011 模擬営業準備
二週間が過ぎ、T組の教室ではモリーが模擬営業についての説明をしていた。
「今日からお前達には模擬営業を行ってもらう。期間は2ヶ月。営業準備費用として専用のパオンカードを与える。目標は二か月後に黒字を出してもらう。もし途中でポイント足りなくなった場合――または最後に赤字となった班は罰としてバイトギルドで無償の仕事を行ってもらう。内容としては宿専内の清掃だ」
「はいせんせー! 質問です!」
「なんだ」
「準備費用はいくらですか?」
「50万ポイントだ。ちなみに、準備費用とは言ったがこのポイントも混みで黒字にしてもらう。例えば準備費用を10万ポイント使った場合は最終日に10万ポイント以上の売り上げを出していなければいけない。要は最初に50万ポイント渡すが最終日に50万ポイント以上にしろというわけだ」
「はいせんせー! 質問です」
「なんだ」
「班と言ってましたが、基本のフォーマンセルでやるんですか?」
「そうだ。班分けは基本ロールが揃っていればお前らで決めてもいい。一年同士なら組が違っても問題ない。ここまで生活してきたお前らなら一度はフォーマンセルでバイトギルドを訪れているはずだ」
「はいせんせー! 質問です!」
「なんだ」
「友達がいなくて、仕方なく入れてもらって仕事をした人はどうするんですか?」
「ふむ。安心しろ。ボッチにも優しい制度を用意してある。専用用紙を提出してもらえればこちらで能力を判断して決める」
ナール荘以外の生徒達の目線がネロエへと向けられた。
T組内ではネロエイコールボッチという認識があった。
パシティアは机をバンと叩きながら立ち上がる。
「ネロは私たちと組むわ! あんた達こんな優秀なマシンナーを班に入れれなくて後悔するわよ!」
なぜか「おおー」と拍手が起きた。ネロエは顔を真っ赤にしてパシティアの制服を引く。
ネロエは適性検査で身体面が学年最下位であり、事前に知らされていた模擬営業の面子として参加させたくないために敬遠されていた。
誰も足手まといを自分の班に入れたいとは思わない。
一人の男子生徒がぽつりと嫌味を飛ばす。
「まあ学年トップの乳ゴリラと組めれば平均値取れるしいいんじゃね」
「誰が美少女乳ゴリラですって?」
「は? 美少女とは一言も言ってねーだろ」
モリーが血管を浮かせる。右手がそっと腰元の刺突剣に延びた。
「お前ら。喉元貫かれるのと自ら口を塞ぐのと――どっちがいい」
「すいません」
「ごめんなさい」
二人は静かに座るが視線はバチバチと睨み合っている。
「模擬営業は料理提供での材料費や宿を維持するための水道魔素費、それらの経費すべてやりくりしてもらう。客はプログラムされた人型魔道ゴーレムを使って行う。こいつらはもちろん飯も食うし睡眠も取る。昼間には冒険に出掛けたりもする。宿屋の仕事三原則『
「はいせんせー! 質問です!」
「なんだ」
「冒険に出掛けるってことは――」
「そうだ。全滅する可能性がある。もちろん全滅回収も模擬営業に含まれる。ただし、学校の敷地から出ることは無い。戦闘訓練場のグリーン、ブルー、レッド、ブラックのどこかへ向かうようになっている」
グリーン。森をイメージして造られた戦闘訓練場。第12第11地区をまたいで位置する。
ブルー。水場をイメージして造られた戦闘訓練場。第2第3地区をまたいで位置する。
レッド。岩山をイメージして造られた戦闘訓練場。第7第8地区をまたいで位置する。
ブラック。地下ダンジョンをイメージして造られた戦闘訓練場。第4第5地区をまたいで位置する。
「私達がやられちゃったらどうなるんですか?」
「もちろん退学だ。また、回収対象が死亡した場合も同じ。どんな事態であっても回収の失敗は退学となる――でも安心しろ。今回は初模擬営業だからな、魔物用のゴーレムは雑魚だ」
「回収で使うスクロールやアイテム類は経費ですか?」
「そうだ。ただし、経費で購入した装備品類は模擬営業終了後に返却してもらう。――と、まあここで質問攻めに合っていては事が進まん。詳しい内容は模擬店舗に書類として置いてある。それで確認するように」
◇
「ここが俺らナール班の宿屋か!」
