第24話
王太子から血が流れていた。
だけれど、それは私の力などではなかった。
ただ、王太子が私のドレスを(正確にはアマンダお嬢さまのドレスを私が借りているもの)脱がそうとして、仮留めの針が王太子に刺さったのだ。
アマンダお嬢さまのドレスは私には丈が長すぎて、縫い留める時間も無く、まち針で留めただけの場所が何カ所もあった。
きっと、公爵家の人々は私が服をすぐ脱ぐことになるから、まち針で留めただけでも良いと思ったのだろう。
その針が王太子を傷つけた。
真っ赤な血が王太子の指先にぷっくりとした血の玉を作ったと思ったら、それだけではとまらず王太子の指先から血が流れ出した。
「ひいっ、血だ。血がでてる」
王太子は泣きそうな声をあげる。
なんて情けない男。どうせ大したことないのに、なんて大袈裟なんだ。
戦争などがあれば、一番戦い、国民を守る義務がある身分のくせに。
私は心の中でせせら笑う。
でも、私の状況は別に好転していない。
王太子が、血におびえて泣き叫びながら部屋をでていっってくれればいいのに。
だけれど、痛そうに顔を歪めているだけだ。
「おい、お前。この血をお前に分けてやろう。光栄に思え」
王太子がそう言うと、私の前に太い指が示される。
赤黒くて、乾燥していて気持ちが悪い。まるで、アレみたいだ。
そういえば、昔どこかで、男性のあれが立派かどうかは指をみれば分かると言う話を聞いたことがある。
指先がすらりと伸びて綺麗ならば胎児のときに十分な成長が末端までできていたということで、当然生殖器も立派にという話だった。
とたんに、私は目の前に差し出された王太子の指が血にぬれたアレのように思えて気持ちが悪くなる。
遅かれ、早かれ実物を目にすることになるのだろうが、それでも直視できない。無理。気持ちが悪い。
「ほら、舐めろよ」
そういって、王太子の醜い指が私の唇のすぐ近くまでやってくる。
いやだ。
気持ちが悪い。
私は絶対に、指を口のなかに突っ込まれたりしないように、唇を引き結び、後ろに下がって首をふった。
絶対に、嫌。
だけれど、王太子は指を引っこめるどころか、私の頭を押さえつけて、無理矢理自分のほうに引き寄せた。
髪が乱れるし、痛い。
「や、やめてっ!」
私はやっとのことで抗議の声をあげた。そして、その瞬間、開いた口に王太子は無理矢理指を突っ込んできた。
異物が口の中にはいってきて、反射的な吐き気がする。
そして、王太子の指の中が私の口の中に入ったという現実を認識して心因的な吐き気がこみあげる。
口の中に鉄の匂いが唾液にのって広がり始める。
気持ち悪い。
王太子の短くて太く、皮膚の厚い指が私の口の中で、自分の血をぬぐおうと蠢く。
普通の神経じゃ考えられない。
いくら、公爵家の侍女で物同然と思っているからって、自分の妻になるかもしれないと言っておいて、国を救ってくれなんて言っておきながらこれは酷い。
気が付くと私の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
目が熱い。涙が頬をつたっていくのが分かる。
もう、やめて。こんなこと絶えられない。
いっそ、舌でも噛んで死んでしまおうか。
ごめんなさい……お嬢さま。私はまだ、あのことをお嬢さまに伝えられてないのに。私はもう……。
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