第54話

 馬車の振動で体が小刻みに上下に動く。

そのたびにお腹の中が浮遊したような違和感に襲われるのを何とかしてほしい。

とはいえキリュシュ家愛用の由緒ある馬車はまだマシな方なのだろう。

フカフカのクッションに埋め尽くされ精巧な装飾が施されている。

それを引っ張る馬もなぜか気品があるように感じるから不思議である。

 そう、この空間は非常に整われていた。

これに乗る主もさぞかし素晴らしい方をイメージできるはずだ。そのはずである。

しかし、現実はというと喪失感たっぷりに項垂れる主と無関心を決め込むようにチョコレートをつまむメイドというおかしな風景であった。


しかも主の周りには彼女がマギアで作った謎の発光体が飛び回っている。材料は電気だ。

黄色いそれは馬車内を駆け回り、荒ぶる創造主の心を代弁しているようだ。

だが、ビリビリとした静電気が肌をかすめて少々めんどくさい。

「いつまでそうしているつもりですか?」

「うぐぐぐっ!」

 

 エリカの返答に妙な泣き声で返すアリサ。

エリカはもう一つチョコレートをつまんだ。ナーベルン菓子店の新作は恐ろしく美味しい。

あまり話を広げるつもりのなさそうな彼女に恨み節を込めた瞳が向けられた。

「相手してよ」

「えっ!聞いてほしかったんですか?そんな一人で悲しみたかったとばかり…」

わざとらしく返せば、頬を膨らませるアリサ。瞳はうるんでいる。最近、我が主をイジるのが楽しくなりつつある。

「冗談ですよ。愛しの君にフラれてお可哀そうに…」

 心底不憫そうに俯く。

「エリカ…」

涙がボロボロとこぼれる少女。

エリカは困惑した。


えっ!何?やめてよ。このまま屋敷についたら私が泣かしたように見えるじゃないの。


そう思っていると、馬車の角度が斜めに傾く。どうやら坂を上っているらしい。

いつものごとく、体が壁に張り付く。

「けれど、転生系への不当な扱いに抗議をしたお嬢様はえらいと思います。見直しました」

「うっ!わあ~!」

「えっ!ちょっとお嬢様!ギャアッ!」

 アリサは思いっきりエリカに抱き着いた。その衝撃なのか、馬が石に躓いたのか馬車が大きく揺れる。

エリカは小さく頭をぶつけた。

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