第6話

 あの別邸に住んでいる旦那様の愛する人はどんな人なのだろう。


 そういえば、私は一度も会ったことが無かった。


 結婚するときに、旦那様は身分の差があって結婚できないと言っていた。

 身分の差も乗り越えて恋をする二人にとって、私はきっと悪役になるのだろう。


 そう、意地悪な本妻。

 貴族に生まれたというだけで、旦那様と結婚できたお飾りの妻。


 これは、もしかして、ご挨拶にいくべきではないだろうか?


「旦那様、あのー」


 最近は本邸こちらで夕食をとることが多くなった旦那様に私は控えめに申し出てみた。

 もしよかったら、旦那様の愛する人にあうことができないだろうかと


 すると、旦那様はガタッとたちあがり、とんでもないというように首を振った。

 なにかショックを受けているみたいだった。


「すみません。今日は、もう別邸に帰ります」


 旦那様は顔を真っ青にして、デザートもまだなのに食卓を離れてしまった。

 なにか余計なことを言ってしまったのだろうか。

 我ながら名案だと思ったのだが。

 はじめて自分だけのアイディアで仕事をしようとしたら上手くいかなかった。

 まあ、こういうこともあるよね……。


 もしかして、私は出過ぎた真似をしたのかもしれない。

 だって、旦那様の愛する人に会いたいなんてまるで嫉妬した本妻のようだもの。


 でも、旦那様が愛している人にきちんと会って説明したいような気もする。

 最近の旦那様は本邸こちらに入り浸り過ぎる。

 前はそんなことなかったのに。

 私が旦那様の愛する人だったら、きっとやきもきするだろう。

 だって、愛し合っている相手に正式な妻がいて、そちらにかまけているのだから。

 自分から愛が離れてしまっているのではないかときっと不安で心細いだろう。


 やはり、二人の恋のスパイスになるにしてもある程度の安心は必要だろう。


 一度、挨拶をしていたほうがいい。


 きっと、旦那様が夢中になるような女性だ。

 素敵な人に違いない。


 旦那様から溺愛されていて、なんでも手に入るはずなのに、あんな別邸で慎ましやかに暮らす。

 旦那様が結婚したからといって、文句をいってくるでもない。

 一度もこの敷地内でお見かけすることもない女性。


 私は勝手に旦那様のお相手を想像した。

 金色の羊のような巻き毛に、空のような青い瞳のあどけない少女。

 愛人という言葉が似つかわしくないくらい純真無垢で、旦那様に愛されているからといっておごることのない慎ましやかな存在。

 きっと、とても可愛らしい方だろう。


 そんな方を変におびえさせてしまっては可哀想だ。


 いくら二人の愛のスパイスになるのが私の職務だとしても。


 私は別邸にいる旦那様の愛する人に会いに行くことにした。

 旦那様には内緒で。

 もちろん、使用人達同僚には相談した。

 みんな曖昧な笑みを浮かべつつ、その日に向けて調整をした。


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