014 仲直り

 ユーノスは無事に崖下に辿り着いた。その間に通信魔機から聞こえてきた上でのやり取り。アレスが必死に逃げては攻撃を避け、緊急時にはストッパーのスクロールで囲った中に入り防壁を展開。

 ネロエの防壁発動タイミングも完璧だった。パシティアはその間に回復ポーションを持って駆け寄りアレスの負傷部位へ振り掛ける。


 ユーノスは担架に固定されたクレームタロウ・ゴーレムを背中に担ぎ登り返しの準備を行う。黙々と作業を続けているが心中穏やかではなかった。

 この逃げるしかないという事態を招いたのは自分のせいだと。売り上げや黒字を出すといった課題しか見えていなかった結果であり、宿屋の息子で知識もあったという傲慢。

 スタッフルームでパシティアから言われた内容は正しかったのだ。間違っていたのは自分だと。

 冷静に考えれば分かるはずだった。回収の失敗は退学で赤字は学内清掃。重きを置くのは回収の方だと。しかし、自分なら全滅回収もして黒字にすることだって可能だと高を括っていた。


『魔機の畜魔装置バッテリーが1万ルケを切りました。ストッパーは後五回が限度です!』

『はぁはぁはぁ。――了解』

『いざとなったら私が出るわ! ヤバくなったら交代よ!』

『うるせえ! はぁはぁ、お前はヒーラーだろうが! ユノが回収してきたやつの為に魔素も温存だ!』

『そうですよ! ヒーラーがやられてしまったらそれこそ全滅です!』

『……分かったわよ!!』


 登り返しながらユーノスは自身への苛立ちが募っていく。せめて一つでもマジックポーションを用意しておけば――。たったの4万ポイントをケチったせいで――。せめてストッカー用の遠距離武器でも準備しておけば――。回収用の魔道具を買っておけばもっと簡単に回収できた――。どれか一つでもあれば状況は大きく違っていた。と。


『バッテリーが切れます! もうストッパーは使えません!』

『はは。なんてこったねぇ!! 避ければいいだろうがよ!!』


 ユーノスがやっとのことで崖上まで登り切った。


『崖上までの回収完了』

『急いで下さい! 逃げますよ!』


 ユーノスの視界にボロボロになっているアレスが入る。


『ユノよくやった! 早く逃げんぞ!!』

『う、うん!』

『皆さん聞いてください! 逃げるにも時間稼ぎが必要です! ボクの合図でアースロックを三人で放ってください!』


 アレスが突進を避けてゴーレムに少しの隙ができた。ネロエはこのタイミングを見逃さない。


『今です!』


 三人が唱えた束縛魔法アースロックによってゴーレムは土の触手に絡めとられていく。しかし力が強いため今にも振りほどいてしまいそうである。


『今のうちに逃げましょう! すぐに抜け出してくると思いますがやらないよりましです!』


 足場の悪い下り坂を四人は転がるように逃げた。途中何度も追いつかれるが、その度にアレスとユーノスがアースロックを使って凌いだ。


 そしてレッドの敷地からでるとゴーレムが追ってくることはなかった。


 無事に自分達の宿屋へ辿り着いた四人とクレームタロウ(意識不明)。外はすっかり夜。

 アースロックの連発による魔素枯渇状態のアレスとユーノスは強烈な吐き気と頭痛により受付前の床に倒れ込んでいる。

 パシティアはクレームタロウを客室に運び治癒術を掛けて回復させている。ネロエの指示により魔素を温存していた為かなりの余裕が残っている。

 ネロエは宿屋の扉に準備中の看板を掛けた。


「店は閉めました。この状態では何もできそうにありませんからね」

「うー。今ならマジックポーション飲めるかもぉ……」

「僕もぉ……」

「はぁ。二人ともだらしないですよ! たかが魔素枯渇症状じゃないですか!」


 半分白目になっているアレスは反論したいが、頭痛により諦める。

 普段から魔法を使わない二人には親しみの無い症状。この日を境にアレスはパシティアに少しは優しくしようと心にちょっとだけ刻んだ。


 治癒を終えたパシティアが『おお! 全滅してしまうとは――』と決まり文句を告げて受付に戻ってくる。倒れている二人を見て大きくため息を吐いた後厨房へ向かった。そして調味料の塩を適当に摘まんで二人の元へ。


