第53話 カスバル要塞
今回のイベントで魔族軍が大規模侵攻を仕掛けて来ることを、みんなにも事前に話すことにした。
俺が聖王国側に付くつもりがないことも含めて。
「前にも言ったけど、俺にとっては魔族も他の種族も同じなんだよ。
だからこれから何が起きるか知ってるけど、他の転生者が余計なことをしない限り、俺は聖王国に加担するつもりはないからな」
侵攻部隊の指揮官バレス・ロドニアに指示してるから、すでに干渉はしてるんだけど。俺が守りたいのはみんなであって、聖王国じゃない。
今回の大規模侵攻も魔族と聖王国の勢力争いの一端だから、止めるために魔族を大量虐殺するつもりはない。魔族だから殺して良いなんて思わないからな。
「そうね……アレクならそう言うと思ったわ。アレクはアレクのしたいようにすれば良いんじゃない」
エリスが優しく微笑む。やっぱりエリスは俺のことを良く理解してくれてるよな。
「私もあんたの好きにすれば良いと思うわよ」
「わ、私だって……アレクがしたいようにすれば良いと思うよ」
「エリスもソフィアも、ありがとうな」
「だけどよ。魔族が攻めて来るのを解っていながら、黙ってるってのは納得いかねえな」
グランが渋い顔をする。ガルドも同じ意見みたいだな。
「いや、魔族の侵攻のことを聖王国軍に話したって構わないし、みんなが一緒に戦いたいなら止める気はないよ。
だけど大規模侵攻なんて、聖王国軍が簡単に信じるとは思わないけどな」
普通に考えれば、俺たちが魔族軍の動きを知ってる筈がないから、話すら聞いて貰えない可能性が高い。
だけど聖王国軍が信じないと思う理由は、それだけじゃないんだよな。
聖王国軍と魔族軍は何度も紛争を繰り返して来たけど、これまでパワーバランスで言えばほとんど互角だった。
魔族が本気じゃなかったのが理由だけど、聖王国側はそう思ってない。
だから魔族がカスバル要塞を陥落させるだけの戦力を投入するなんて、想像もしてないんだよ。
「だったら……私が掛け合ってみるわ」
エリスは聖王国の王女だからな。
エリスが言えば聖王国軍も無視することはできないだろう。
だけどエリスが自分の正体を明かせば、王宮に連れ戻される可能性が高いんだよな。
「エリスが聖王国軍に捕まりそうになったらさ、俺が逃がしてやろうか。魔王にお姫様が攫われるとか、ベタだけど悪くない演出だろ」
「え……(お姫様抱っこで攫われる?)」
最後は聞こえなかったけど、何故かエリスが真っ赤になっていた。
みんなもどうしてジト目で見てるんだよ?
「アレク、あんた……もしかして、わざとやってる?」
いや、何の話だよ。軽い冗談だからな。
「コホンッ……とにかく、一度カスバル要塞に行ってみない? 要塞の責任者は……確かグレゴリー将軍だったわよね?」
「ああ、ブライト・グレゴリー将軍だ。バリバリの軍人って感じで頭が固い奴だけど、話をしてみるしかないな」
何で俺の方が詳しいんだよって、誰も突っ込まなかった。
俺が情報収集をしてることは話したからな。これくらいは知っててもおかしくと思ったんだろう。
だけど俺はエボファン廃人だからな。ゲームの設定で初めから知ってたんだけどね。
※ ※ ※ ※
カスバル要塞に向かうのに、いつものように
前に乗ってた風の馬をチョップスティックに譲ってしまったこともあるけど。風の馬をテイムしたときに、別のモンスターを捕まえてたことを思い出したんだよ。
「アレク、あんたそれって……ううん、もう突っ込まないからね」
レイナがジト目で見るのは、上半身が鷲で下半身がライオンのモンスター。そう、ファンタジーでは定番のグリフォンだ。
俺はグリフォンに乗らなくても、普通に
だけどグリフォンに乗った方が、まだ目立たないだろ……いや、正直に言うよ。リアルでグリフォンに乗ってみたかったんだ。
「グリフォンって、結構可愛い顔してるね」
「え……そうね。可愛く見えなくもないわね」
ソフィアとエリスじゃ可愛いって感覚が違うみたいだけど、俺のグリフォンを褒められて嬉しくない筈がないだろ。
「ソフィア。グリフォンが気に入ったなら一緒に乗るか?」
「アレク、良いの! 私、アレクと一緒に乗りたい!」
「え……だったら私も……」
結局、ソフィアとエリスとレイナの3人を、交代でグリフォンに乗せることになった。
2人乗りすると風の馬が余るけど、テイムしてるから勝手について来るので問題ない。
※ ※ ※ ※
カスバル要塞は聖王国の北端にある守りの要だ。
東西は山岳地帯で、魔族の領域に接する平原地帯に築かれている。
高くて分厚い壁に囲まれた直方体の要塞には、聖王国の兵士1万2,000人が常時配備されている。
「これはこれは、エリス殿下。行方不明だと聞いておりましたが、如何様な理由でこのような場所へ?
