第73話 誘った理由
ブライアンたちが案内したのは『バッカスの箱庭』という個室しかない高級店だ。
店の前にはお忍びで来た客たちの黒塗りの馬車が並んでいる。
中に入るとオーナーらしい男が出迎える。
ブライアン以外の騎士は外で待つみたいだ。さすがにこの人数だと他の客に迷惑だからな。
案内されたのは如何にもVIPルームという感じの部屋だ。
俺たちを待っていたのは、髪の毛も髭も赤いドワーフ。ドワーフにしてはやけに身長が高いな。
「何だよ、素直に来たのか。詰まらねえな……ブライアンと一悶着起こせば、てめえらの実力が測れると思ったんだがな」
赤毛のドワーフはニヤリと笑いながら、グラスの中の酒を一気に空ける。
「よう、魔王アレク。それにレイナ、エリス、セリカ、ライラ。メインキャラが勢揃じゃねえか。ガルドとソフィアも解るが……あとの連中は知らねえな」
こいつは転生者であることを隠すつもりがないな。
店の中にも護衛がいると思ったけど『
俺たちを舐めてるのか。それとも自分の力に自信があるのか。どっちにしても慢心だと思うけどな。
「おまえが知らないのは情報収集が雑だからだよ。なあ、トライアンフ。俺の仲間を侮辱するなら容赦しないからな」
こいつはトライアンフ・グレイテストアックス。ギガンテの国王で、プレイヤーキャラだから当然知っているけど。名前が長くて面倒だな。
トライアンフが転生者だってことも知ってたけど、特に余計なことをしなかったから放置してたんだよ。
「まあ、俺の名前を知っているのは当然か。アレク、勘違いするな。俺は安っぽい喧嘩を売る気はねえぞ。
今日は全部俺の奢りだから、好きに飲み食いしてくれ。それにしても魔王に転生するなんて、完全にチートじゃねえか」
敵意がないならそれが一番だけど。だったら何で俺たちを呼び出したんだ。
「私は肉が良いわ。この店で一番高い肉を全部持って来てよ」
レイナが全然遠慮しないで真っ先に注文する。
「さすがは勇者レイナだな。度胸が据わってやがる」
豪快に笑うトライアンフをレイナは睨みつける。
「あんたが誰かは知らないけど、勝手に呼び捨てにしないでよ」
喧嘩を売るような台詞にブライアンが反応するが、トライアンフが視線で止める。
「おい、ブライアン……勝手に動いたら殺すぞ。次はねえからな」
「
本気で人を殺しそうな視線だけど、これでも殺意を抑えてるな。俺も同じことをするから解るよ。
つまりこいつもレベルを偽装してるってことだ。
だけど俺にはレベルMAXの『鑑定』があるから無駄だけどな。
『鑑定』を発動してトライアンフのステータス画面を見る。ああ、そういうことか。だけどさ……
「呼び捨ては勘弁してくれ。俺は堅苦しい言い方が嫌いなんだ。
おまえの方から名乗るべきだが、先に名乗ってやる。俺はトライアンフ・グレイテストアックス。ギガンテの国王だ」
トライアンフが譲歩すると、レイナも矛を納める
「レイナ・アストレアよ。解ったわ。呼び捨ての件は構わないわ。私たちの名前を知ってるってことは、あんたも『転生者』なのよね」
国王だと聞いても一歩も引かないレイナに、トライアンフは苦笑する。
「ああ、そうだ。14年前にこの世界に転生した。初めは冒険者だったが、今じゃ俺も国王様だ。偉くなっても良いことなんてねえな。酒を飲みに来るにもお忍びなんてよ」
気さくな口調に悪意は感じない。
「おい、アレク。さっきから黙ってるがよ、まさか俺にビビったのか?」
「いや、別に何でもないよ。だけど殺すとか物騒なことを言うなら帰るぞ。俺たちはおまえに付き合う義理なんてないからな」
「ほう。さすがは魔王アレク。おまえも良い度胸してるぜ。解った。物騒な話は止めるから、今日は楽しく飲もうぜ」
トライアンフは嘘をついてない。今こいつは装備を全部
格闘家系クラスじゃないから素手の方が強いなんてことはないし。魔法も使えるけど攻撃魔法はほとんどないからな。
物理系アタッカーが丸腰ってことは、本当に敵意がないようだな。
それにしても……さっきから『そのゴミを殺して良いですか』と『伝言』が何度も送られて来る。
エリザベスとサターニャに勝手に動くなと言ったけど、許可を出す筈がないだろ。
とりあえず俺たちも食事を始めた。みんなもレイナほど大胆じゃないけど、それぞれ自分の好みの料理や飲み物を注文している。
さすがは国王が使う高級店らしく、料理も酒もスイーツも全部旨い。
レイナは100gで数万
他のみんなもトライアンフと直立不動で控えるブライアンを一応警戒してるけど、普通に食事を楽しんでる。
まあ、みんなには2人のレベルまでは解らないからな。
セリカとカイも『鑑定』が使えるけど、レベルを上げてないから無詠唱――つまり魔法の名前を言わないで発動することはできないんだよ。
勝手に『鑑定』を使うのは敵対行為だ。俺はバレないから使うけどな。トライアンフなら勝手にやれとか言いそうだけど。
トライアンフは『
俺の感覚だと相手のレベルを知ることは最優先だ。だけど、こいつは調べる気すらないのか。
つまりトライアンフは
そんな馬鹿なと思うかも知れないけど、俺とセクハラ野郎のバレスは正にそうだったからな。
自分が強くなった後は、リアルエボファンの世界を楽しもうと思った。
この世界に転生した奴は、俺が知る限りエボファンをプレイしたことがある奴ばかりだからな。
自分の好きなゲームの世界に転生したら、主人公であるレイナたちと仲良くなりたいと思うのは当然だよな。
「なあ、トライアンフ。俺はおまえのことを誤解してたみたいだ」
レイナが睨んでも怒らないし、無茶苦茶な注文しても文句も言わない。
こいつって口が悪いだけで、案外良い奴なんじゃないか。
「何だ? 誤解ってどういうことだ?」
「おまえが喧嘩を売るために俺たちを呼び出したって思ってたんだよ。トライアンフ、悪かったな」
いきなり殺しに掛かって来ても不思議じゃないと思ってた。他の転生者はそうだったからな。
だけど結局、俺の予想は当たっていた。
「何だよ、そういうことか。だけどよ、アレク。謝る必要なんかねえぜ……俺が喧嘩を売るために呼び出したのは事実だからよ」
ニヤリと笑うトライアンフに、みんなは警戒を強めた。
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