第98話 傷


 あれからエリザベスとサターニャを宥めるのが大変だったんだからな。いや、マジで。

 放置したらレヴィンの命が危ないというか。あの2人は絶対に殺しに行くからな。

 結局レヴィンは何も教えてくれなかったけど。また出直すしかないな。


 今日もみんなにはラスボスを倒し捲って貰う。首が7本になったティアマットも、2体になったサイデルも、今のみんななら十分勝てる相手だからな。


「セリカとメアは防御魔法をもう1度お願い。私とグランはこのまま正面を防御。レイナ、ガルド、ソフィアはブレスが切れたタイミングで仕掛けて」


 ドラゴンブレスの一斉砲火に耐えながら、エリスが冷静に指示を出す。


「了解。今度こそレイナには負けないからね!」


「フン! ソフィアが私に勝とうだなんて10年早いわよ!」


「おまえたち。口より先に手を動かせよ」


「「ガルド(師匠)、解ってる(わ)よ!」」


 ブレスが止んだ直後にレイナたち3人が飛び出す。

 正面を空けているのはカイとセリカの魔法攻撃を邪魔しないためだ。

 2つの10界層魔法が直撃した後は、ライラとシーラがスキルで背後から攻撃する。


 ティアマットが気を反らしたところを狙って、アタッカー3人が最上位スキルを叩き込む。

 それでも220レベル7体分のHPがあるからな。攻撃に耐えたティアマットは反撃に出る。


 そこにスキルでヘイトを稼いだタンクの2人が前進して反撃を完璧に受ける。

 セリカとメアが10界層防御魔法を発動してるからな。エリスとグランのHPは1割も減らなかった。


 全員180レベル台で装備のレベルも上がったらな。装備の底上げ効果で実質200レベル相当だ。

 さらに武器の最上位スキルと10界層魔法のレベルも上げてるからな。

 みんなに掛かれば、このクラスのモンスターでも倒すのに大した時間は掛からない。


 頃合いを見て俺が『魔力貸与MPトランスファー』でMPを回復させながら、ティアマットとサイデルを10回ずつ倒したところで今日のラスボス戦は終了だ。

 そろそろ良い時間だし、この後に他の予定が入ってるからな。


 ああ。言い忘れてたけどさ。ラスボスのレベルが上がったことは冒険者ギルドに報告済みだ。他の冒険者が知らずに挑むと危険だからな。

 だけどこの時期に『ビステルタの霊廟』や『ギャリングの牢獄』の最下層に挑む冒険者なんて余りいないけどな。


 ゲームだと物語メインストーリーに絡む次のイベントが始まってるタイミングだけど。プレイヤーキャラのレベルはせいぜい50~60ってところだったからな。ダンジョンの下層部を攻略するのも厳しかったよ。


 プレイヤーキャラが2つのダンジョンの最下層に挑むのは、魔族の領域に他種族連合が侵攻を開始した後だった。

 『ビステルタの霊廟』か『ギャリングの牢獄』のどちらかで100レベルまで上げて、物語中盤で魔族の領域で起きるイベントに参加するのが定番だったな。

 まあ、リアルエボファンの世界だと、これからイベントがどう展開するのか解らないけどな。


「あー、お腹空いた! 今日はいっぱい食べるわよ!」


「私は生クリームたっぷりって気分かな!」


「てめえらはいつも元気だな。騒がしいのは嫌いじゃねえけどよ」


 今夜はトライアンフたちと一緒に飲み会だ。まあ、飲み会と言っても女子たちは食べる方がメインだけどな。


 場所は俺たちも常連になった感があるトライアンフ御用達の高級店『バッカスの箱庭』だ。参加者は俺たちとトライアンフ。アレックスとキスダルに、そして翔太だ。


「翔太、喉が渇いたわ。大至急甘い飲み物を持って来きなさい」


「え……キスダルさん。店の人に言えば良いんじゃ……」


「後輩は口答え禁止。ほら、5秒で持って来なさい」


「……う、うん。解ったよ」


 翔太がパシリにされてる。キスダルはいつにも増して態度がデカいよな。


「キスダル。あんた、翔太を虐めてるんじゃないわよ」


「何を言ってるんですか。私は後輩を教育しているんですよ」


 レイナとキスダルがバチバチやってる。


「おい、キスダル。いい加減にしろよ。翔太が後輩だからってこき使うなら、おまえにも俺たちの飲み物を持って来させるからな」


 アレックスが注意するけど、この後の展開は見えてるよな。


「『深淵の支配者アビスルーラー』閣下は何を言ってるんですか。私は『深淵の支配者』閣下の部下であって、後輩じゃありませんから。『深淵の支配者』閣下に教育される覚えはありませんよ」


