ボッチは料理ショーを始める



「それじゃあ早速始めていくか」


 俺はテキパキと残りの材料と調理器具などを用意していく。


「ちょっと待って、その前にラップってそもそも料理できるの!?」


「一通りはな。と言っても日常生活を送る分には困らない範囲内だから自慢じゃないけど」


 早速俺は松の実を適当な皿に入れて広げるとオーブンの中に入れた。


「ちょっと待って荒牧くん、もしかしたソースを1から作るつもり?」


「ああ俺はそのつもりだぞ」


 そこで俺は家庭科室の冷蔵庫から冷やされたミキサーを取り出した。


「なんでわざわざ冷やされたのを持って来たの?」


 台の上に普通にミキサーが置いてあったから河南も疑問に思ったか。


「バジルって温度を上げると色が凄く悪くなるんだよ。だからジュノベーゼ作る時は低温の器具を使うのが1番だ」


 早速ニンニクを軽く切っていく。


 そっちの方がミキサーの中で回しやすいからな。


 あまりサイズを考慮する必要は無いからサクサクっと。


「良くも自分で1からソースを作ろうと思ったものね。普通にソースあるのに」


「せっかく材料が揃ってるんだから利用しない手は無いだろ」


 バジルは茎を外して葉っぱの部分のみをミキサーに入れていく。


「ピノーリまで入れていくのね」


「よく松の実のイタリアでの名称を知ってるな」


 さっきオーブンで温めていたそれを入れてから、ご丁寧に置かれていたチーズをチーズグレーターで細かく刻んであげると同時にミキサーに振りかけた。


 それからオリーブオイルと塩も同様にミキサーにぶち込んでいく。


「わあっ、そんなに入れるんだ!」


 蓋をしてスイッチオンにすると、緑のドロドロした液体がかき混ぜられて行く。


 クククっ……何だか儚い命を摘んでるようで背徳的な気分になってくるな。


「……うん、良い匂い〜」


 出来上がったジュノベーゼのソースを小皿に移し替えると、先程から温めていた鍋の水に塩を入れた。湯気が出てる辺りかなり良い状態になったしそろそろかな。


「こうやって沸点を上げておくのが大事だ」


 主に河南に語りかけるように言うと、余っていた麺をサッと鍋に入れた。


 それから隣にフライパンを用意してバージンオイルをかけると、パスタの茹で汁を少し入れてあげて混ぜていく。


「なるほど……フライパンを揺することでオイルとお湯を乳化させるのね」


 随分と勉強熱心だな藤村は。まあその横で河南も聞いてるから参考になるだろう。


「ねえラップ、なんでわざわざ茹で汁を入れたの?」


「パスタを加えたときにベースの下味にするためだ」


 麺が出来上がったのでシンクにステンレスザルを用意するとパスタを流し込んだ。


「……あれ?」


 河南も俺が水を切るときに少しだけ違和感に気づいたか。


 まあそれは後で説明するとして、ザルからパスタ麺をフライパンに移した。


 音がだんだん、フライパンが温まって来たのですぐにソースを加えた。


「最初に説明したと思うが、温度が上がり過ぎると色が悪くなるから手早くソースを入れて行くのがポイントだ」


「へ〜なるほどね」


 トングでパスタをかき混ぜてはフライパンを裏返す作業を淡々とこなしていく。


「……ぁ……」


「うわ、凄いって凄いよラップ!!こんなに料理出来たの?知らなかったよ〜!」


「ボッチで暇な時間が多いと勝手に特技が増えてしまうもんなんだよ」


「いえそれにしても……料理スキルが尋常じゃないと思うのだけれど……」


 やがてパスタのペーストが固まって来たので、茹で汁を入れて行く。


「あ、なるほど!それでさっき茹で汁少し残してたんだ!」


「そうだな、まあ入れるのは適量で十分だけどな」


 それから最後に塩を少し足してあげると完成だな、っと。


 再びかき混ぜ終えると、チーズを掛けつつ2人分の皿に盛り付けていく。


「随分味しそうね……」


「うわぁ……さっきから匂いも本当に美味しそうだし」


