異世界系人類の受難

兎緑夕季

始まり

0話

 鼓膜が破れたのかと思った。それほどに衝撃的な振動が体を駆け巡る。

周囲を見渡せば煙で視界が閉ざされる。鼻をかすめるのはもげそうなほどの激臭。

瘴気であるのは理解した。生理的に吐き気がこみ上げてくる。

その場にいる人という人がそこら中で意識を失っている。

どす黒くくすんだ煙で視界が悪い。目をあけているのもやっとだ。

隣を見れば一応、主として仕えている少女が恐怖と恐ろしさで足を震わせていた。

その顔は普段の彼女からは想像できないほど青白く覇気がない。

常に冷静を装うエリカは状況を思案していた。

体中をめぐる血が凍ったかのように冷たくなっていく。


頭が回らない。だが考えなければ――

どうすればこの状況を打破できるのか!――


判断を誤れば今まで築きあげた物が泡のごとく崩れてしまう。

まだ何一つ達成していないのに!


キッと前を向いた。少女二人をかばうように刀を抜くのは同年代の少年たちだ。

一人はまるで氷でも背負ったような鋭いオーラを持っていた。


それと対照的な――


まるで太陽の光を常に浴び続けたような軽やかさと華やかさを持つ好青年。

精悍な彼らも緊張の色を隠せないようだ。

それもそのはずだ。今、ジリジリと詰め寄るのは異凶の怪物!!


ガルルルルッ!!――


目覚めたばかりのアイツはよだれをたらし、食べごろな柔らかい若い肉を求めている。その赤い目がエリカを見据える。


瞬間、心臓の周囲がゾクゾと脈打った――




3つの月を従えた青い星スフィル。

惑星の周囲を粒子の環が回るこの星には無数の生命が生まれては消え、育まれている。


そして文明が築かれたある時代――

卵を横にして、その表面を上下にとんがらせたような形をした陸地がある。

惑星スフィルでもっとも広い面積を持つメガロ大陸である。

乱立する小国同士の戦争は遥か彼方に忘れられた頃。


旧暦1847年。

ローズメリィ帝国がメガロ大陸の全土を支配して500年あまり…。

都から遠く離れたミンセン地方は遅咲きの桜が散り始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る