「ちょっと待って。ナール班ってなによ」
「今考えた」
「ま、いいけど」
ユーノス達は第6地区2番にある宿屋の前にいる。
木造ではあるが丁寧に塗られた白色のペンキによって多少の高級感がある。二階建てで三角屋根。奥に長い造り。
宿屋専門学校は扇形の12の地区に分かれている。覚え方も簡単で、時計の文字盤通りになっている。北の関所が12時となり12時と1時を中心で結んだ扇形が第1地区となる。
番は樹木の年輪のように三本の大きな円の道で分けられ、中心部の円の内側が1番となり、外壁と三本目の道の間が4番となる。地区の境目も大きな道が走っている。
この大きな道は上空から見れば蜘蛛の巣のように見える。
ちなみに4番は学生寮があり、3番は武器屋や食料市場などの店、2番がバイトギルドや模擬営業で使う宿屋などの施設、1番が校舎となっている。
「とにかく中に入りましょう!」
中はウッド調で温かみを感じる。床はしっかりニスが塗られていて、傷は沢山あるが逆に味が出ている。
入って正面に受付カウンター。カウンターは回復アイテムなどを陳列するガラス張りのスペースも備えている。左手は厨房と食事スペース。右手が客室へ続く廊下。客室は三室。二階部分は従業員の居住スペース。そして宿屋の本質があるカウンター裏の部屋。
ユーノスは受付カウンターに置いてある書類に目を通した。
今回の模擬営業で配布される加護のネックレスは低級の物となる。
カタパルト式などの転送系魔道具は使用禁止。
終了までの二か月間は自身のパオンポイントの使用禁止。また、寮への入出も禁止。
料理のメニューは模擬店にあるメニューを使用すること。オリジナル料理の提供はゴーレムに不具合が出る可能性があるため禁止とする。
「色々書いてあるなー。でも最初の四行以外は殆ど宿屋学で習った基本的な内容だね」
「んー。どれどれ――この低級ってなんだ?」
「えー。一番最初に習ったよー。低級ってのはネックレスに備わってる緊急防壁の耐久度だよ。ネックレスの色で判別できて、青色が低級、緑が中級、赤が上級。覚えてないの?」
「座学はいっつも寝てっからさ。で、低級だとどうなの?」
「低級でもちょっとやそっとじゃ破られないけど、長時間はもたないかな。もって二時間くらい。だから、ここに低級があるってことは二時間以内に回収しなきゃいけないってこと。攻撃され続けたりしたらもっと早く破られちゃうけどね」
パシティアがカウンター裏の扉を強引に開けようとして諦めた。が、次に腰元のメイスに手を伸ばす。
「なんで開かないのよ!! ぶち破ってやるわ!」
「パシティアさんやめて下さい! そこはボクが開けますから!」
ネロエはカウンターに備え付けてある魔機で簡単に開錠した。
「カウンター裏は
「そ、そうだったわね」
パシティアはそそくさと控室へ入っていく。ユーノスはこの光景を知っている。旅行できた家族の子どもが宿屋で探検をしている様そのもの。
ユーノスとネロエはあきれ顔で目が合う。これから大丈夫なんだろうか、といった不安が押し寄せている。
「みんなー! いいもの見つけたわ!!」
ジャーンと言わんばかりに黒い仮面をしたパシティアがスタッフルームから出てくる。
仮面といっても目元と鼻が隠れる程度の大きさで、網目が密なレース調の物。
これは回収の際に装着する物で、顔から身元が割れないよう隠す。
「お前……なんか色んな意味で似合うな」
「私はなんでも似合うわ! 中にまだ色んな種類があったわよ!」
「パシティアさん。それは回収の時以外は付けちゃダメなんですよ! しまってきて下さい!」
「ぶー。ネロの意地悪」
「みんな! 喋ってないで働いてー!」
ユーノスは急かすように手を叩きながら指示を出し始める。
「アレスは外の掃き掃除と窓拭き! パティは客室の掃除! ネロは受付周りの掃除! 僕は厨房と食事スペースをやるね! はい急いで急いでー!」
「マズいな。ユノの宿屋スイッチが入っちまったぞ」
ユーノスは水魔法で濡らした雑巾をアレスの顔に投げつけた。ストッカークラスで鍛えられた投擲技術により的確にヒットする。
「ってーなー」
「働かないと賄い出さないよ?」
「はい。外の掃除行ってまいります!」
