ボッチはお昼ご飯に誘われる
女性が男性を昼飯に誘うという行為は大抵自分に好意を寄せてる証拠と言えよう。
なぜなら同じ空間で食事を共に取るというのは相手を信頼している証でもあり。
例えば相手の好きや嫌いな食べ物の他にプライベートに関する質問タイムに発生されることも、何かしらの相談事を持ちかける時に使う常套句でもあるからだ。
なんなら「あ〜ん」し合ったりおかずを交換する際に間接キスが伴う場合が多い。
つまり向こうの女性は恋愛的な意味で心の距離を詰めたがっているケースもある。
──その相手の女の子が藤村彩海でさえなければな。
「藤村からの誘いだなんて今日は隕石でも降ってくるのか?何だか怖くなったぞ」
翌日の昼休み、俺と藤村は食堂の列に並びながらメニューの看板を見ていた。
「内心では舞い上がるほどに嬉しいくせに。照れ隠しをしなくても良いわよ?」
だがこちらを探るかのように向けられる周囲からの視線もやはり不愉快だな。
奥の方から露骨にこちらを見ながらヒソヒソ話す女性陣もなかなかウザいぞ。
「いやだってお前のように1人でいるのが好きな奴が誰かを飯に誘うとか珍しいだろ。周りの反応を見るに前代未聞の事態のようだぞ?」
当然あの高嶺の花とレッテル付けられている藤村が今こうして俺のような陰キャと並んでること自体が相当珍しいことだから、何気に注目を集めてしまっている。
「失礼極まり無いわね。オレンジジュースで良ければ奢らせてもらうけれど?」
「ガキかよ俺は。それにもはや固形物にさえなってないだろうが」
「冗談よ。ちゃんと奢ってあげるから何でも好きなものを食べてくれて構わないわ」
「やっぱり怪しいな。本当は裏で何か企んでるんじゃないだろうな?」
そもそも俺と藤村がこうして2人で行動するような間柄でも無いし露骨に不審だ。
その上俺は小中の体験を経て女子からの親切な行いには特別敏感だからな、実は水面化で俺を貶める策を弄していて何か裏がありそうな気がしてならないのだが。
「人からの愛情を素直に受け取るのを怖がる体質になったら人生終了するわよ?」
「そもそもお前から好意の類を向けられた試しが無いんだが?」
無愛想の権化から愛情がどうのこうの説教たらされても一切響かないんだが。
「本当はそこまで私からの愛情に飢えていたのかしら。放課後に私に踏みつけられながら土下座してくれたら囁いてやらないことも無いのだけれど?」
俺が人からの愛情に飢えているか……帰宅したときに家族との触れ合いで十分に補ってるつもりでも、こいつの言う通りに俺にも実はそんな面があるかも知れないな。
とはいえあからさまに藤村に煽られっぱなしにされてるのが癪に障るな。
ていうかそれ相手からの好意を正しく受け取れてない人が取る行動だよな?
「くっ……一々言葉選びがムカつくなぁお前」
まあ、人の金で食う飯は美味いらしいから今日はその背徳感に浸ってみるか。
ここは1000円近いデラックスカレーセットの大盛りでも頼んでおこうか。
「はいお待ちどうさま!スプーンはあちらで取ってくださいね」
ウッヒョお〜このチーズと牛肉のトッピングも本気で美味そうだ。
自分の分も取った藤村と一緒に適当な空き場所へと座って手を合わせる。
「頂きます」
まあ俺も家族も食事の度に「頂きます」と言う儀式は無いのだが、一応な。
「それじゃあ頂きます──ん?」
何のつもりなのかは毛頭分からないが、なぜか藤村は「頂きます」と言ってくれたら箸を持つこともなく、ひたすらにジーッと俺の横顔を見つめてくる。
「どうしたの荒牧くん?早く食べないと食事が冷めるわよ?」
「そのセリフそのままそっくり返すぞ」
俺の罠を知覚するセンサーが危険信号を放ってるし猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。
これは絶対に何かあるに違いない。無いわけがない。やはり女はいつだってそう。
「…………」
とはいえ俺も藤村もお互いの瞳を見つめ合ったまま動こうとしないから、それはそれで不審な行動だろう。客観的に状況を俯瞰すればただのバカップルだぞこれは。
「…………」
いやこれは不味い……。現にこちらの方を見つめながらコソコソ話し合ってる不特定多数の生徒たちが大勢いる。視線という視線が強烈に不愉快で今すぐ逃げたい。
いやだがうちの花園高校には手料理を食堂で食べなければならない決まりがあるせいでここから脱出する選択肢は俺には無い……何か俺にできる事はないのか?
