追放後の手紙~異世界恋愛・悪役令嬢短編集~

華川とうふ

追放後の手紙

第1話 今日も遣いがやってくる

「王国からの遣いで参りました」


 今日も、何時もと同じ朝が来た。


 そうはいっても、私は夜明けとともに起きているのでそんなに迷惑ではないのだけれど。


「ああ、今日もお疲れ様。お茶でも飲んでいく?」

「毎日、朝早くからすみません。アリシア様」


 王太子からの遣いの人とは、仲良くなった。


 王国からの手紙に一度も返事をしたことはないけれど、こうやって毎日来るからちょうど良い話し相手になった。


 女手だけでは一人暮らしで不便がでるから、彼がちょっとだけ手を貸してくれたことがきっかけで彼は私のささやかな家でお茶を飲んでいくようになった。


 テーブルに手早くお茶の用意を整える。


 彼が来ることは分かっていたからある程度、準備はしてあった。


 昨日焼いておいたビスケットに栗のジャムを運ぶ。


 あとはお湯を沸かして、お茶を淹れるだけ。


 薬缶がシュンシュンと音を立てる。


 随分、すすで汚れてしまったのでそろそろ磨かないとなと思うけれど、この黒くなっているのが私が自分の人生を積み重ねられているみたいで愛しくてついそのままにしてしまう。


「最近、王国の方はどうなの?」

「そろそろ、王太子様が王位を継承されそうです」

「そう……」


 王国の遣いとして昔は堅苦しかった彼だけれど、今となってはすごく穏やかに話す。低い声が耳に心地良い。


 王太子が王位を継承するということは、王はもう長くはないという意味だ。


 このことになにか思うことがないと言えば嘘になるけれど、今の私にできることは何もない。


「王太子様は、お嬢さまにお会いしたいと言っております」

「いやあ、ねえ。お嬢さまなんて。私はもうお嬢さまじゃないわ」


 私はちょっとおどけて見せる。


 分かっている。近いうちに王太子にあわなければいけないことは。


「アリシア様……、申し上げにくいのですが、国王様はもう長くはありません」


 チッ、ちゃっかりお嬢さま呼びを素直にやめている。付き合いが長いとこういうときに遠慮が無くなる。


 私は王国の遣いとしてやってきた、彼の顔をみつめる。深い皺が刻まれている。ふと、子供の頃。私がまだ王太子の婚約者だったころに彼を見かけたことを思い出す。彼は若々しく、将来は騎士団を率いる存在になるだろうと期待されていた。それが、今では王国からこんなつまらない一人の女のところに毎日、手紙を運ぶ遣いだ。いつまでもこんな仕事をさせていたら可哀想だ。


 それもこれも私のせいなのかもしれないけれど。


 私が「はい」と言えば、彼だってこの仕事から解放される。




 だけれど、なかなか「はい」ということはできない。


 こちらにだって意地があるし、一人の暮らしに慣れて今更、王宮になんか戻れない。


 今でも耳からあの声が離れることがない。


 どんなに年月を重ねても、もしかしたら死んでも私の耳からあのとき元婚約者から言われた言葉はこびりついて離れない。


「令嬢アリシア、お前との婚約破棄をここに宣言する!」


 あまりにも一方的な宣言。


 多くの貴族の前で私は恥をかかされた。


 ずっと、王国のために生きてきたというのに。


 王太子の婚約者として、全ての国民の母となる存在として学ぶことも鍛錬することも怠ったことはない。


 なのに、誰も庇ってくれなかった。


 嫌疑は国の宝である、ダイヤを盗んだこと。


 王国を豊かにするという魔法がかかったダイヤモンド。


 失われれば王国は滅亡すると言い伝えられていた。


 当然、証拠なんてない。


 しかも、私が追放されてからしばらくしてそのダイヤが私から婚約者を奪った異世界から来た少女の部屋から発見されたというではないか。もちろん、王国側はそんなことは発表しない。


 だけれど、吟遊詩人の口を閉ざすことはできない。


 吟遊詩人達は私と婚約者の間におきたいざこざを絡めておもしろおかしく物語を触れ回った。


 おかげで私は以前のように国民に冷たい視線を向けられたり、石を投げられることはなくなった。


 悲劇の令嬢として、私のことを表だって悪く言う人間はいなくなった。王妃教育の中で学んだ薬草学や医学の知識を役立てて、病に苦しむ人々を助けることができるようになったし。他国での農業政策を参考に収穫物を増やす手伝いなども受け入れてもらえるようになった。


「……アリシア様、アリシア様?」


 随分物思いにふけっていたようだ。


 王国からの遣いの彼は私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。


「あら、いやあねえ。最近、疲れやすいのかしら」


 と私は笑ってごまかした。


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