第3章 エルフの国編

第39話 別のやり方


 ロンギスたちと模擬戦に付き合ったり、『始祖竜の遺跡』の今後の方針について話をしているうちに、1週間ほどが過ぎた。

 少し長居したおかげで、アギトたち4人以外の戦士モンスターたちとも色々と話ができたら良しとするか。


 俺は聖王国から東の彼方にある国へ向かうことにした。

 距離的には馬で2ヶ月というところだけど、俺の飛行魔法フライはレベルMAXだから、2時間で到着した。


 エボファンの魔法は第1界層から第10界層、その上に超界層魔法があり、さらに系統レベルと個別魔法レベルが存在する。

 ベースとなる界層レベルはキャラクターレベルに合わせて上がるが、個々の魔法を習得するはスキルポイントが必要になる。


 魔法を強化する系統レベルと個別魔法レベルを上げるにもスキルポイントが必要になるが、界層レベル以上に厳しいキャラクターレベルによる制限があるし、必要なスキルポイントが高いから上げるのは難しい。


 だけどアレクはレベルが振り切れているし、スキルポイントも余っているから全然問題ないけどな。


「なあ、エリザベス。何でおまえが付いて来るんだよ。おまえにはギスペルの密売ルートを潰すことや『楽園』の被害者救済の件とか、色々指示しているだろ」


 そう。今回は何故かエリザベスが姿を隠すこともせずに一緒に付いて来た。

 太古のエンシェント神の騎士ゴッズナイトの彼女たちも自我に目覚めた時点でスキルポイントが余っていたから、移動系の個別魔法はレベルMAXにしている。


「アレク様にご指示を受けたことは全部対処していますよ。ギスペルの密売ルートは完璧に潰しましたし、ウルキア公国の教会を使って救済者の選定と治療を始めています。

 予想通りにアレク様のお金を着服しようとする者が現れたり、他にもいくつか問題が発生していますが、馬鹿な奴らは全部始末・・しました。勿論、証拠なんて残しませんからご安心下さい」


 いや、始末って……まあ、いつも通りにエリザベスの仕事は完璧なんだろうな。

 だけど、それと俺に同行する話は関係ない。


「僕はアレク様のことが心配なんですよ。僕的にはあんな赤目女のことなんて気にする必要ないと思いますけど、アレク様は本当に優しいんですね」


 エリザベスに悪戯っぽい笑みに、俺は内心で唖然とする。

 感情を隠していたつもりが、すっかり見抜かれていたようだ。


「何だよそれ。俺は全然気にしていないし、後悔もしてないからな」


 それでもエリザベスたちに弱いところを見せる訳にはいかない。

 俺は『始祖竜の遺跡』の支配者だから、支配者としての責任がある。


「解っていますよ。アレク様が行うことは全て完璧に正しいんです。だけど僕はアレク様が優し過ぎるから心配になるんですよ。だから……今回だけで良いですから、一緒にいさせてください」