「さてと、これで河南の参考になってくれれば良いんだけどな」


「食材とミキサーの器を冷やしておくとここまで色鮮やかに仕上がるのは初めて知ったわね」


「ピノーリ、だっけ?も入れたら味にコクが出るのも知らなかったよ」


 まあ今回は材料が出揃ってたからって理由で松の実も利用させてもらったが、俺のはナッツ類アレルギーだからな、今回だけだ。


 とはいえ物欲しそうな顔で料理を見つめる2人が可笑しかったので声をかけた。


「遠慮するな、食べてくれ」


「ええ、そうね。有難く頂くわ」


「やったー!!それじゃあ、」


「「「頂きます」」」


 早速俺たちは目の前のパスタにかぶりついた。


 特に頬っぺたに掌を添えながら「うーんっ、ほんと美味いッ」って食べてくれる河南見てたら、料理人の冥利に尽きるってものだな。


 藤村も無表情なようでパスタ頬張ってる時は口角が若干上がってるし。


 やっぱり折角作った料理をそのようにして食べてくれると誰だって嬉しいものだな。


「ああ、我ながらも美味いと思うよ」


「そうだよこれは普通に店で出せるやつだよ──って!?」


「どうしたのかしら、河南さん?」


「だ、だってラップが食べてるパスタ私のじゃん!」


 そう、俺は先程から河南のパスタを食べていた。


 勿論焦げた部分を切り離して、だが。あれはとても食えたもんじゃないしな。


「な、な、なんでわざわざ食べるの!そんなもの食べちゃお腹壊しちゃうよっ」


「慌て過ぎだろ、大袈裟だ。けどまあ麺が硬いのは事実だな」


「まさか本当に毒味してくれるなんてね」


「アヤミンも酷いッ!?」


 人が作ったものを毒呼ばわりとは良い度胸してるんだな藤村さんや。


「しかもラップそれ全然美味しくないでしょ!?」


「確かにあまり美味しくないな」


「なっ……オブラートに包もうとしたって無駄だからっ、ほんとムカつくっ!!」


「は?おいバカ俺にお搾り投げるの辞めろって」


 こいつ俺の顔面に藤村の分までぶん投げて来たぞ、ガキかっての。


 ここでお世辞吐いて「美味しいよ」って呟いても誰にも得がないしな。


 それでも、


「まあ料理が出来てる俺が言うのも失礼かもだけど、別に良いんじゃないか?」


 河南の課題に対して思ったことを素直にぶつけることにした。


「どういう意味かしら?」


「つまりアレだ。男って生き物は単純だから、河南が渡そうと思ってる料理が手作りってだけで喜ぶもんだぞ」


「そういうものなの……?」


「ましてや河南はこの学校でアイドルのような存在だぞ?そんなお前が美味しくない料理を渡しても、頑張ったって努力が伝わりさえすれば男は泣いて喜ぶと思うぞ」


「……ねぇ、ラップも泣いて喜ぶものなの?」


「ん?当たり前だろ。それにちょうど今料理が不味くて泣きそうになってるし」


「やっぱりダメな奴じゃんっ!!」


 全く、喜怒哀楽の激しいヤツだな。


「……ふっ、けど有難う。食べてくれて」


 そう言って微笑を浮かべる河南だった。


「残すのは勿体無いからな」


 まあそれでも折角作ったものだから食べてあげてるだけなんだけどな。


 食べ物を粗末に扱うのは俺の美学に反するし。


「それで、どうするの、河南さん?」


 限られていた材料はもう底を尽きたからまた今度だろうな。


「ああ、うん。私は自分のやり方で向き合うことにするよ。幸いにもラップにお手本を見せてもらったことだし」


まあ本当に偉いことに、河南は俺の助言とかもメモしてくれてたようだからな。


そう言う人はすぐに上達出来るはずだ。


「だからアヤミンもラップも、本当に有難うね。えへへっ」


そうニッコリと微笑む河南はやっぱり美しかった。


そう思いながら俺も2人も残りのパスタを口の中へと運ぶのであった。

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