スクール・カースト・ストラテジー

藤間 保典

第1話

「お前、生意気なんだよ」

 教室に大声が響きわたる。びっくりした僕はそっちを見た。目に映ったのは、袴田くんの拳が竹田くんの頭に振り下ろされようとしている姿だ。竹田くんは手で自分の頭を守ろうとしている。だが、間に合いそうもない。叫び声が上がる。

 けど、袴田くんの拳は空を切る。さっきまで彼がいた場所には、代わりに彼の身長と同じサイズの黒い箱が現れた。アナウンスの声が流れる。

「四年三組出席番号三十番、袴田武志。清桜小学校ルール四十三、学校内での暴力行為禁止に違反したため、排除しました。登校禁止は三日間です」

 数人の生徒が竹田くんの周りに集まる。原さんが彼に手を差し出した。

「大丈夫だった?」

「ありがとう。ここが仮想空間で助かったよ。じゃなかったらーー。想像するだけで怖いね」

「本当。袴田くん、乱暴だから。いつかこんなことになるんじゃないか、って思ってたけど」

「こういう時、今の時代の学生で良かったって思う。昔は放置されてたみたいだから」

「野蛮。袴田くんみたいな人が自由にできてたなんて」

「人間が先生をやってたんだ。限界があるのは仕方ないよ」

 わざとらしい。とんだ茶番劇だ。

 教室内の会話は全て記録されて、生徒の管理に使われている。ケンカが終わった後に近付いて手を貸すだなんて、ただのポイント稼ぎだろう。

 竹田くんだって被害者ぶっているが、怪しい。教室内での問題行動は大きな減点だ。違反行為で停学になれば、将来の進路にだって影響が出る。袴田くんがいくらバカでも、そのデメリットくらいわかっているだろう。それでも敢えて殴りかかったってことは、竹田くんに挑発された可能性が高い。

 だとしたら、竹田くんが袴田くんを罠にはめる理由はなんだろう。竹田くんはクラス委員長でみんなの人気者だ。一方、袴田くんはクラスの中心から距離を置いている五人のグループのリーダー。数では竹田くんが優勢だが、袴田くんのグループは圧を感じさせるメンバーが揃っている。牽制ってところだろうか。多くの人をまとめられることを示せれば、大人になったら良い仕事に就けるらしい。竹田くんは政治家志望みたいだから、そのための実績作り?

 怖い怖い。

 やっぱりクラスでは目立たないのが一番だ。注目されれば、それだけ周りから攻撃される機会が増える。実際に去年はクラス委員長が停学に追い込まれたクラスもあった。しかも、攻撃はAIにイジメだと認識されない方法で仕掛けるのが普通だ。わざと「排除」されるように仕向ける場合もある。表面上は昔より良くなったことになっているが、実際にはより陰湿になっているだけ。それを大人たちはわかっているんだろうか。大体、イジメを本気でなくしたいなら、仮想空間でわざわざクラスを作るなんて止めれば良い。社会性を育むためって言ってるけど、本当に必要なんだろうか。

 始業を報せるチャイムが鳴った。クラスメイトと話をしていた子たちも自分の席へ戻り、授業の準備を始める。僕も準備をしなくっちゃ。おでこに載せていたゴーグルを掛ける。レンズの内側にいつも通り先生が現れた。

「出席番号十五番、古池智基くん。授業をはじめます。この時間は微分積分の続きをやりましょう」

 先生が説明をはじめる。その内容を補足する画像データが同時に写し出された。僕は目を使って勉強するのが向いているかららしい。幼稚園に入る頃から収集されたデータを解析した結果みたいなので、自覚はないがそうなんだろう。実際、勉強が辛いと思ったことはあまりない。その点では今の時代に生まれてラッキーだ。昔は自分に合わない勉強法でも、それ以外には教えてもらえなかったらしい。

 今は教科だって自分に合ったものをやらせてもらえる。内容も各々違う。同じクラスの中で、同じ内容をやっている子は誰もいない。能力は人それぞれなのに、何で無理矢理同じようにやらせてたんだろう。やっぱり、人間が先生だったからなのかな。