 エリザベスは俺の腕に抱きついて、豊かな胸を押し付けた。

 そして上目遣いに俺を見つめる。

 こんな風に優しくされると駄目人間になりそうだ。俺は自分の弱さを自覚しながら鼻で笑った……部下に心配されるなんて支配者失格だよな。


「解ったよ、エリザベス。今回だけだからな」


「ありがとうございます、アレク様」


「いや、礼を言うのは俺の方だろう。エリザベス……その、ありがとう」


「もう、アレク様ったら。そんな嬉しいことを言われたら僕……アレク様を押し倒しちゃいますよ」


 エリザベスが目を閉じで、形の良い唇が近づいて来る。


「おい、エリザベス。調子に乗るなよ。そんなことをするなら強制送還だからな」


「ちぇ……アレク様、解りましたよ」


「それにしても……派手にやったな」


 拗ねた顔をするエリザベスを放置して、俺は空から半壊した砦を眺める。

 ここはエルフの国シャンパルーナの魔族の領域付近にあるルミナス砦。

 だけど門と外壁の3分の1ほどが崩れ落ちていて、今占拠しているのは魔族軍だ。


「ここから東にある第2都市シャトラも占領されたんだよな」


「はい。ここまで破壊されていませんけど、占領されていますよ」


 俺とエリザベスは飛行魔法でシャトラに向かう。

 ゲームのときは水の都と呼ばれた美して街には、魔族とモンスターが溢れていた。

 だけどエリザベスの言葉通りに、余り破壊された形跡はない。


「籠城すると市民にも被害が出るからと、領主のイルマーハ辺境伯が出陣と同時に市民を避難させたみたいですよ。

 イルマーハは市民を逃がすための時間稼ぎで討ち死にしましたが、おかげで市民は無事避難できて、魔族軍は無抵抗のシャトラを占領しました」


 ちなみに俺とエリザベスは『不可視インビジブル』と『認識阻害アンチパーセプション』を発動しているから、魔族軍に見つかることはない。


「今回は完璧にしてやられたな。砦と都市を陥落するのに2日とか、普通に考えればあり得ないだろ」


 シャンパルーナに突然侵攻した魔族軍はルミナス砦をその日のうちに陥落させて、そのまま第2都市シャトラに向かってイルマーハの軍を壊滅させた。


 それを可能にしたのは魔族軍を率いた女子爵ジェリル・スレイアで、こいつは転生者だけど、自分が転生者であることを完璧に隠していた。


 密かにレベルを上げて強力なモンスターを支配し、準備が整ったところで一気にシャンパルーナへ侵攻。

 ジェリルと彼女が支配するモンスターを前に、シャンパルーナ軍は成す術もなく敗れた。


 俺がシャンパルーナ侵攻を知ったのはウルキア王国のイベントを攻略している最中だ。

 魔族軍の侵攻自体はゲームでもよく起きていたから、何か異変があれば対処するという程度に考えていた。

 だけど魔族軍は予想外の速さで、イルマーハ辺境伯領を占領してしまった。


「今から魔族軍を壊滅させるか……いや、それじゃ奴らと同じだよな」


 俺なら魔族軍を壊滅させるのは簡単だけど、戦いはすでに終わっている。

 シャンパルーナと無関係な俺が手を下すのは、単なる殺戮に過ぎないだろう。


 転生者がこの世界で好き勝手をやることを、俺は阻止するつもりだ。

 たけどそれは俺が関わる誰かのためで、自分の感情だけで干渉するのは、ジェリルやガーランドに転生した奴がやってることと同じだろう。


 いや、言い訳だな。今の俺には迷いがある。自分がしてきたことが本当に正しいのかって。


「とりあえず大義名分と言うか、魔族軍と戦う理由が欲しいな。エリザベス、シャトラのエルフたちが何処に逃げたのか知っているんだろ」


「勿論ですよ。シャトラを脱出したエルフたちは南の大森林に逃げ込みました。

エルフは元々森の民で、森の中に集落や村があるんですよ。

 あとイルマーハ辺境伯の娘も森に逃げ延びていて、何処に隠れているのかは確認済みですよ」


 ジェリル・スレイアによるシャンパルーナ侵攻について、これだけ情報を集めることが出来たのは『始祖竜の遺跡』の諜報部隊のメンバーが優秀だからだ。

 だけど彼らを完璧に使いこなして俺の欲しい情報を集めるエリザベスがいるからこそ、機能しているとも言える。


「よし、エリザベス。今からイルマーハの娘の隠れ家に案内してくれ。ジェリルと戦うかどうかは、そいつとの話次第だな」


 レイナの件を反省して、俺はやり方を少し変えることにした。

 これから俺が力を振るうときは、少なくとも直接関わる相手には自分が元魔王だと隠さずに告げる。

 それでも俺の力を望むときだけ、力を振るおうと思う。


 望まれない相手に手を貸すのは、自己満足に過ぎないからな。

 勿論、自己防衛のときは別だけど。


 魔王アレクの存在は俺が思っていたよりも大きかった。

 まあ、魔族軍のトップだったから当たり前だな。


 気楽に干渉するのは、正直に言えば今回の件で懲りた。

 少なくとも人と関わることについては、俺のメンタルは決して強くないと自覚したからな……もう同じことを繰り返すつもりはない。

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