第23話 迫り来るダンス部部長
翌日の木曜日の放課後がやって来ると、俺はラノベを求めて立ち上がった。
毎月の25日に俺が好きな作品のレーベルが、俺の追いかけてるシリーズの新刊を出したからな。売れ残らないように真っ先に駆け付けてから、今日も1人黙々といつもの場所でダンスの特訓に励もうって寸法だ。そう思って廊下を出ようとすると──
「ね、ねえ……」
「っ……木下さん? ……何か用か?」
その通りで教室のど真ん中で木下さんに引き留められたのだ。まさかクラスの皆も見てる前で話しかけられるとは思っておらずビックリしてしまった。
本来なら美少女に構ってもらえるのは嬉しいことだが、これはどれだけ控えめに表現しようともプチ事件だぞ……なんせ学年のアイドルとも評判が高い木下さんが、クラスの陰キャ(と周りから勝手にレーベルを貼られてる)に話しかけているのだ。
だがその程度のことなら優しい木下さんのことだし、恐らく事務連絡でも頼まれてて仕方なく絡みに行ったのだろうと思うところが──良く見てみると視線が一箇所に定まってないせいで、周囲から益々注目を集めてしまう結果となってしまっている。
「んと……どうした、そんなに慌てて」
グハっ……クラスの視聴率が10割なこの状況で発言するのは非常に荷が重い……数時間前にルナの美味しいお弁当を食べたはずなのに胃に穴が開きそうだ。皆の視線が億劫だ……とりあえず木下さんの要件を早く済ませてあげないと。
「ぁ、いや……別に慌ててるわけじゃ……」
「……そうか」
ありがた迷惑なことにクラスがシーンとしてて俺たちの事情を知ってる木下さんの親友たちまでが、俺たちの様子を見守ってるのが非常にやりづらい。けど俺もその気持ちがわからなくも無いんだよな……明らかに普段と様子がおかしいんだし。
「……その、すぐに言うべきだったのにずっと言い出せなくて……」
それも物理的な距離感が心持ち短めだし声にも緊張が孕んでるせいで、違う何かと勘違いさせられる程の迫力がある。……おいおいどうしたんだよ、木下さんのやつ冷静さを欠いたのか? 本来ならメッセージで伝えてくれそうなものを、緊迫感がありそうな空気を醸し出してるせいで、まるで告白場面のワンシーンのようだぞこれは。
「……何をだ?」
クラス全体がそんな空気に当てられたせいでハラハラしながら見守っているようだ……けど絶対にそうじゃないと思うぞ? きっと昨日からずっと悩みを抱えてるせいで、それがついぞ爆発してしまったに違いない……告白なんてありえないはずだ。
「大事なことなの……」
シャキッとせんかこのポンコツ弟子が……段々と殺意を帯びて来た男子の視線が辛くなったぞ。いかんいかん空気に呑まれるな。これ以上この状況を継続させていくとロクなことにならなそうだから今すぐに場所を変えるように木下さんを誘導するか。
「分かった、木下さん……ここじゃ話しづらいと思うから場所を変え『──おっ! こっちもHRがやっと終わったようだね〜!』」
「へ……?」
俺のセリフを遮るような形で教室の前方から、決して低くはないが凛と澄んだ大人っぽい女性の声が響いて来た。そちらを振り返ると真っ先に木下さんが反応した。
「み、ミユお姉ちゃん!?」
「ミユ先輩っ!!」
学校全体のマドンナ的な人物の登場に松本さんも驚きの声をあげた。
ダンス部の部長、
な、なんだよこれは。放課後になると学年のマドンナとも評判の木下さんに、うちの花園高校で1番可愛いと話題の木下先輩が俺の視界にドアップで映されている。
絶世の美女姉妹にわらわらと擦り寄って来られてるこの状況って、どんなラノベ主人公なんだよ俺は!? 先程の圧迫感もあったせいか心臓の高鳴りが余計に上昇する一方だし、落ち着かねえ。ていうか俺はどっちを選べば良いんだ!?
これは究極の運命の分かれ道になるのかも知れん……松本さんはどう思うんだ!?