 耳元のヘッドフォンから流れてくる音楽がテンポの早いものに切り替わった。おっと。授業に集中しないで、考えごとをしているのをAIに気付かれてしまったらしい。去年からの勉強の進み具合は今のところ順調なので、きっと良い成績がつくハズだ。こんなことで、無駄に減点されたくない。ちょうど買って欲しかったものがあるから、がんばらなくちゃ。僕は気持ちを切り替えて、授業に意識を向けた。


「それでは今日の授業はここまでにしておきましょう。いいペースで進んでいますよ。がんばりましたね。お疲れ様です」

 先生が画面から消えて、目の前に教室が現れた。まだ授業中の子がほとんどだが、同じように授業の終わった子が何人かいる。竹田くんに原さん、成績が優秀なメンバーばかりだ。ゴーグルを外すと、僕も授業が時間前に終わったことがバレてしまう。僕が授業をしている振りをしていると、ヘッドフォンから女の子の声がした。

「智基くん、お疲れ」

 佐野乃亜ちゃんだ。僕は声を出さず、メッセージで彼女に返事をする。

「お疲れ」

 僕は乃亜ちゃんの席を見る。だが、彼女の姿はそこにない。代わりにいるのは、大きなうさぎのぬいぐるみだ。

 通称、地蔵。

 元々は他人とのコミュニケーションが苦手だけれど、才能がある子のために用意された制度らしい。申告すると教室内で自由に行動したり、話をしたりできなくなるが、教室外も含めて他のクラスメイトから干渉されなくなる。それがまるでお地蔵様みたいだ、ってことでつけられているあだ名だ。

 本来なら乃亜ちゃんは僕に話し掛けられない。なので、彼女はハッキングしている。自分で望んだとはいえ、やっぱり話し相手が欲しいみたいだ。僕と彼女は幼稚園の頃からの友だちで、一緒にいるのが自然って気がする。それは彼女も同じらしい。だから、僕をルール違反の共犯者に選んでいるんだろう。

「今は何の授業だった?」

「微分積分。乃亜ちゃんは?」

「最近注目されてるプログラミング言語」

「すごいね」

「たいしたことないって。そういえば、面白いものを見つけたんだ。今度、見せてあげる」

「へぇ。何?」

「智基くんもきっと興味あると思う。って、そろそろ時限の終わるチャイムが鳴るね。じゃあ、また後で」

「うん」

 彼女からのアクセスは終業のチャイムと同時に切れた。僕はゴーグルを外し、ちょうど授業が終わったかのようなフリをする。

 それにしても、どうして乃亜ちゃんは地蔵になったんだろう。去年までは普通に授業へ参加して、女の子の友だちだっていたのに。一度だけ理由を聞いてみたことはあるが、言葉を濁されてしまった。このクラスの女の子と何かあったんだろうか。

 考えてみれば、まだ一学期なのにクラス四十人のうち五人が地蔵化している。全員、女の子だ。男女は同じ数なので、偏っている。

 まあ、女の子の世界は複雑みたいで、どんなクラスでも女の子が地蔵になることは多い。けど、地蔵も一定数以上になるとクラスが解散されてしまう。そうなれば、社会性がないとされて、全員がマイナス評価だ。もう上限まであまり余裕はない。これじゃあ、嫌なことがあっても地蔵になる訳にはいかなそうだ。

 それはさておき、今日の授業はこれで終わり。教室からログアウトする準備をしていたら、声を掛けられた。

「古池くん、ちょっといいかな」

 顔を上げると、声の主は伊東さんだった。彼女とはほとんど話をしたことがないけど、何の用だろうか。

「何?」

「古池くん、クラスでいつも一人でしょ。良かったら、私と仲良くしない?」

 僕は男の子のグループにも入っていないから、クラスで一人で過ごすことが多い。けど、それは僕が望んでいることだ。大体、今日初めて話したような子がなんでそんなことを言うんだろう。点数稼ぎ? 確かにクラスで孤立している子をグループに入れたら、ポイントになる。でも、そんなことに付き合って好きでもない子と一緒にいたくない。

