなるなんて。

 示談交渉も条件を譲らないでいたら、相手の会社がなくなっちゃったら意味ないもんね。

 おふざけもここまでにしておいてあげよう。私は大人だ。今回の勝ちくらい伯爵様への接待だと思って譲ってあげましょう。(そのかわりパティスリーの壁の修理には一番いい木材と塗料とガラスを用意してもらおう!)


 そんなことを考えているうちに、伯爵はあっという間に、今後のプランを話し始めた。


「一か月後に、婚約披露のパーティーをするのでその準備。多くの方に知っていただく前に一族との顔合わせが二週間後。特に大叔母様には失礼がないように。ああ、そういえば、一週間後にパーティーに呼ばれている。そのときはまだ婚約は発表しないけれど……パーティーに行くと女どもがうるさいので黙らせるためにパーティーにも同伴してもらう」


 えー、ちょっと。なにそれ。なんか、私めっちゃいそがしくない?

「一か月後のパーティ」の話から始めるから、次の仕事は一か月後かと思いきや、その前に別な仕事がいくつかあることを後出しするなんて。話が分かりにくすぎる。ちゃんと時系列順に話してほしい。私がめちゃくちゃ頭悪いおバカな令嬢だったらどうするつもりなのだ。悪いが、記憶力には自信がない。後で、紙に書き出してもらおう。


「つまり、直近の課題としては私は一週間後のパーティーにでるための準備から始めればいいのですね」

「その通りだ。話が早くて助かる」


 私はあいまいにほほ笑む。いやー、あなたが最後にいったことを繰り返しただけなんですが、それで全部理解したと思われるのはちょっと怖い。

 てか、この世界で貴族の女性って多分こういう話そんなにとくいじゃないよ?

 大抵の場合、おつきの人とか優秀なプランナーとか雇っているはずだけど。

 そう思って、私は有能に見られたいのと同時に自分が買いかぶられすぎているのに困惑していると、


「ああ、細かい話をする相手はお前の部屋にあとで向かわせるから」


 と伯爵は付け加えた。

 あー、よかった。全部ひとりでやるわけじゃないのね。

 さすがに自分のお店のと違って、伯爵の名誉もかかわるものだから私一人で突っ走るのは怖かったのだ。

 自分の店の経営はできたとしても(まだ、オープン前にお店を破壊されちゃったけど)、伯爵様の名前を冠したイベントやら行事の参加はまた管轄が別だ。


「じゃあ、私は疲れたので今日はもう休ませていただきます」


 私は優雅にスカートの端をつまんでお辞儀をした。

 このドレス本当にいい生地使っている。指先の感からして全く違う。

 そして、優雅に糸にひっぱられるようにすーっと扉まで歩いて行く。


「ねえ、ところで私の部屋ってどこ?」





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