「これ舐めなさい。少しは楽になるから」


 強引に足蹴で仰向けにして二人の口に塩をサラサラと入れた。


「うー。――しょっぺーなぁ」

「うへー。――なに? 塩?」

「塩は空気中の魔素が吸着しやすいから魔素を含んでるのよ、気休めだけどちょっとは楽になるわ。それと動けるようになったらお風呂につかりなさい。水に溶けてる魔素で回復が早まるから」


 ネロエが小さく拍手をしながら「おー」と驚きを上げる。


「さすが薬屋さんの娘ですね!」

「こ、こんなの常識よ!」


 照れ隠しからそっぽを向くが顔を赤らめているのですぐにバレる。しかし茶化せる者は今魔素枯渇でダウン中。


「今日の賄いは私が作るわ。ユノがこれじゃ無理そうだし」

「パシティアさん料理もできるんですね!」

「そりゃそうよ! 入学してから料理実習もやってるし完璧よ!」

「楽しみです!」


 その時、床を軋む音と共にユーノスが立ち上がろうとした。尋常じゃない頭痛と吐き気を堪えながら震える手で床を押し返して体を支える。歪む視界で厨房に這うように進んでいく。


「ユーノス君! 休んでいてください! 今日はパシティアさんに任せましょう!」

「だめ、だ。だめ、なんだ」


 ユーノスに続くようにアレスも気合で動き出す。その光景は地下ダンジョンでメジャーな魔物であるグールを思わせた。白目から血眼になっているアレスは口を開く。


「し、死人が、でるぞ」

「どういうことです??」


 アレスはネロエにしがみ付いてなんとか立ち上がって両肩をがっしりと掴んで訴える。


「パティの料理は、人を、コロス」

「――え、え?」

「タノム、せめてネロが、つくるんだ」

「またまたそんな大袈裟なこと言って脅かそうとしてもダメですよ! アレス君とユーノス君は寝ててください!」


 ネロエはそう言ってアレスの首根っこを掴んで二階の男子部屋へ運び、厨房手前で力尽きているユーノスも二階へ運び込んだ。

 スタッフの居住スペースとなっている二部屋の一つ男子部屋のベッドに転がされた二人は『あばー。だめだー』と手を必死に伸ばしているが、無情にも扉はパタリと閉められた。


「ふー。これで安心ですね。明日には魔素も戻って元気になるでしょう」


 その時下の厨房から『ちゅどーん』『どぎゃごーん』という不可解な音が聞こえ始めた。『ドドドドドド――ドドドドドド』ど振動音の後に『チタタプヒャヒャヒャ』という笑い声。

 ネロエは先程アレスから聞かされていた不吉な言葉が脳裏に過った。二段飛ばしで階段を降りてさらなる異変に気付く。激臭である。

 鼻の奥にガツンと走る痛みで目に涙が滲む。


「パシティアさん! 一体何を……」


 厨房にはメイスを両手に持ったパシティアが食材である肉を滅多打ちにしている光景。後ろの鍋からモクモクと湧き上がる煙。

 パシティアはネロエと目が合う。


「ネロちゃんもう少し待っててね。もうすぐでお料理できるから」

「りょう、り――ですか……それ?」


 にんまりと笑顔のパシティア。飛び散った肉が頬に付いている。メイスにへばりついている肉片がぺチャリと調理台に落ちた。

 ネロエ最初に感じたのは恐怖。力の数値172を記録しているパシティアに対して力8の自分では立ち向かえない。もう止められない。もっとしっかりアレスの言葉を信じていればと。

 戦闘でしか聞かないような音を聞き続けて料理は完成してしまった。


 成すすべなくテーブル席に着かされたネロエ。まるでお人形でおままごと遊びをしていような様でパシティアは料理を運んで対面に座った。

 

「召し上がれ」


 両手で頬杖をつくパシティア。心なしか目に光を感じられない。

 ネロエはゴクリと覚悟を決めて目の前の料理を口に運ぶが体の防衛反応から寸前で止まる。すでに鼻は死んでおり口呼吸である。

 火の通されていないグチャグチャの肉。何か得体の知らない物と混ぜ合わせてあり、黄色のネチョっとした物や黒い節のある糸状の物が見える。黒いものは痙攣しているようにまだ動いている。


「――い、い、いただきます!」


 この日、宿屋専門学校の第6地区2番にある模擬営業店で少女の絶叫と悲鳴が響き渡った。



    ◇



 次の日の朝。


「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

「ウム。良い宿であっタ。マタ機会があれば利用させてもらおウ。その時はマタ美味しいサンドイッチを頼むヨ」


 魔道ゴーレムの顔に表情の変化は無い。しかしパシティアにはどこか笑っているように見えた。

 四人は宿屋の外でクレームタロウ・ゴーレムの見送りを終えた。

 