「ごめん」

「どうして? 私のこと嫌い?」

「嫌いっていうほど、伊東さんのこと知らないから」

「これから仲良くなればいいじゃない。ひとりでさみしくないの?」

「僕、ひとりが好きなんだ。だから、放っておいてよ」

「なんでそういうこと言うの?」

 伊東さんは涙声になった。なんで泣くんだろう。女の子ってよくわからない。どうしようか。周りを見渡していたら、仲村さんが近付いてきた。

「和美、どうしたの?」

「古池くんが私と仲良くするのが嫌だって言うの。せっかく誘ったのに」

「何、それ。和美がかわいそうじゃない」

 仲村さんが僕に詰め寄ってくる。何、それ。どういう理屈なんだろう。僕のことなどお構い無しに彼女は言葉を続けた。

「あんたがひとりでさみしそうだから、優しい和美が仲良くしてあげるっていったのに。酷いじゃない」

「伊東さんにも言ったけど、僕はひとりが好きなんだ。だから、構わないでくれない?」

「そんなこと、よく言えるね。あり得ないんだけど。和美に謝りなよ」

「何で?」

「和美がかわいそうでしょ」

 どうしてそういう話になるんだろう。

「何を謝るの?」

「古池、そういうこと言うんだ。わかった。じゃあ、次の学級会で議題に上げるから。覚悟しておきなさい」

 なんでそういう結論になるんだ。あっけにとられている僕のことなんて無視して、仲村さんは泣いている伊東さんの手を引いて行ってしまった。

「何だったんだ、あれ」

 僕のつぶやきに答えるように、耳元で乃亜ちゃんの声がした。

「智基くん、大変だね」

「うわぁ」

 突然だったので、僕は思わず声をあげてしまった。慌てて周りを見たが、幸運にも僕を見ている子はいない。僕は彼女に抗議した。

「突然、びっくりするじゃん」

「ごめん。でも、厄介な子に目をつけられちゃったね」

「えっ、あの二人?」

「違う。原さんのこと。二人は彼女に言われて、智基くんのところへ来たんだと思う」

「どういうこと?」

「原さんが今のクラスで女の子の実質的なリーダーだから」

 普通は女の子のクラス委員が中心になる。けど、その白石さんは乃亜ちゃんと同じく今は地蔵だ。

「へぇ。誰が白石さんの代わりをしてるのかわかんなかったけど、原さんだったんだ」

「そう。それが彼女の怖いところ。原さんはハッキリと指示しない。けど、相手に自分が何を求めているか分からせて、従わせちゃう」

 本来、学校のルールでは他人を振り回す生徒にはペナルティが課される。けど、AIも進歩しているとはいえ、言葉の裏に隠されたニュアンスを読み取るのはまだまだ苦手だ。その手段だったら引っ掛からない。

「でも、ハッキリ言わないんでしょ。従いたくなかったら、わからないフリをすれば良くない? 学級会なんて、逆にペナルティを課されるかもしれないのに」

 学級会で悪いことをしたと認められれば、相手に罰を与えられる。けど、学級会がイジメに悪用されないよう、訴える方も主張の正しさを評価されるのだ。なので、簡単には使えない。

「無視できないように人の心をコントロールするのが上手いの。対抗できそうな子を全員地蔵にさせちゃったから、残ってる子は原さんに従うしかない」

 なるほど。だから、このクラスは女の子に地蔵が多かったんだ。地蔵になれば、クラスメイトとやり取りができなくなる。だから、自分が罠にはめられたことにも気付けない。

「もしかして、乃亜ちゃんも?」

「私は面倒に巻き込まれたくなかっただけ。でも、止めとけば良かった。これじゃあ、学級会で智基くんを助けられないもん」

 乃亜ちゃんの声は悲しげだ。僕は彼女になんて言ったらいいんだろう。大丈夫って言うのは、乃亜ちゃんの力が要らないみたいだ。けど、困ると言ったら彼女は自分を責めてしまうだろう。いや、複雑に考えなくていい。シンプルな言葉が一番だ。