「キスダル……だからその名前で呼ぶなって言ってるだろう」


 翔太は苦笑いしてるけど、そこまで嫌がってる感じじゃないな。なんかアレックスとキスダルのいつもの雰囲気に馴染んでる気がするんだけど。


 飲み会が始まってからも、翔太はキスダルに何度もパシられてた。

 まあ本人が良いなら構わないか。俺は放置するつもりだったけど。


「翔太、あんたも文句くらい言いなさいよ」


「え、でも……飲み物くらい持って来ても良いかなって……」


「あんたねえ。男ならもっとハッキリ喋りなさいよ!」


 レイナまで絡み始めたので、俺が席を代わってやることにした。


「レイナ。翔太はああいう性格なんだよ。おまえが文句を言うことはないだろ」


「でも、アレク。私は翔太を見てるだけで何かイライラするのよね」


 まあ、レイナの気持ちは解るけどさ。正直に言えば俺もイライラするからな。


「だけど戦闘に関しては翔太はセンスが良いんだよ。プレイヤースキルの高さを感じるな」


「え、そうなの? 全然そんな風に見えないけど」


 翔太はクラスチェンジしたから、スキルポイントが足りなくて高レベルスキルは使えないけど。前世はコアなゲーマーだったって本人から聞いたからな。一度模擬戦をしたら結構良い動きをしてたんだよ。


「レベルも130を超えてるし。それなりにスキルを使えるようになれば、結構強くなるんじゃないかな」


 翔太がレベルアップに苦労することはないだろ。キスダル以下のアレックスの部下たちは、俺たち以外に『ギャリングの牢獄』の最下層に挑む数少ないメンバーだからな。

 ちなみにブライアン筆頭のギガンテ鋼鉄騎士団は『ビステルタの霊廟』の最下層に定期的に挑んでる。


「おい、アレク。レイナとくっちゃべってないで、こっちに来て一緒に飲もうぜ」


 トライアンフに呼ばれたので一緒に飲むことにした。

 ガルドとグランはハイペースで飲んでるから、そろそろ潰れる頃だと思ってたし。俺もトライアンフに話したいことあるんだよ。


 トライアンフとアレックスの蟒蛇うわばみコンビの向かいの席に座る。とりあえず駆け付け3杯って感じで、グラスに透明な酒を立て続けに注がれた。

 口がピリピリするから相当アルコール度が高いんだろうな。俺には関係ないけど。この酒をハイペースで飲んだらガルドとグランは撃沈だな。


「なあ、トライアンフ。俺は昨日レヴィン・ペトリューシカに会って来たんだよ」


「レヴィンに会った? 何でアレクがレヴィンを知っるんだよ」


 まあ、俺がレヴィンと面識がないと思ってるだろうからな。ケイリヒトと戦った後にレヴィンに会ったところから説明した。


「あのときはレヴィンも訳ありって感じだったからな。おまえたちには悪いと思ったけど、今日まで黙ってたんだよ」


 アレックスとトライアンフにも思うところがあるらしく、文句は言わなかった。


「レヴィンのことを調べたら情報通だって解ったからな。この世界で起きてることについて何か知らないか訊きに行ったんだよ。結局何も教えてくれなかったけどな」


 レヴィンが俺を押し倒したことは勿論割愛する。そんなことを言うと面倒なことになるからな。


「レヴィンは掴みどころのないように見えるけど。それは見せ掛けだけで、本当は用心深い奴だってことは解ってるよ。あいつなら俺たちをこの世界に転生させた黒幕のこととか、今ダンジョンで起きてる異変のこととか。何か情報を掴んでるんじゃないか」


 俺も最初からそう思ってた訳じゃない。情報通だから何か情報を持ってるかと思って接触しただけだ。

 だけどレヴィンはレベル的には絶対不可能な筈なのに『認識阻害アンチパーセプション』を発動してるエリザベスとサターニャに気づいたからな。


 つまりレヴィンにはゲームのエボファンに存在しなかった能力があるってことだ。

 そんなことができる奴なら、この世界について俺の知らないことを知ってる可能性があるだろ。


「確かにレヴィンなら何か知っている可能性はあるな。あいつは昔から俺たちがこの世界に転生したことに悪意を感じると言って、色々調べていたからな」


 応えたのはアレックスだけど。悪意意を感じるのは俺も同じだな。

 そもそもエボファンそっくりの世界が存在すること自体が異常なんだよ。そんな世界に俺たちを転生させた奴は、俺たちを見物して楽しんでるんじゃないか。

 もしかしたらそいつは見物するだけのために、俺たちを転生させたのかも知れないだろ。


「俺やアレックスは冒険できればそれで良かったからな。小難しことなんて考えなかった。だけどレヴィンやケイリヒトと後は……死んだ・・・仲間のエイジも色々考えてたみたいだぜ」


 トライアンフたちが11年前に『始祖竜の遺跡』で2人の仲間を失ったことは聞いてる。だけど名前を聞いたのは初めてだな。

 俺がそんなことを考えてると――


「トライアンフ……そうじゃないだろう!」


 普段は温厚なアレックスが声を荒げて、いきなり立ち上がった。


「エイジとマリアは……俺が死なせた・・・・んだ!」


 アレックスはそう言って唇を噛み締めた。

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