「そんなに私の目を見つめて、まさか本当に惚れちゃったのかしら?」
コンニャロ公共の場のど真ん中でなに心にも無いことを言ってやがる。
こいつ明らかにまた俺を揶揄って楽しんでやがるなッ!
しかも折角のカレーが冷めるし周囲の視線も不愉快だしお腹空いたし。
「──あむっ」
もう思い切ってカレーセットに頬張ることにした。ああ美味いなこれ。
「それじゃあ早速だけれどあなたに新しい課題を出すわ」
──反射的に逃げようと立ち上がろうとするも時はもうすでにお寿司。
隣に座っていた藤村にガッチリと手首を掴まれる。何気に握力も強いなこいつ。
咄嗟なボディタッチでドキッとさせられるはずが相手がこいつだと凪の状態だな。
「ただ飯食らいをこの私が許すとでも思ったのかしら、荒牧くん?」
クソがああああああやっぱり罠だったじゃねえかこの野郎ッ!!
俺が一層女性不審に陥ったらどうすんだよ依頼の達成が遠のくだろオイ!?
ていうかお前こんなところで誤解されるような言動取ったら不味いだろ!
「……わかったわかったよ」
渋々と返事するがさっさと座り直してスプーンに手を伸ばす。
全くこいつは周りの視線が見えてないとでも言うつもりか?
「単刀直入に言うけれど、部員集めはあなたに一任するから自分で集めてきて」
やはり手段がえげつないなこの女。食べ物の恨みは怖いとも言うし。
なるほど俺のボッチとしての弱点も計算した上でこの場に誘き寄せたってか。
「……なんでわざわざ俺にやらせるんだ?藤村がやったら一瞬で集まるだろ」
仮にこの場で藤村が「誰かボランティア部に入りたい者は居るかしら?」と一言でも宣言したら、一瞬でダンス部の部員を凌駕する数の男子が揃うと思うぞ。
「私がやったらヌルゲーになるじゃない?折角だから手下……じゃなくて後輩に経験を積ませてあげるのが上司の立派な役目じゃないかしら?」
まあ俺も大体はその類の話が来ると思ってたよ。
「はいはいもう言い直さなくて良いからな。だからって俺に任せるのか?」
「ええもちろんよ、例えばあなたのクラスの河南さんなどでも良いわ。片岡先生の条件だと1人さえ仲間に引き込めれば良いんだもの。簡単でしょ?」
「──は?」
「そうね……誘うときはさりげなくでも、手を引っ張る形で連れて来ても問題が無いわ。人選も手段も全部あなたの自由にしていいわ」
「お前無茶言うなよ。高速道路並みに真っ直ぐとしたボッチライフを歩んで来た俺が、そんなリア充めいた言動を披露できるとでも思ってるのか?」
まあ仮の仮に全く知らない地域でテストプレイをするなら、失敗しても相手とはもう2度と会わないわけだから挑戦できなくもないが、学校では絶対に嫌だな。
と言うより俺がそんなことをすれば恥ずかし過ぎてスカイダイビングで飛び降りたり、真夜中のベッドで叫び散らかす自信しか無いのだが。
「出来る出来ないじゃなくて、やるのよ」
俺のことを自分の飼い犬のポチか何かと勘違いしてないかこの女?
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