「乃亜ちゃんはこうやって相談に乗ってくれてるじゃん。僕ひとりだったら、原さんが黒幕だなんてわからなかったよ」

 乃亜ちゃんの声はさっきよりトーンが上がった。

「そうね。今さらどうしようもないことをくよくよ言ってても仕方ないか。作戦を考えましょ。まずは学級会のルール確認」

 僕たちは学級会の予定が書かれているサイトにアクセスする。

 既に伊東さんから、今回の件について議題が上げられていた。議決権数はクラスの人数と同じ四十。さて、ルールはどうなんだろう。データベースを確認する。

 訴える側と訴えられる側に各々、弁護人が付く。双方が主張して、過半数以上を取れればペナルティを課せる。さらに三分の二以上の賛成を得られれば、相手の停学も可能だ。

 乃亜ちゃんが声を上げる。

「あら。これだったら智基くん、負けないと思うよ」

「何で?」

「まず弁護人だけど、誰も付かなかったら竹田くんがやるでしょ。そうすれば、竹田派の男の子十四人はこっちに付く」

 僕がクラスで仲が良いのは、乃亜ちゃんだけだ。彼女が弁護人にならないなら、誰もやる人はいない。クラス委員長の竹田くんは性格的に出てきそうだ。彼はポイントを稼げるが、失うものはない。

「次に袴田くんが、あの話で女の子に付くとは思えない。これで五人。女の子が全員仲村さんに入れても、十五人でしょ。だから、負けない」

「ふぅん。元々勝てないんだ。じゃあ、なんで学級会なんて持ち出してきたんだろ」

「学級会って言えば、智基くんがびびって言うことを聞くと思ったんじゃない?」

 確かに乃亜ちゃんがいなかったら、どう対処して良いのかわからなかっただろう。

「何をしたいのかな?」

「原さんは何でも自分の思い通りにしたいみたい。女の子は制圧したから、次は男の子も取り込みたかったんでしょ」

「でも、何で僕?」

「他の子は竹田くんか袴田くんが後ろにいるもん。まずは孤立してる智基くんを狙ったってところかな。まず弱いところを取り込むのは王道だよね」

 いきなり女の子が男の子の中に入っていくのは難しいから、入りやすいコマが欲しかったってところか。とはいえ、クラスメイトに「あれ、いたの?」って言われる僕が役に立つかはよくわからないが。