なるほど……魔族軍の大規模侵攻ですか。ですが、そんなことは絶対にあり得ませんな」
ブライト・グレゴリー将軍は頬の傷と顎髭が渋いオジサンキャラだ。
ゲームのときはNPCの中ではそれなりに人気があった。
だけど話してみると、マジで頭が固かった。
「私がカスバル要塞に赴任して10年になりますが、魔族軍と幾度となく戦って来ました。
奴らにそれほどの戦力があるなら、このカスバル城塞はとうに落ちているでしょうな」
形だけ話は聞いてるけど、エリスの言葉をお姫様の戯言と端から決めつけている感じだ。
「ですがグレゴリー将軍、魔族が大規模侵攻を仕掛けて来るのは事実なんです。
私がそれを知っている理由は言えませんが……」
「なるほど。エリス殿下が誰に吹き込まれたかは知りませんが、ご安心ください。私の目が黒いうちは、魔族軍など幾らで来ようと退けて見せましょう。
それよりもエリス殿下は、陛下も王妃殿下も心配されていると思いますので、早く聖都に戻られては如何ですか」
駄目だな。こいつは全然話を聞く気がない。
証拠がないから疑うのは仕方ないけど、エリスの真剣さが解らないのか?
侵攻に備えて準備しても、備蓄が増えるだけで用意した物資が無駄になる訳じゃないし。
武器や装備を整備するには多少金が掛かるけど、万が一の事態に備えて常に準備するものじゃないのか?
「聖女の私が神よりお告げを受けたと言っても、信じて頂けませんか?」
「ほう……聖女セリカ殿が神託を受けたと? しかしながら、我々は神官ではなく軍人ですからな。神託で動くなどあり得ませんよ」
セリカの援護射撃も空振りに終わった。
ここまで頭が固いか? いや、俺はマジで呆れてるんだけど。
こうなったら……
ふと視線を感じてエリスを見ると、じっと俺を見つめていた。
お願いだから動かないでと、水色の瞳が語っている。
『なあ、エリス……俺はこのまま何もしない方が良いのか?』
『
エリスが俺を止めた理由は、幾つか考えられるけど……たぶん俺のためだな。
俺は自分が元魔王だってバラして、危機感を煽るつもりだった。目の前に元魔王が現れたら、さすがにグレゴリーも動くしかないだろう。
そんなことをしたらエリスたちも疑われるけど、俺が人間に化けて騙してたことにすれば問題ない。
魔王アレク=冒険者アレクだってバレるから、もうエリスたちと一緒にいることはできないけど。
最悪『変化の指輪』で他人に化ければ済む話だからな。
エリスは俺が『変化の指輪』持ってることを知らないから、心配してくれたんだろう。
『了解』
再び伝言を送ると、エリスは安心したように微笑む。
まあ、今すぐ魔王の姿になる必要はないからな。
だけどさ……本当にこれで良いのか?
カスバル要塞を出たら、みんなで話し合うか。
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