魔法の鏡は秘密を知っている

第1話

○黒髪の男爵は溺愛する


「愛しいエドワード。今日は素直になれなくてごめんなさい。本当は、貴方から花を貰うなんて初めてで、なんて言えば良いか分からなかったの。嬉しかったわ。できたら、次はもっとささやかで小さくていいから薔薇の花欲しいです……ワガママかしら?」


 鏡の中で妻のイザベラが頬を赤らめて、モジモジとこちらを見つめてくる。

 すごく可愛らしい。


 ちょっと前までの俺たちの関係が嘘みたいだ。

 俺たちは家同士の為に結婚した。

 だから、愛のない結婚だった。


 政略結婚なんてよくある話だし、それが自分たちの存在意義であることも分かっていたけれど、若い俺たちにとって家のための愛のない結婚というのはどうしても抵抗があって、結婚当初はすれ違うことばかりだった。


 お互い、貴族としては一人前の大人として振る舞えても、先日学園を卒業したばかりの俺たちにとって、一人の人間に戻る家の中では未熟であらのある部分が目立った。

 しかも、イザベラに至ってはついこの間まで王太子妃となる予定だったのだ。


 ただ、学園生活の中で王太子が婚約者であるイザベラを差し置いて平民の女を選んで、イザベラの人生は変わってしまった。

 王太子妃となり、全ての国民からプリンセスと呼ばれ、憧れられる存在になるはずだった彼女が、こんな金だけの男爵家に嫁に来る。

 彼女にとっては屈辱だっただろう。


 だけれど、国王が半ば馬鹿王太子の婚約破棄をごまかすために、イザベラの家を策略にはめて没落させた。

 イザベラの家は王太子の婚約者になれるくらいの家だ。没落するなんて本人自身だけではなく、国中のだれも想像しなかった。

 そして、困窮したイザベラの家に国王は囁いたのだ。

「良い結婚相手がいる」と。

 それが、俺の家だった。

 俺の家は貴族とは言っても、金を積んで貴族の末席に入り込んだ元々は商人の家だった。


 学園生活でも彼女とは別世界に生きていた。

 たぶんイザベラは俺の存在なんて眼中になかった。


 俺も自分がイザベラと結婚する日が来るなんて夢にさえ見たことがなかった。


 ただ、星の光を集めて紡いだような銀髪、昼と夜の間の色をした瞳をもつイザベラは学園生活のなかでいつだって輝いていて、彼女を目で追わずにはいられなかった。

 そんな彼女と結婚すると聞いて、まったく信じられないどころか、結婚しても実感はなかった。


 イザベラは気位が高い。

 当然だろう。王太子妃となるべく、教育されてきたのだから。

 誰にでも笑顔を安売りして、人なつこいだけでは王太子妃はつとまらない。


 そんな彼女の気を惹こうと、俺はイザベラに毎日のように高価な宝石を贈り続けた。

 しかし、イザベラはお礼はいうけれど、まったく嬉しくなさそうだった。


「ありがとうございます」


 ただ、それだけ慇懃無礼に言って、渡した品々はしまい込まれ、イザベラがそれらを身に着けていることをみることは無かった。


 俺たち夫婦は上手くいっていなかった。

 貴族の結婚なんて、家の為なのだから別にそこに愛は無くてもいいはずなのに。

 お互い、本当の恋は外に求めて、うまくやれば良いのに。

 俺たちは子供過ぎた。


 そんなある日、俺たちの元に一枚の鏡が送られてきた。

 魔法の鏡だ。

 どうやら、国王が俺たちの関係が上手くいっていないと知って送ってきたらしい。

 慰謝料のつもりなのだろうか。


 それとも、イザベラが俺と別れれば王太子に復讐をすると思ったのだろうか。

 とにかく、世にも珍しい魔法の鏡が俺たちの屋敷にやってきたのだった。どんな鏡かは説明されなかったけれど。


 魔法の鏡は俺たちの生活を変えた。

 鏡は相手の本音を教えてくれるのだ。


「お花をありがとう。愛しているわ、エドワード」


 鏡の中の彼女はすこしはにかんで微笑むけれど、現実の彼女は違った。さっき、イザベラにはじめて花を渡したとき、イザベラはこんな風に素直ではなかった。

 大きな花束を作らせたのだが、それを見た彼女は、「はぁっ」と大きなため息をついたあと、


「こういうの、もういいです」


 それだけ冷たく言って去って行ったのだ。


 鏡の中の彼女が、毎日宝石を貰うのは心苦しいし、実は花が好きと話してくれたから用意させたというのに。

 現実の彼女はそんな花束さえも受け取ってくれなかった。

 そして、それ以上俺と一緒にいたくないといいたげに、自分の部屋に帰ってしまったのだ。


 しかし、どうだろう。


 あんな風に冷たい態度をとっていたけれど、イザベラは本当はよろこんでくれていた。


 俺は、そんな素直になれない不器用なところがあるイザベラも可愛いし、結婚できてよかったなあと心から思うのであった。

▲▲▲エドワードの部屋にて▲▲▲

    (ここより上)