 乃亜ちゃんが冷たいトーンで呟く。

「でも、なんか悔しいよね」

「何が?」

「このままいっても学級会では負けない。けど、黒幕の原さんを引きずり出して、仕返ししたいじゃん」

「別にいいよ。僕、ケンカは好きじゃないから。大体そんなことしたら、クラスの注目を浴びちゃうもん」

「けど、今回は乗りきってもまた仕掛けてくるよ。下手に手を出したらダメだって警告くらいはしたいよね」

 とはいえ、そんなことできるんだろうか。原さんが問題行動をしているってみんなにわかる証拠でも掴んでもないと難しそうだ。

「材料って何かある?」

「んー、そうだ。授業の時に話をした面白いものを使えばできるかも」

 乃亜ちゃんはその内容を僕に耳打ちした。

「ふぅん。それで何か見つかるかな?」

「多分。けど、やっぱり女の子の支持は難しいかな。原さんに逆らったら、後が怖いもん」

 何か方法はないだろうか。僕はルールが書かれたデータベースに改めて目を通す。あれ、これってーー。僕は思い付いた仮説を乃亜ちゃんに伝えた。

「確かに。智基くん、よく気がついたね。先生に確認しよ。本当にそうだったら、きっと原さんを不意討ちできる」

 乃亜ちゃんの答えを聞いて、僕の身体が震えた。これは恐怖だろうか、それとも興奮なのだろうか。


 終業のチャイムが鳴る。これであとは学級会だけだ。僕の席へ仲村さんが来た。その影に隠れるように伊東さんもついてきている。仲村さんは僕の机に手を叩きつけた。

「今からでも遅くないから、和美に謝ったら? そうしたら、取り下げてあげる」

「仲村さん、それ本心?」

 仲村さんは一瞬、言葉に詰まった。が、すぐに言葉を続ける。

「当たり前でしょ。あんた、やっぱり反省してないんだ。この後、絶対に頭を下げさせてやるから」

 彼女は言い捨てると、自分の席へ戻って行ってしまった。

 先生が教壇の前に映し出されて、声が響く。

「今日は伊東さんから古池くんに言いたいことがあるようなので、その話をしましょう。二人とも、前に来てください」

 声に従って、僕と伊東さんが前へ出る。先生は言葉を続けた。

「続いて、二人の弁護人になってくれる人は立候補してください」

 仲村さんが手を上げて、前へ出て来た。他のクラスメイトは僕の顔を見る。教室内はシーンと静まりかえった。少しして、竹田くんが立ち上がる。

「誰もいないんだったら、僕がやるよ」

 予想通りだ。竹田くんも前へ来る。準備が整ったのを見計らって、先生が宣言した。

「それでは学級会をはじめます。まずは伊東さんから今回の議題を説明してください」

 仲村さんが立ち上がって、話をはじめる。

「古池くんがひとりでいるのが可哀想だから、伊東さんが『仲良くしない?』って誘ってあげたんです。なのに、彼は伊東さんの好意を踏みにじった。私、古池くんの仕打ちが許せなくて。彼には伊東さんへ謝って欲しいです」

 女の子の中から、伊東さんへの同情と僕を非難する声が上がる。こんな酷い説明で、この反応。やっぱり女の子たちはグルらしい。

 竹田くんも怪訝そうな顔をしている。彼は僕の顔を見て、尋ねてきた。

「仲村さんは『古池くんが伊東さんの気持ちを踏みにじった』って言うけど、実際には何を言ったんだい?」

「僕は『ひとりが好きだから、構わないで』って答えた」

「わかった。いつの会話か、わかる?」

「うん」

 僕が時間を伝えると、竹田くんは先生に向かって言った。

「古池くんはひとりで過ごしたいから、断った。僕は彼の意思を尊重すべきだと思う。会話の内容を確認した方が良いと思うので開示請求をします」

「許可します」

 竹田くんが時間を指定すると僕と伊東さん、仲村さんの会話が再生される。今度は男の子の方から「別に古池、悪くない。ただの言いがかりだろ」って野次が飛ぶ。

 仲村さんは机を強く叩いて、立ち上がる。

「言いがかりじゃない。古池くんは人の気持ちがわからない人なんだから。さっきだって、私に『それ、本心なの?』って言ったんだよ」

 再び竹田くんが僕の方を向く。僕は彼に自分が話をすると伝えて、立ち上がった。

「その理由を説明します。僕は仲村さんが今日の学級会を開いたのは自分の気持ちじゃないと思ったからです」

 竹田くんはびっくりした顔で僕に尋ねる。

「えっ、どういうこと?」

「今日の学級会は、僕を攻撃するために仕組まれたものだってこと」

「誰がそんなことを?」

「原さん」

 僕の声を打ち消すように原さんは大きな声を上げた。

「古池くん、ひどーい。私がそんなことする訳がないでしょ。自分が学級会にかけられたからって、関係ない人を巻き込むのは良くないと思います」

 彼女は平然としているが、周りの女の子たちはざわついた。僕は言葉を続ける。

「証拠はあります。先生、クラス内での会話の開示請求をお願いします」

「許可します」

 僕は日時を指定して、先生へ伝えると会話が再生された。原さんの声がする。

「伊東さん、私思うの。ひとりで過ごしている子ってどう思う?」

「私、ひとりにしておけない」

 答える声は震えている。

「伊東さん、やっぱり優しい。きっとそういう子がいたら、男の子でも'仲良くしましょ'って言っちゃうんだろうな」

「うん」

「素敵。でも、男の子って妙にプライド高いから断ってくるかも。仲村さん、そんなことになったら伊東さんが可哀想じゃない?」

「和美を傷付ける子は私が許さない」

 仲村さんの答える声もやっぱり震えている。

「うんうん。二人って本当に仲良しだよね。きっと何でもできると思う」

 再生が終わると原さんが金切り声をあげた。

「これのどこが証拠だっていうの。何も指示なんてしてないでしょ。大体、私たちがどんな話をしたか知っているなんて変。何か不正でもしてるに決まってる」

 出所は乃亜ちゃんだ。彼女が見つけた面白いものとは、生徒が通常は確認できない教室内の会話ログへのアクセス方法だった。ログを見られるなら、特定の会話を見つけ出すなんて乃亜ちゃんには簡単なことだ。

