第4話

「おりません」


 私は手が出そうになるのを必死に堪えながら答えた。

 なんで見ず知らずの人間に自分の恋人の有無を公開しなきゃいけないの。フェイスブックじゃあるまいし。

 私は胸のあたりに手をもっていって、しおらしく答える。


 本当は、平手のひとつも食らわせてやりたいと思っていたのだけれど、流石に手がでて訴えられたりしたらまずい。

 それにここまでド定番、ザ定番、お約束が続いているのだ――もしかしたら、『じゃあ、俺の嫁になれ』なんて俺様的なことを言われたときに、婚約のための支度金や指輪だけもらって婚約破棄でもしてやればいいかなーって思ったのだ。


 前世の記憶というものの中の少女マンガを思い出す度に私はずっとそう思っていたのだ。『好きじゃないなら、利用すればいいじゃん♪』って。

 自分にそんな状況がやってくるなんて思ってもいなかったけれど。


 誰が、こんな無礼者と結婚するんだよ。

 婚活会場でだって誰も『現在、お付き合いしている恋人はいますか?』なんて聞かないよ、いやこれは怖くて聞けないだけか。素敵な奥さんになりそうだなって思ったひとが、恋人いるのに婚活に来てたら怖いもんね。


 私は早くことが好転しないかなあと思いながら必死に胸の前に組んだ手まま、左手が右手を押さえつけてなんとか手をあげるのを防いでいる、私は待った。


 だけれど、目の前のイケメンは「ふうん」といって、何事か考え込んでいる。


 はやくしてくれ!

 は・や・く!!!


 って、何を考えているのだろうか。

 どうやら、疲れすぎて脳みそが一時的に機能が著しく低下しているらしい。一時的だと信じたい。


 そういえば、この店のためにいろいろ頑張ってきたのになあ。材料の吟味とか、徹底した衛生管理とか、前世の記憶と実際のこの世界の状況を考えた現実的なプラン作り。

 そうやって、走るように毎日をすごしてきて、そこに訃報。そのあとの、息をつく暇もない事務処理の山。


 もう、しんどい。

 このままじゃ死ぬ。

 もうイヤだ、逃げだしたい。

 この店だけが、希望だったのに……。


 なのに、店の前面は瓦礫の山。

 あんなに愛しいと思える可愛いがたくさん詰まった、(可愛いは正義なので絶対に売れる。そして儲かる!!)、私の大切なお店が……。


 こんな状況じゃ、誰かにプロポーズされたらそりゃあのっかちゃうよ。白馬の王子様なんて期待してない。山吹色のお菓子があればそれだけでいいの。


 じゃなくて、どうして私は赤の他人から助けてもらうことプロポーズを期待しているの?


 前世の知識がある私は簡単にこの世界で無双出来るはずでしょ!?

 男に頼らないで生きていくなんて高尚なことをいうつもりはない。

 だけれど、生きていくために誰かにプロポーズしてもらうのを期待してしまう自分がイヤだった。


「帰って下さい……」


 気づくと私はそう言っていた。そう、こんなくだらない妄想をしている暇なんかない。自分一人だけじゃないんだ。私が支えなきゃいけないのは。

 たとえ、貸し剥がしで借金だらけだとしても、屋敷や商会で働く人々、さらにその取引先の人々の生活が私にはかかっているのだ。

 こんなくだらない妄想で時間を無駄にしている場合なんかじゃ……


「俺の婚約者にならないか?」

「はい」


 男の質問に、私は反射的に答えたのであった。

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