第15話 ナル2

 この御主人様も、私の扱いに慣れてきたようね。ちゃんと時間通りにご飯もくれるし掃除もしてくれる。爪を切るのは下手だけど、私好みの爪研ぎの紙も用意してくれている。

 この家も気に入ったわ。大きな鉄の扉の外にも私の縄張りを作れたし、まあまあ満足しているわよ。


 そんなある日、御主人様が私を追いかけ回して箱に入れようとする。このピンク色の箱に入れて、また違う場所に連れて行ことしているんだわ。


「私はここが気に入っているのよ。他の場所にはいかないわよ」


 無理やり私を捕まえようとする御主人様の手から逃れる。すると今度は白い網を被せてきた。しまった! これだと逃げられないじゃない。あまり暴れると怪我してしまいそうだわ。大人しくするほかないわね。

 結局あのピンク色の箱に入れられて、外に出る事になった。鉄の扉が閉められて、私の縄張りの廊下が遠くなってしまう。やっぱり住み慣れた場所を離れて、また別の所に連れて行く気なのね。


 ここはどこかしら? 木の扉の中に入ると、変な臭いとあの憎たらしい犬なんかもいるじゃない。でもあいつらも私と同じ箱の中に入っている。危険は無さそうね。

 その後、銀色の大きな台の上に乗せられて、なんだか耳を弄られている。気持ち悪いわね。一体何をしてんのよ! すると今度は耳の中に冷たい何かが入って来た。


「うひゃー。何よこれ!」


 びっくりして飛び退こうとしたけど、二人がかりで押さえられて動くことができない。それが終わると、邪魔な紙を首に巻き付けられて、痒い耳を掻くこともできないじゃない。いったい私に何をしたのよ。

 耳の中が気持ち悪いし、またピンクに箱に入れられて自由に動くこともできない。もどかしくて箱の中で足をばたつかせていたら、いつの間にか、御主人様と元の家に帰って来ていた。

 良かった、またここに戻ってこれたのね。ピンク色の箱から私を出してもらって、御主人様が耳を優しく掃除してくれている。やっぱり御主人様は優しいわね。痒かった耳も私の代わりに掻いてくれてやっと落ち着けたわ。



 翌朝。いつものように起きてトイレに行こうとしたけど真っ直ぐに歩けない。いったいどうしたのかしら。何とかトイレまで行ったけど、部屋中がグルグル回っていて立つこともできなくて、トイレの中で倒れてしまった。


「ご主人様! ご主人様! こっちに来て!」


 大きな声で呼ぶと私の傍に来てくれて起き上がらせてくれた。トイレを済ませたけど上手く砂を掛けられない。


「何だか変なの! 周りが回っているわ」


 ご主人様は私を抱き上げてくれたけど、体に力が入らない。あの箱に入れられて昨日行った、あの変な臭いのする家に連れていかれた。


 御主人様がこの家の主人に何か言っているようだけど、よく分からない。でも私の事を心配してくれているようだわ。

 いったい私はどうなったの。別の小さな鉄柵の箱に入れられて、私はじっとしている事しかできない。まだ部屋の中がグルグル回っている。

 ――そして御主人様もいなくなった。


「私はここで死んでしまうの?」


 いいえ、そんな事は無いわ。御主人様の姿が見えなくて、すごく不安になって変な事を考えてしまっただけよ。幸いここは狭くて安全な場所のようだわ。

 周りを見ると私と同じように鉄柵の箱に猫や犬がいれられている。向いにいる犬が寂しいだの、ここから出せなどとキャンキャン吠えている。


「ほんと、バカな犬よね。無駄な体力を使って回復が遅れるだけじゃない。あなたもそう思わない?」


 隣りの鉄柵の箱にいる黒猫さんが話しかけてきた。私はまだ目が回っていてぐったりと寝ている事しかできない。


「あなた、ここは初めて? ここは病気や怪我した子たちが来るところよ。ここは安全だから安心して横になっていなさい」

「私……体が変なの。こんなの初めてで……」

「大丈夫よ。ここの家の主人はそんな子たちを治しているのよ。私は歳をとって三回ここに来てるけど、ちゃんと治って元の家に戻っているわよ」


 そうなのね。ここにいればこの体も治って、また御主人様とも会えるのね。とにかく今はじっとして休んで、回復するのを待てばいい。

 この家の主人も私にご飯をくれる。硬くて不味いご飯だわ。でも今はこんなご飯でもしっかりと食べて早く体を治さないと……。


 この家に来てどれくらい経ったのか、ここの主人と女の人が時々私を見に来るけど、私の御主人様は来てくれない。隣にいた黒猫さんはちゃんとご主人様が迎えに来て自分の家に帰っていたわ。私は見捨てられたのかしら……。

 そんな事無い……あの人がそんな事するはずは無いわ。私といつも一緒にいてくれたあの人……。


 長い時間が過ぎて、懐かしい御主人様が私に会いに来てくれた。


「御主人様!」


 私を見捨てたんじゃなかったのね。まだ体の調子はおかしいけど御主人様の方に体を寄せる。狭い柵の間から指を入れて頭を撫でてくれた。

 私が弱っている間はこの安全な場所に居ろという事ね。分かったわ。ご主人様がいなくて寂しいけど私、ここで頑張るわね。


 また長い時間が過ぎた。身体の調子は段々と良くなってきている。これならもう大丈夫だわ。


 御主人様が私を迎えに来てくれた。やっと会えた御主人様は、優しい顔で私を抱き上げて撫でてくれる。

 そうね、このピンク色の箱の中に入ればいいのね。そうすれば、あの懐かしい御主人様と私が暮らしていた家に帰れるのね。

 変な臭いのする家からやっと出られた。だんだんとご主人様の家に近づいているのが分かる。


 最初この家に来たときみたいに鉄の扉を開けて、私が入っているピンク色の箱を床に置いてから前の入り口を開けてくれた。懐かしい臭いのするこの家にやっと帰って来れた。

 私は御主人様と一緒に一番奥の部屋へと向かう。いつものクッションに腰を下ろした御主人様に甘える。


 御主人様と離ればなれになって過ごした長い長い時間。本当に寂しかったのよ。

 今日からはまた御主人様と一緒に暮らせる。いつもの私の生活が帰って来たわ。




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【あとがき】

 お読みいただき、ありがとうございます。


 今回で第一章は終了となります。

 引き続きお付き合いくださいますよう、お願いいたします。


 次回からは 第二章 開始です。お楽しみに。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 ハート応援や感想など頂けるとありがたいです。

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