 原さんはわめいるが、聞いている人間は彼女の主張が正しいとは思わないみたいだ。竹田くんはここぞとばかりに声を上げた。

「僕はそうだとは思わない。みんなにも意見を聞いてみたいな。先生、『原さんが首謀者かどうか』について多数決を申請します」

「許可します」

 クラスの前にあるボードにイエスとノーに分けられた画面が写し出される。

「じゃあ、原さんが伊東さんと仲村さんをけしかけて、古池くんに対する学級会を開かせたと思う人」

 竹田くんの声に従って、イエスへ二十票入った。全て男の子だ。原さんは微笑みを取り戻した。

「男の子って嫌ね。女の子がやったら、何でもおかしいって言うんだから」

 竹田くんも平然とした顔をしているので、想定内なんだろう。女の子の中で態度保留が少しでも出れば良いと思っているのかもしれない。だが、彼が再び口を開こうとしたその瞬間。イエスの画面に異変が起きた。票が五つ加わったのだ。床が強く何度も踏まれる音がした。見ると、原さんが凄い形相でクラスの女の子たちをにらんだ。

「誰よ、裏切り者は。誰が投票したかなんて、調べればわかるんだからね」

 彼女はボードを確認したのだろう。さっきまで真っ赤だった顔が急に白くなる。

「って、何で?みんな地蔵にしたのに。どういうこと?」

 これがもうひとつの罠。実は学級会には地蔵も投票権がある。とはいえ、普通はクラスの情報を遮断されるので、地蔵になった子が投票権を使うことはない。だが、このクラスには乃亜ちゃんがいる。僕と話せるように、乃亜ちゃんは地蔵になった子とも話ができる。彼女たちは原さんに排除された子たちだ。今回の話をしたら、当然協力してくれると言ってくれた。

 とはいえ、25票では三分の二以下だ。原さんを停学へ追い込むには、あと一票足りない。

 けど、女の子たちの中には原さんの言うことを聞くのが嫌な子だっているハズだ。僕は画面を見つめる。

 ピ。

 静まり返った教室に電子音が鳴り響いた。それに続くように音が続く。そして、アナウンスがされた。

「三十人のクラスメイトがイエスに投票しました。学級会ルール、三十二に従い、原さんの行為を問題行為と認定します」

 原さんがさっきまでいた場所を見ると、彼女の身長と同じサイズの黒い箱が立っていた。


 僕が朝礼のために学校へログインすると、クラス内に最近見なかった顔ぶれが混じっていた。地蔵になっていた子たちだ。後ろから乃亜ちゃんの声がする。

「智基くん、おはよう」

「おはよう、乃亜ちゃん。地蔵になってた子たちがいるんだけど」

「そうね。原さんが教室へのログインを凍結されたでしょ。それに合わせて、復帰が認められたみたい」

「乃亜ちゃんは?」

 彼女の席には相変わらずうさぎのぬいぐるみがいる。

「私は関わるのが面倒だって、自分から地蔵になったから」

「そんな」

「いいの。私、女の子の集団って苦手だもん。それにこうやって智基くんとは話せる。今回だって私が地蔵になってたから、智基くんを助けられたんだから」

「乃亜ちゃん」

 その時、教室でざわついた声が聞こえてきた。なんだろう。そちらを見て、僕は自分の目を疑った。

 凍結処分になったはずの原さんが立っていたのだ。彼女は脇目もふらずに僕の机の前まで歩いてきた。

「おはよう。古池くん」

「原さん、何で?」

「ふふふ。女の子には秘密があるの」

 そういえば。優秀な生徒の中には特権が与えられるという話を聞いたことがある。原さんは学外のコンクールで、賞を取っている子だ。学校側が特別に配慮したのかもしれない。

 僕の顔を見て、原さんは微笑む。

「そんなに警戒しなくても平気。今は制限が付いてるから。それに古池くんには感謝してるの」

「何を?」

「これまで学校って退屈だった。全て私の想像の範囲内なんだもん。でも、古池くんみたいな予想外な子がいるってわかった。これから楽しみにしてるね」

 原さんはウインクすると僕の返事を待たずに自分の席へ戻っていった。

 これって原さんに目を付けられたってことだよな。いや、彼女だけじゃない。他のクラスメイトも僕を興味津々の目で見ている。やっちゃった。平穏無事に過ごす計画が、これでパアだ。僕は頭を抱える。

 けど、原さんが黒い箱になった瞬間は確かに爽快だった。思い出すだけで、胸がドキドキしてしまう。また味わいたい。そんな衝動に僕は気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スクール・カースト・ストラテジー 藤間 保典 @george-fujima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る