「無事一人目のお客様が終わったわね!」

「一時はどうなることかと思いましたが」

「次はどんな客が来るんだろうな」

「アレス。お客様ね」


 ユーノスはパタリと営業中の看板をひっくり返して準備中にした。


「それと、今日はみんなで買い物へ行こうと思う」

「なんの?」


 ユーノスはアレスの疑問に返答はせずにパシティアに頭を下げた。


「パティごめん。僕が悪かった。課題ばっかり考えてたから昨日皆にも迷惑かけたし……最悪全員退学にしちゃうとこだった。みんなもごめん!!」


 腕を組むパシティア。しかしこれは高飛車な態度ではなく、先手を取られて謝られたことに対しての防衛反応だ。しっかりと眉毛も下がっている。

 自身も昨日は言い過ぎたと反省していた。クレームの時もユーノスの気持ちを考えずに脊髄反射の如く口から出てしまったと。回収前の喧嘩も同じ。

 それにたった今帰っていったクレームタロウが言った『良い宿であった――』という言葉。これはユーノスが言っていた、また来てもらいたいと頑張った結果だ。

 もし自分が対応していたなら怒らせたまま帰らせてしまい、もう来てもらえないという結果が出ていたのは明白だった。


「私もその――ごめん。昨日は言い過ぎたわ」


 アレスが二人の首に腕を回してガッシリとホールドする。


「おーし! 二人とも仲直り良くできました!」

「ちょっと離しなさいよ! そんな子どもみたいな扱いしないで!」

「痛いよアレスー!」


 アレスはそのまま振り返ってネロエにウインクをする。ネロエも刺さったままの棘が抜けた想いで笑顔になった。

 その時ネロエの背後にある建物の物陰に隠れる影がアレスの視界に入った。疑問に思ったが今は二人の仲直りでどうでもよくなった。


「――で、何買いに行くんだよ?」


 ユーノスは強引にアレスの腕を引きはがして乱れた制服を直す。


「回収の道具類。マジックポーションとか魔道具類かな。ストッパーのスクロールも昨日置いてきちゃったしさ」

「でもそれは経費的にキツイって言ってなかったか?」

「そうなんだけど。昨日パティが言ったみたいに回収の失敗の方がもっとだめだ。みんなも実際に回収に向かって準備不足を感じたと思う。実際仮に今のままでやっても少し黒字が出ればいい方なんだ。回収の危険度が増すより赤字で清掃活動した方が良いと思って」

「確かにそうですね。先生は雑魚と言ってましたが、ボク達に油断させるためのハッタリかもしれません。実際本当の全滅回収ではどんな魔物に出くわすか分かりませんからね。この実習でも更に強い魔物ゴーレムが出る可能性だってあり得ます。最大限の準備はしておいた方がいいでしょう」

「アレスとパティはどうかな?」

「俺もその方がいいと思う」

「私も」

「なら決まりですね! ――昨日ボクが感じたのは、魔道具やマジックポーション不足もですが――特にボク達のパーティーは圧倒的攻撃力不足です」

「アレスは逃げ回ってばっかりだしねー」

「今回は仕方ないだろー! あんな硬くてでっかいのが相手じゃよー!」

「ゴブリンの時だって一匹もやっつけてないじゃない!」

「それは…………」

「アレスは悪くないよ。むしろヘイトをしっかり集めてくれるしアタッカーとして最高の仕事をしてると思う。その間に僕が動いたりネロが作戦練ったりできる」

「はい。なのでオーソドックスにストッカーの火力アップが一番だと思います」

「そういやゴブリン倒した後にもそんな話してたよな」

「うん。昨日僕がどれだけ無力なのか分かったよ。アレスみたいにヘイトを集めて時間を稼げないし、魔素もそんなに無いからパティみたいに魔法も連発出来ない。作戦だってネロみたいに上手く練れない」

「それは得意の魔道具が無かったからだろ! 卒業ん時のスリーマンセル思い出せよ。誰もカタパルト式で戦うなんて思わないだろ? 魔道具の変わった使い方できるのがユノの強みじゃん!」

「そうよ! こんなところで自信無くしてんじゃないわよ!」

「――別に今までだって自信があったわけじゃないよ」

「ま、そうと決まれば買いに行こうぜ!」

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