第8話

 それから数日は、学内ではオリヴィア様として完璧な生徒像を演じ、部屋に帰ってからはオリヴィア様の信者として勉強を続ける日々が続いた。


 普通だったら疲れそうなスケジュールだけれど、やる気が無尽蔵だったのと、オリヴィア様の体が凄く強かったことがあって疲労がたまることは一切無かった。


 そんな日々に慣れてからしばらくして、


「ではオリヴィア様から次のミッションです」


 遂にやってきました。私のお仕事タイム。


「それは何ですか?」


「ルヴェール商会の支援です」


 ルヴェール商会……


「ストーリーの最中に急成長した商会だっけ?」


 予言じみた流行の先読みにより突如として台頭した商会だっけ。あれってオリヴィア様がやってたんだ。それなら納得だわ。


「はい。その商会を国一の商会へと引き上げなければならないのです」


 確か一位の商会は王国と強く繋がっているんだったっけ。


「なるほどね。それで国を支配するのね。分かったわ」


 自分が支援した商会を国家と強く結びつけることで実質的に物流を支配してしまおうってことかな?流石オリヴィア様!考えるスケールが違うわ!


「多分そういうことですね」


 ちょっとよく分からないって顔をされた。どうやら少し違うらしい。


「まあいいか。とりあえず私は何をすればいいの?」


「ルヴェール商会の商会長へ会いに行き、契約書にサインしてもらうだけです」


 思っているよりも簡単な仕事だった。


「それだけ?」


「はい。どの程度の資金を援助するのかや、商会を拡大させるための指導をする話に関しては事前に打ち合わせを済ませておりますので」


 流石エドワード。仕事が早い。


「行くのはいつなの?」


「明日の放課後になります」



 翌日、学校が終わった私はそのまま帰宅し、早速エドワードが言っていた場所へ向かうことに。


「王都にもこういう場所があるのね……」


 一言で言えばスラム街のような場所だった。私が見ていたのは乙女ゲームとしての側面だけだから知らなかったけれど、やっぱりここにもこういう場所は存在するのね。


 何か出来ることがあればいいのだけれど、流石に無理よね……


「お嬢様。下がっていてください」


 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか周囲に20人を超える黒ずくめの男達が集まっていた。


 刃物を持っているし、これは盗賊?


「有り金と女を置いていってもらおうか。こんな所にお嬢様と執事のたった二人で来たのが悪いんだぜ?」


「いや、旦那。この男も見てくれが良い。こっちも売れそうじゃねえか?」


「確かにそうだな。ってことで二人とも大人しく捕まってくれや」


 え、どうしようどうしよう!?!?流石にこの人数はどうにか出来るかしら!?


 エドワードも剣を持っていないし……


「大丈夫です。見ていてください」


 そんな私の心配を悟ってか、エドワードは優しく声を掛けてくれた。


 うん。エドワードは優秀な専属騎士なんだ。剣が無くても強いよね!


「では行きますよ」


 一言告げたエドワードは、突然高速で動き出し、男達の背後に回り一発一発打撃を入れていった。


「なんなんだお前は!!女だけでも先にやっちまえ!」


 エドワードに勝てないと判断した盗賊たちは私に狙いを定め、襲い掛かってきた。


「えっと、えっと」


 とりあえず防御魔法を張らなきゃ!って上手く行かないよ!?間に合わない!


「させませんよ」


 そんな私の事をエドワードは颯爽と駆けつけて守ってくれた。


「え!!」


 ってお姫様抱っこ!?あの、顔が近いんですけど、顔が、良い、素晴らしいんですけど!


 エドワードはそんな私の心境はお構いなしに、お姫様抱っこのまま蹴りで一人一人倒していった。


「終わりましたよ」


「は、はい……」


 私が動揺している間に全員片付けてしまったらしい。


 戦闘に参加はしていないものの、精神の同様のせいで疲れてしまった。


 流石に女子大生にイケメンのお姫様抱っこはあまりにも過酷すぎる。


「ちょっと疲れが見えてますね」


 それはあなたのせいです。速く降ろしてください。もっと疲れるので。


 必死に目で訴える。言葉にしたら負けだ。絶対何か言われるもん。


 ——いいえ。ただ動揺で言葉が出ないだけです。もう負けてます。


「そうですね。折角ですしこのまま向かいましょうか」


 何が折角ですしだよ!!!ねえ!降ろして!!!


「こちらです」


 結局お姫様抱っこをされたまま目的地まで連れていかれた。


「ここ?」


 目の前にあるのは商会というよりはヤクザとかマフィアの事務所?みたいな場所だった。


 なんなら中に見える人たちがまんまそんな感じだし。見た目怖いです。


「はい。では入りましょうか」


 まあでもやるしかないわね。でもその前に言うことがあるわ。


「降ろしてよ」


 お姫様抱っこをされたまま入るって色々問題でしょうが。


 ちなみにお姫様抱っこには慣れました。流石に10分もされていたら最初程のドキドキは無くなるよね。


「おっと、うっかりしていました」


 うっかりでお姫様抱っこはするものじゃないです。何を考えているんですかあなたは。


 まあでも美人とイケメンのお姫様抱っこという構図は完璧よね……


 正直外から見たかったわ。


「では、気を取り直して入りましょうか」


 私たちは改めて、商会の中に入った。


 うわお洒落。外見は古い洋風の建物って感じだったんだけど、中はかなり綺麗でまるで新築だわ。リフォームでもしたのかしらね。


 壁や床、家具等全てを白と黒の2色で構成したシンプルな部屋。でもシンプルだからこそダンディーでカッコいいわ。


「お待ちしておりました。商会長が部屋で待っております」


 部屋を見回していると、真っ白なスーツを身に纏った男性がやってきた。


 顔には大きな傷が一本入っており、いかにもヤクザといった風貌だった。


 というか多分本物のヤクザよね。よくよく考えるとここもマフィアの事務所って感じの見た目だもの。


 それにオリヴィア様が悪役として秘密裏に関わる相手だしね。


「ええ。案内して頂戴」


「かしこまりました」


 私はオリヴィア様のスイッチをしっかりと入れてから、商会長の元へ向かう。


「お待ちしておりました。私がルヴェール商会の商会長、ジルベルト・ヴェルドーネです。わざわざご足労頂き誠にありがとうございます」


 と丁寧に迎え入れてくれたのが今回の相手らしい。


 黒いスーツを身に纏い、ひげを蓄えた50代位の男性。いかにもマフィアのボスやってますよって感じの見た目をしており、葉巻が非常に似合いそうね。


 だからといって怖がるわけにもいかないので、あくまで気丈に、クールに振る舞うのよ。


「構いませんよ。学校で契約を堂々と結ぶわけにもいきませんので。こちらこそ話し合いの場を提供していただいてありがとうございます」


「はい、では早速契約に入りましょうか」


「ええ。そうしましょう」


 速く逃げ出したいしね。


「マッテオ、契約書を」


「はい」


 私たちをここまで案内した男性はマッテオというらしい。


 彼は近くにあった金庫を開け、一枚の紙を持ってきた。


「ご苦労、下がってくれ」


「はい」


「これが契約書です。内容は事前にエドワード様と調整した通りでございます。私のサインは既に書いておりますので、オリヴィア様が後は書くだけです」


「わかりました。ただ一応確認させていただきます」


「どうぞ」


 エドワードがやってくれているから心配は無いんだけど、一応私も目を通さないとね。

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