第23話

 王太子が襲いかかってくる。

 覆い被さるようにという方が適切かもしれない。

 アマンダお嬢さまの婚約者だったときの王太子は何て貧相な男だと思っていたが、こうやって目の前にいると、私のような一人の女に比べれば王太子はちゃんと大人の男性であった。


 こわくて、抵抗できなかった。

 よく物語にでてくる少女たちが、悪者につかまったりしている描写で逃げればいいのにって今まで思ってきたけれど。実際はそんなことは無理だ。


 自分より明らかに強い人間が目の前にいる。

 それだけで体がすくむ。

 抵抗なんて無駄だ。誰も助けてくれない。


 そのことに気づくとせめて、殺されないようにとか痛い思いをしませんようにとか諦めの気持が勝ってしまう。

 恐怖とあきらめと、後悔と過去を懐かしむ気持がごちゃまぜになって自分の中でぐるぐるとまわっていく。

 その渦は消えることなく、私の意識をただ、下へ下へと落としていく。

 自分だけど、自分じゃないみたいな気持ち。


 そして、そんな自分を他人のように感じて、昔の楽しかったことを思い出して走馬燈を眺めているみたいな自分がいる。


 思い出すのは、アマンダお嬢さまのことばかりだ。


 あの森の近くの小さな家でパンを焼くお嬢さま、私の煮たジャムを「おいしいよ」って言ってくれるお嬢さま、二人で髪を梳かし合ってベッドでじゃれついた思い出。


 お屋敷にいたころの、水晶の中に夜空の星を閉じ込めたような静かで澄んだ美しさのお嬢さまの姿。

 幼い頃、私と夜もいっしょにいたいと駄々をこねて泣くお嬢さま。


 苦しくなるほど愛しいお嬢さまの姿が次から次へと浮かんでくる。

 ああ、私はお嬢さまのことを愛していたのだ。

 ただ、お嬢さまとその侍女というだけでなく。

 一人の人間としてお嬢さまのことを愛し、目を離すことができなかった。


 ずっと、この人の側にいたいと思っていた。

 一生をこの人の側で過ごそう。何があっても。

 私はそんな封にアマンダお嬢さまを思っていたのだ。


 ドレスのリボンが解かれ、私の肌を守っていた衣類を脱がされる。

 アマンダお嬢さまの匂いがする気がした。

 ドレスはお嬢さまの者なのだから当然だ。

 肌が露わになり、寒さと恐怖で鳥肌がたっているのが分かった。

 怖い。


 もし、私が本当に転生者だったら、なにか特別な力があって、それで目の前の王太子を止めることができるのに。

 こんな王国に、こんな王太子に簡単に運命を決められてしまうなんて転生者な訳がないのに。

 本当の転生者なら、何かの力に目覚めるとか……だけれど、私にはなにもない。

 私はアマンダお嬢さまのただの侍女だ。


 そう思ったとき、


「痛っ」


 王太子が急に悲鳴をあげて、私から一瞬離れた。


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