三人は蜘蛛の子を散らすように持ち場へ走って行く。皆調理ができないわけではない。ユーノスが賄い料理を作らなかったとしてもなんとかなるだろう。しかし、アレスとパシティアは彼の恐ろしさを知っている。
ただこれは物理的な怖いという意味での恐ろしいではない。普段はのほほんとした顔の穏やかな性格で立ち姿勢も曲がっているが、宿屋の事となると人が変わる。
所作が別人となるのだ。口角は常に上がり、背中に一本の棒を通したような姿勢。掃除一つとっても無駄がない。
「そこ! 走らない!」
「はいーっ!」
しばらくしてユーノスの姑じみた視線の元掃除を終えた。四人は受付に集まって今後の流れを相談する。
ユーノスは肩に付いたホコリをつまんでごみ箱へ投げ捨てた。
「絶対に守って欲しいことが一つだけある」
「なんだよそんなに怖い顔で」
パシティアとネロエも迫力あるユーノスの声に身が引き締まる。
「ここは客室が三つあるけど、必ず一室しかお客様を入れないこと。つまり宿泊は一組のみにして欲しいんだ」
「なんでだよ? せっかく三つあるんだし三組入れた方が稼げるしいいだろ?」
「まあ普通はそうなんだ。普通はね。でも僕らは宿屋の本当の仕事内容を知っている」
ネロエが顎に指を当てて頷く。
「なるほど、全滅回収の事を考えるとボク達フォーマンセル一組では宿屋を回せませんね」
「そうなんだ。用意されている加護のネックレスは低級でオートプロテクションの継続時間が短い。だから、全滅したらすぐに回収に向かわなきゃいけない。もし三組入れてその三組が同時に全滅したら大変なことになる。それに宿屋の仕事は回収だけじゃない。回収はフォーマンセルで行うのが絶対。その間宿屋には誰もいなくなる――」
「つまり宿屋としてのサービスが出来ないってことか」
「そう。だから一組しか泊めない。これは絶対だ!」
「まあ理屈は分かったんだけどさ、ユノん家は従業員が四人じゃなかったか? それなのに何組も泊めてたよな?」
「きっと僕がいたからだと思う。その時は不思議に思わなかったけど今なら分かる。僕が店番や料理を任されていた理由。父さん母さんとジェイスは店にいないことが多かった。きっとその時に回収に向かってたんだ」
「ってーと、もう一人のクエラさんは? ほっぺにクリームのお姉さん」
「クエラさんはスタッフルームにいることが多かったから、そこから指示を出してたんじゃないかな? 僕の予想だけど、きっとマシンナーだと思う」
「マシンナークラスで習いました。ごく近場の回収であれば宿屋内から指示出しをすることもあるそうです。でも現場を目視出来ないのでかなり上級のテクニックらしいですが」
「へー、クエラさんって凄いんだな!」
黙って聞いていたパシティアがポンと手を叩いて何かに納得した様子。
「今こう話してて気付いたんだけど、私とアレスを回収したのってユノのおじさんだったのね。当時は何も疑問に思わなかったけど、今ちゃんと考えると変だと思ったのよ。――ブラッドウルフを倒す冒険者を見たし。私はその後すぐ気絶しちゃって――その冒険者がユノのおじさんなら辻褄が合うわ」
ユーノス目が大きく開く。
「父さんの戦ってるとこ見たの!?」
「暗かったから顔は見えなかったけど戦ってるのは見たわよ! でっかい剣でブワーってやってジャンプして炎の凄いのがドカーンって感じで凄かったわ!」
ユーノスは全身の毛がゾクゾクと立ち上がるのを感じた。自分も見たことがない父の戦う姿。宿屋専門学校に入るまで想像すらもしたことがない姿。
剣と炎という単語からアタッカーだと推測できる。
「いいなー。僕も見たかったなぁ父さんの戦ってるとこ」
「でっかい剣ってことは大剣使いか! 確かに親父さんガタイがいいもんな!」
「あんたとは正反対ね! 一振りでバッタバッタ倒してたんだから!」
ネロエはシープ村三人の地元話で少しつまらない。顔には出さないが話を切り替える。
「はいはいお喋りはそこまでにしましょう! 食材の仕入れもありますからね! とりあえず泊めるのは一組だけという事で進めましょう」
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