第1話

 私には秘密がある。

 実は、前世の記憶があるのだ。

 こんなこと言ったら頭がおかしいくなったとして精神病院おくりか、魔女として裁判にかけられて適当な疫病の原因として殺されてしまう。

 だから、誰にもいったことはない。


 前世の記憶を思い出したのは確か、8つのときのことだった。

 たぶん、本来の私はお転婆だったのだろう。

 しかも、運動音痴。

 走り回っているときに、転んで頭を打って、私はここではない世界の記憶を思い出すようになった。


 前世の記憶というけれど、この世界とは全然違う。

 ボタン一つでいろんなことができたり、書物が恐ろしいほどたくさんあったり、洋服だってもう出来上がっているものを買うことができる。

 すごく便利そうだけれど、目まぐるしいスピードでいろんなことが進んでいて大変そうだ。


 ただ、特に惹かれる思い出の中には食べ物がある。

 様々な種類の果物やお菓子。飲み物。

 恐ろしいほど種類があって色鮮やかで簡単に手に入った。

 新鮮な果物が何種類も載せられたタルトに、甘くて滑らかなチョコレート、モルトの香りが癖になる紅茶。

 一つ一つが宝石みたいな素晴らしい嗜好品たち。

 アイスクリームなんて、この国の貴族はだれも口にしたことがないだろう。

 まるで、だれもが魔法を使えるかのような世界だった。


 前世の記憶というやつを思い出すようになったせいか、それ以前のイリアナとしての記憶は結構曖昧だ。

 子供のころの記憶って誰でも曖昧なものだから、もしかしたら頭をぶつけたことは関係ないのかもしれないけれど。

 それでも、普通じゃないと思う。

 前世の記憶を思い出すようになったあとのことは比較的おぼえているのに、それより前のことは前世の記憶よりもとぎれとぎれなのだ。

 ただ、ものごころがついたとかそういう話では済まないくらい。

 あいまいで霧の中に閉じ込められている。

 だけれど、私は幸せだった。


 何の不自由もない貴族の家の子どもだったから。

(貴族っていっても最近お金を積んで爵位を買ったみたいな家だけどね。)

 やることと言えば、読書に刺繍に音楽。

 うん、前世の記憶によると立派な引きこもり。

 もちろん、それだけでは退屈なのでちょっと家を抜け出してお忍びで街に遊びにもいった。


 本当によくしてもらった……と思う。

 飢えることもなく、体罰を受けることもなく。

 十分な教育と食事を与えられた。

 愛についてはわからない。

 だって、どうしても私が前世の記憶と呼んでいる世界とは価値観が違うから。

 前世の記憶における価値観なら、愛されてないと思ってしまうけれど、この世界ならこれがきっと普通なのだ。

 両親は私のことを大切に扱ってくれた。

 絶対に死んだりしないように。

 いろんな危険から遠ざけてくれた。

 貴族の子弟が通うとされている学校からも家庭教師を雇って、遠ざけた。

(本当は学園生活を楽しみにしていたけれど、あの両親の心配して狼狽する姿をみたらわがままは言えなかった)


 そんな両親のために、私は前世の記憶を上手いこといかして恩返しをしようと思った。


 それが、この店だ。

 といってもお菓子と紅茶を扱うというありきたりな商売だ。

 余り斬新すぎるとあやしいから。

 あの前世の記憶の世界のようにはいろんなものが手に入らなくても、爵位を金で買える商人の家。さすがに各地にツテがあって、希望に近い商品は比較的簡単にそろえることができた。

 内装だって、私のこだわりを生かした新しい店づくりができていた。

 味の組み合わせも新鮮だし、なかなか滑り出しもよかった……両親が事故にあうまでは、


「さあ、お嬢ちゃん。耳をそろえて300ゴールド返してもらおうか」


 いかにもガラの悪いごろつきが店の前ですごんでくる。


「両親が受けた融資は200ゴールドのはずよ」


 私は必死で言い返す。

 まあ、200ゴールドであっても今日返すなんてムリなんだけど。


「相続税ってやつだよ。これだから世間知らずのお嬢ちゃんは……」

 いや、相続税の使い方間違っている。

 しかも、そんな制度この国に無かったはず。

 甘く見られている……私じゃだめなんだ。悔しくてほほがかあっと熱くなるのが分かった。涙が出そうだ。私は必死に顎をつんとそらして、涙をこらえる。

 悔しい……。


 どうやら商売というのは信用が大きいらしい。信頼の看板である両親が死んだせいで、各所から一気に資金の回収がやってきた。もちろん、すべてが借金だったわけではない。おそらく生きていれば十分に儲けがでていたはずだ。


 この店だってそう。

 普通に何事もなく両親が生きていれば、営業を続けてそれなりの利益が見込めそうだった。

 だけれど、こうも毎日、毎日、毎日、まーいにち!

 借金取りが店にやってきて商売の邪魔をしていれば客足は遠のいていく。


 ああ、本当はうまくいくはずだったのに。

 どうしてこんなダメなんだろう。

 恩返しどころか、足枷になってしまった。


 とうとうこらえられなくて涙がこぼれ落ちそうになった時のことだった、

 私の目の前にあの男が現れたのは。



 ガラガラガラガラ、ガッシャーン!!


 気が付くと私の夢が瓦礫となってくだけていた。

 お気に入りだった、生クリームみたいな真っ白な扉に淡い光を取り入れて外からお店を素敵に魅せてくれる硝子窓。淡いブルーの壁に、卵の殻色の縁取り。

 それらが一瞬にして瓦礫になった。


 一台の馬車のせいで。


「すまない、怪我はないか?」


 馬車は傷一つ無い。そこから降りてきたのは身なりのいい、イケメンだった。

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