「……よく分かんないけど、アンタの変な妄想に私を巻き込むなってのー」
「エスパーかよお前」
たまたますぐそばに居た松本さんにSOSの視線を訴えかけたら見殺しにされちゃった……流石に僕チン泣いちゃうぞ? この薄情ものが。
なんでそんな冷めた視線を俺に向けて来るのかね、俺が一体何をしたと言うんだ。
「やっほー皆! 長い長〜い授業が終わったところでお疲れだと思うんだけど、西亀を少し借りても良いかな?」
なぬ、何故俺の名前を知ってるんだ? 体験入部ではお互いに名乗らなかったはずなんだが……と一瞬不思議に思ったところで、俺が昨日木下さんに家族に俺との関係を全部言ってくれと伝えたのを思い出した。それで俺の名前も知られたんだろう。
どうやら弟子はちゃんと師匠の言いつけを守ってくれたらしい。
「も、もちろんですよミユ先輩っ! 東京湾に沈めるなり大砲で無人島へと吹き飛ばすなり!」
「どんだけナンパの件を根に持ってんだよお前」
まず無人島へと無事到着する前に俺大砲の中で死んでしまうだろ。一応この間も松本さんがあの時の第一声を気にしてると思って謝罪のメッセージを飛ばして満足してくれたように思ったのに、今更あのネタをこうして掘り返してくるのかよ面倒臭え。
ただ状況に1番困惑してるのは俺の方だったからなるべく木下先輩に目線を合わせないようにしてると、先程まで話していた木下さんと目があったので会話を再開。
「悪かった木下さん、それで要件は何だっけ?」
「あ……ううん、先ずはミユお姉ちゃんの要件を済ませてあげて」
「いや、お前の方を優先する。それで話は?」
例えばラノベ読書をしてる真っ最中に重要性の無いメールの類が突然やって来ても、当然俺は目の前の大事なことを優先するからそれと同じような感覚だ。
7つの習慣の第3の習慣『重要事項を優先する』項目で学んだ知識を早速実践してみても、やっぱりしっくり来るな。やっぱり本で得た知識は即活用するに限る。
「ぇあっ? それは、嬉しいんだけど……」
「へ〜?」
すると妹の方が困惑して姉が興味津津そうに目を細めて俺を見つめる結果になってしまった……あれぇ? あの書籍通りに動いたはずなのに予想と現実が上手く噛み合ってない気がするぞ……もしかして俺実践における手順でも間違えてしまったか?
「要件はお姉ちゃんも同じはずだから、先ずは行ってちょうだい!」
「そ、そうなのか? 分かった……」
「うんうん、聞いてた通りに面白そうな男だね〜」
いざ木下先輩の方を真面に見てみると何故か満足そうにうんうんと頷いていた……というよりまたあの新しいおもちゃを見つけた赤ん坊かのような視線を向けてきた。
いやまあ妹もそうなんだから姉が好奇心旺盛だとしても違和感は無いんだが、何ですかそのニヤニヤした笑みは……おい妹の方よ、家で一体何を話したと言うんだ!?
ちなみに奥の方で小山さんの隣にいたクロワッサンに目を合わせてみるとあいつまでニヤニヤしてた。うわあこりゃ明日以降もしばらくはネタにされそうだな。
それにしても木下姉の方が俺に2人きりでの用とは。それも妹の方と同じ内容と来たら……なるほど、俺たちの師弟関係に関することで話があるんだろう。
「それじゃあ行こっか!」
「そうですね──っ」
「なっ!?」
木下さんの許可も降りたことだしこのまま先輩と廊下へ行こうとしてると、突然俺の手首を掴んで来てリードするように導き始めたから突然のことでビックリした。
な、何事だ……俺は今からどこに連行されると言うんだ!? まさか体育倉庫? いや落ち着け俺、年齢=童貞の俺よ……木下姉なら他に幾らでも候補がいるだろ。
だいたいほぼ初対面の女性に逆ナンされてホテルインみたいな展開は妄想の中でだけの話だろ……そう思っていると何やら教室の中が騒がしくなり始めた。
「は!? オイんだよ今のっ!?」
「実はモテモテだったのか?」
「何であいつばっかり!!」
「くっそ……羨ましいぞ!」
いや俺は流刑時代の源頼朝じゃねえぞ!? 1番困惑してるのは俺の方なんだが。
そう思いながらも木下先輩の温かい手にされるがままに導かれる俺だった──。
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