 その家には魔法の鏡があった。

 一見普通の古ぼけた鏡だ。

 変わったところといえば二枚で対になっているというところだろうか。


 結婚祝いに届けられた鏡は夫婦のそれぞれの部屋に一枚ずつ飾られている。


 魔法の鏡といっても人を幸せにするために、奇跡を起こすなんてことはできない。

 できることと言ったら、鏡に愛する人の姿を映したり、誰かを真似て喋ることくらいだ。

 だけれど、誰もそんな魔法の鏡の真実なんてしらない。


 ただ、イザベラの部屋には美しい花が花瓶に活けられ、宝石は大切に仕舞われていた。


    (ここより下)

▼▼▼イザベラの部屋にて▼▼▼

〇元悪役令嬢の独白


「こういうの、もういいです……」


 私はいらだちを隠しきれずに、エドワードに告げた。

 自分でも思いの外、冷たい声に鳥肌がたつ。

 可愛げがない女だと思われただろうか。

 気位が高くて面倒くさい女だと思われただろうかと不安になる。


 エドワードと私は夫婦だけれど、愛し合っていない。

 私なんて誰にも愛される訳がないのだ。

 だから、私は王太子にあんな一方的な婚約破棄をされたのだ。


「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」


 今でも王太子の声が時々、ふとした瞬間に耳の中、いや頭の中に何度も木霊して、私は正気でいられなくなりそうになる。

 ずっと、彼のために努力してきたのに。厳しい王妃教育だって受けてきたのに。常に正しくいられるように最新の注意をはらってきたのに。彼に相応しい女性であるように自分を磨き続けたのに。

 なのに私は婚約を一方的に破棄された。


 私はきっともう誰にも愛されない。

 ずっと王太子に一途に尽くしてきたのに捨てられた女。


 どうして、エドワードが私と結婚してくれたのか分からない。

 王太子とは清い関係だったけれど、私は人生のほとんどを王太子妃となるために生きてきた。言うなれば、私はお下がりみたいなものなのに。


 婚約者に捨てられて、中古で、そのうえ家が没落した令嬢なんて誰がほしがるだろう。一時はどこか異国の貴族の老人の後妻に入るか、もっと悪ければ、娼館にでも売り飛ばされることになるのではないだろうかと想像して泣いて暮らした。


 なのに、私は国を追放されることもなくエドワードと結婚した。

 エドワードならきっともっと、素晴らしい結婚ができただろうに。


 エドワードはイケメンだ。

 整った顔に黒髪に鍛えられた体つき。

 本人は知らないようだけれど、学園生活ではこっそり令嬢たちの間で彼の隠れファンクラブものがあったくらい。(ファンクラブのルールは『抜け駆けしない!エドワードを遠くから見つめよう』と非情に非生産的で乙女らしいものだった。)


 たしかに、家は貴族としては歴史は浅いけれど、代々商人をしてきただけあって、目利きだし知識も深い。

 エドワードの家の書物は偏りこそあるけれど、王家の図書室でもお目にかかれないような珍しいものもあった。


 彼ならばどんな女でも選び放題だ。

 彼の家の資産は潤沢だし、取引のために異国にも旅ができ、貴族として歴史が浅い分しがらみがなく自由だ。

 どんな女の子だって、彼と結婚できるとなれば二つ返事で了承するだろう。

 エドワードみたいな優良物件が、私のような王太子教育以外なにもない中古女と結婚させられたなんて可哀想だ。


 私は王太子が選んだあの子みたいに彼に微笑みかけることもできないし……。

 私に優しくしないでほしい。

 彼は私なんかに毎日、高価な宝石をくれる。

 夫婦だというのに、私を「綺麗だ」って毎日言ってくれる。

 こんな夢みたいなことがあるわけがない。


 夢はいつか覚めてしまうものだから……期待させないで欲しい。

 いつか、彼が我に返って、私との結婚を解消したいと言ったら……?


 だから、私は彼に本音が言えない。


 今日も彼から花束をもらえたのが嬉しかった。

 だけれど、その花は珍しく宝石よりも高価とされる花だった。

 こんなに高価なものもらえない。

 私にはそんな価値ない。

 エドワードと結婚できただけで嬉しいのに、これ以上幸せになるのが怖い。


 ただ、側にいてくれうだけで嬉しいのに。豪華なプレゼントなんかいらない。

 そう伝えたかったのに私の口からでた言葉は「もういいです」って、余りにも酷すぎる。

 今度こそ嫌われたかもしれない。


 私は自分の部屋で鏡に向かって話しかける。たしか、結婚祝いにもらったものだが、気に入っている。

 鏡に話しかけるなんておとぎ話の悪い魔女みたいだけれど。

 この鏡にこうやって、エドワードとのことを話すと安心するのだ。

 たしか、この鏡はエドワードの部屋にある鏡と対になる。


 私はそっと鏡に、一日の反省点とエドワードへの気持ちを語る。





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