第3話 猫用品

「さて、俺も朝飯にするか」


 俺の朝はいつものトーストとハムエッグ、そして牛乳だ。あなたはコーヒー派、それとも紅茶派? などと聞かれる事はあるが俺は牛乳派だ。暑い時は冷たい牛乳、冬はホットミルクに限る。

 でもそんな事を人には言えない。三十歳を過ぎたいい大人が、あなた子供なのとバカにされてしまうからな。だが俺はコーヒーが全く飲めない。お腹の具合が悪くなるのだ。だから人に言うときは紅茶派と言っている。


 できたトーストとハムエッグを持って奥の部屋に行く。


「おっと。このガラス戸はしっかり閉めておかないとな」


 朝食をナルに邪魔されたくはない。一人だと少々扉が開いていようが関係なかったが、ナルがいるからこれからはしっかりと閉める習慣をつけないとな。


 食事を終えてゆっくりテレビを見ていると、キッチンの方からガラス戸を引っ掻く音がする。ガラス戸を開けると俺の足にまとわりついて来る。またこの部屋で遊びたいのかもしれんな。


 あいにく猫じゃらしのような遊び道具はここに無い。雑巾にしようと思っていた古いタオルがあったな。戸棚に押し込んでいた古着の中からタオルを取り出す。


「ほれ、ナル。このタオルを捕まえてみな」


 俺はナルの頭の上で、派手な色のタオルをひらひらと揺らす。ナルが掴もうと手を伸ばすが掴まれないようにもっと上へと持ち上げる。

 諦めたのか、両手を床に降ろしたナル。だが次の瞬間飛び跳ね顔付近まで飛んできた。そして俺が手に持っていたタオルを両手でしっかりと捕まえる。


 うわっ。こいつこんなに飛べるのか!

 驚いて後ろに倒れて、仰向けになった俺のお腹の上に、タオルと一緒にナルが着地する。


「ぐぇっ!」


 不意を突かれて、みぞおちに強烈な一撃を食らってしまった。クリティカルヒットだ。ナルが尚もタオルを引っ張て、キッチンの自分の領地へと持っていこうとする。


 そうはいくかよ!

 タオルを引っ張て持っていかれないようにナルごと引きずる。力では俺の方が上だ。引っ張られて仰向けになり、背中を床に引きずられて体が伸びたナルの手からタオルが離れる。


 ガバッと起き上がったナルが、俺の手にしたタオルにまた飛びついてきた。今度は取られないように口で噛んで両手の爪を引っ掛ける。宙に持ち上げようとしたがナルの勢いがすごくて床に引っ張られる。


 猫に負けてなるかと、タオルごと上に持ち上げるとナルは取られまいと足で俺の胸に蹴りを入れてくる。ナルとタオルで取っ組み合いをしていたら、タオルがボロボロになってしまった。


「はぁ~、仕方ないな。そのタオルはお前にやるよ」


 戦利品を勝ち取ったナルは、悠々とタオルを咥えてキッチンへと歩いて行く。戦いに敗れて俺はトボトボと奥の部屋へと引っ込む。遊んでやるつもりが、俺が遊ばれてしまった。




 さて、そろそろ店が開く時間だ。今日の休みのうちに猫用品を買い足しに行かんとな。もらった猫砂は後一袋と少し。餌は十六缶のうち二缶を使っている。後一週間ぐらいは持つだろうが次の休みまで予備品として在庫しておきたい。


 近所には駅の高架下に小さなスーパーと駅の向こうに大きなスーパーがある。このマンションからは歩いてすぐの場所だ。駅まで歩いて三分。その立地条件の良さからこのマンションの一室を借りることを決めた。古くて家賃もそれなりに高いが便利な場所だ。


 出かけようとキッチンに行くと、さっきまでナルが遊んでいたタオルがボロボロになって床に置いてある。遊び飽きてそのまま放置したのだろう。何とも気まぐれな猫だ。ナルの姿を探したが見当たらなかった。冷蔵庫の上にも居ない。


 ナル用のトイレを置いたサイドテーブルの反対側、壁の方に丸まって寝ているナルを見つけた。これなら俺がいなくても大丈夫だろう。俺は扉を開けて一階の駐輪場に行き、自転車に乗って一番近いスーパーへと向かう。

 高架下のスーパー。食料品を主に売っている店だが、ペット用品や餌なども売っている。


 小さなスーパーで、ペット用の棚にある用品の品数はやはり少ないな。今使っているのと同じ猫砂は置いてあったが、ナルが食べていた同じ缶詰の餌は無かった。

 駅を越えて反対側の大型スーパーに行ってみる。ここは一階に食料品、二階に衣類などが売っている。三階には日用品や100円ショップもある。ショッピングモールという程大きくはないが、それなりの商品は置いてある。


 ペット用品や餌などは一階の奥、別コーナーとして設置してあった。猫砂もあったし餌も同じメーカーの物が何種類か置いてある。ここなら全部揃いそうだな。


 他のペット用品も見て回る。これは猫用のブラシか……だが高いな。金属製のブラシで二千円近くする。こっちは四千円だと! たかが猫のブラシでなぜそんなに高いんだ。猫じゃらしも売っていたが千円近くしているじゃないか。


「こりゃ、先に100円ショップだな」


 猫砂や餌は仕方ないが、その他の物は安くても十分だろう。

 テレビで芸能人が自分のペットを自慢している映像を見ることがある。広い部屋や庭で何頭ものペットが飼われていた。特別な餌を与えているとか、トリミングサロンに通っているだとかペットにいくら金をかけてんだよと思う。


 金が余っているから使うのはいいが、何頭も一緒に暮らすペット自身はそれで幸せなのか? 飼い主がペットに囲まれて幸せだと思っているだけじゃないのか? 俺はああいうのはどうも好きになれない。


 ナルとはこれから先ずっと一緒に暮らしていかないとならない。お互い無理のないように暮らしていきたいもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る