第28話 地道な調査だってするから


 公都ハーネスから西の都市カタルナまでは、馬で10日の距離だ。

 俺たちは風の馬ウインドホースを使ったから4日で到着した。


 巨大な湖である内海を挟んで、ウルキア公国と魔族軍は度々紛争を起こして来た。

 だから公都ハーネスは如何にも城塞都市という感じで、海側一面に堅固な防壁が築かれている。


 それに対して西の都市カタルナは開かれた交易都市という感じだ。

 物理的には都市の中心部に防壁があるけど、防壁の外側にも街が広がっている。

 人口構成的にも公都よりも人間以外の種族が多く、街で見掛けて感じだと半分近くが他種族なんじゃないかな。


 獣人の国ギスペルとの関係が悪化したからか、ギスペルとの国境に近いカタルナの街中では度々公国軍の兵士の姿を見掛けた。

 だけどその程度の話で、さらに国境に近い場所には公国の西の防御拠点てあるハルナ砦があるから、戦争間近という重苦しい雰囲気は漂っていない。


「あ、ウナギの串焼きを売ってるニャ! ちょっと買って来るニャ!」


「ライラ、待ちなさい! もう……これで5回目よ」


 広場があれば露天商が並んでいる賑やかな街並みを進んでいるうちに、猫耳盗賊のライラは食べ物の匂いに釣られて何度も買い食いしていた。

 ライラは普段から気紛れな猫という感じだけど、そこまで食い意地が張っている訳じゃない。

 はしゃいでいるのは、ギスペルに近いから獣人が好む食べ物を沢山売っているからだろう。


「これだけ屋台が並んでいると仕方ないか。俺も何か食べるかな」


「アレクまで何を言ってるの。私たちは遊びに来たんじゃないのよ」


「エリスはホント真面目だよな。だけど少しくらい楽しんでも良いだろ。予定よりも早く着いたんだし……あ、チュロスの屋台があるから買って来るよ。みんなも食べるだろ?」

「別に、いらな……」


「じゃあ、私はプレーンをお願い」


 割って入ったのはセリカだ。『もう、セリカまで』とエリスに睨まれてもしれっとしている。


「エリス、たまには良いじゃない。あんまり気を張っていると疲れちゃうから」


 お姉さんキャラのセリカは気遣い上手だ。

 ゲームのときはセリカがメインキャラたちの纏め役で、天然系お姫様のエリスや気紛れなライラの面倒を良く見ていた。


 リアルエボファンの世界ではエリスがリーダーになったから、セリカはサポート役に回っている。

 真面目過ぎるエリスにブレーキを掛けるのが今の彼女の役目だ。


「飲み物は私が買って来るわ。ねえ、レイナは何が良い?」


「……ホットチョコレート」


 レイナもガルドと一緒にずっと魔族を殺すための旅をして来たから、日常を楽しむというタイプじゃないけど。10代の女の子だから甘いモノが嫌いな訳じゃないんだな。


「何よ、アレク。文句でもあるの?」


 レイナの反応が微笑ましいと思って見ていたら睨まれた。


「いや、何でもないよ。ガルドは甘いモノが苦手だったよな。俺もガッツリしたものも食べたいから、そっちはガルドが買って来てくれないか」


「ああ、解った。レイナも食うだろ?」


「……」


 俺が話を逸らしたのが気に入らないのか、レイナはまだ睨んでいたけど。

 結局俺たちは屋台で色々買い込んで、早めの昼飯を食べることになった。


※ ※ ※ ※


 ロベルトから聞いた話では、彼はカタルナの交易商ラウル・ブラッドリーから『楽園』密売の話を持ち掛けられたそうだ。

 ロベルトは所領の屋敷から公都ハーネスへと『楽園』を運び入れるだけの役目であり、所領まで『楽園』を運ぶのも公都の売人を選定するのも、全部ラウルが行なっているらしい。


 ラウルの屋敷を探すのは簡単だった。カタルナでも一二を争う豪商だからだ。

 普通に交易商として成功しており、カタルナの中心街に大貴族並みの広い屋敷を構えている。


 だけど自分の屋敷や倉庫に『楽園』を持ち込むほどラウルは迂闊な男ではない。

 失脚した商売敵に金を掴ませて、ラウルは他人名義の店や倉庫を幾つも所有しているのだ。


 その中の何処かに『楽園』がある筈だけど、何処の店や倉庫がラウルの所有物なのかは解らない。

 虱潰しで探すには数が多過ぎるし、『楽園』という証拠がない場所に勝手に入ったら、俺たちは犯罪者として掴まるだろう。


 ということで『楽園』がある場所の目星をつけるまでに、それなりに時間が掛かった。

 ゲームの知識がある俺とエリスは知っているけど、手順を踏まないと説明できないからな。

 ライラを中心に地道に聞き込み調査や張り込みをして、真夜中に港に着いた小舟から倉庫に荷物を運び込むところを目撃する。


「クンクン……この匂い、『楽園』に間違いないニャ」


「じゃあ、さっさと踏む込むわよ」


 地道な調査に飽きたのか、レイナは早くもベルトの剣に手を掛ける。


「でもライラを疑う訳じゃないけど、余りにも早急過ぎない? 相手の人数も解らないし、もう少し泳がせても良いと思うけど」


 セリカがブレーキを掛ける。慎重というより、みんなに色々な可能性を示唆しているんだろうな。


「敵が何人いても、アレクがいるんだから大丈夫ニャ」


「ライラ、そういうのは駄目よ。アレクにばかり頼っていると、いつか足元を掬われるわ」


 エリスの言葉にみんなが視線を集める。

 エリスは毅然とみんなの視線を受け止めた。


「運び込んだ人たちがいなくなるまで、もう少し待たない?

 その後にライラが倉庫にまだ人がいるか確認して、今夜のうちに中に入るかはそこで判断すれば良いわ。

 『楽園』さえ押さえれば、倉庫の持ち主のバウアーと交渉することもできるから」


 この倉庫の表向きの持ち主はバウアー・ロットという商人で、ラウルと繋がりがあることは解っている。

 ゲームのときはイベントだから細かいことまで考えなかったけど、リスクを考えればエリスのやり方が正解だろう。


「私はそれで良いわ」


「そうだニャ。エリス、解ったニャ」


 レイナとライラも素直に従っている。エリスの考えは合理的だし、エリスを信頼しているからだな。


「2人とも、ありがとう」


 彼女たちのやり取りを見て、セリカが微笑んでいる。

 こういうところがお姉さんって感じなんだよな。


 ガルドも蚊帳の外って訳じゃなくて、みんなが考えて行動しているから黙って見守っている感じだ。


 荷物を運びこんだ者たちが立ち去ってから、何かの理由で彼らが戻ってくる可能性考えてさらに30分ほど待った。

 それから行動開始。ライラが先行して倉庫の様子を探りに行く。


「話し声が聞こえたから、中に見張りがあるのは間違いないニャ。人数までは……少なくても、5人はいるニャ」


 時間や日によって見張りの人数に差があるかもしれないけど、倉庫に張り付いている訳にもいかない。

 いや、ずっと見張っていたら俺たちの方が怪しいだろ。


「ありがとう、ライラ。そうね……誰もいないタイミングを狙うのは難しそうだから、今から踏み込みましょう」


 エリスの言葉にみんなが頷く。レイナは戦いたくてウズウズしてる感じだ。


 ライラが針金で倉庫の鍵を抉じ開ける音が微かに響く。


「じゃあ、行くわよ」


 俺たちはレイナとライラを先頭に、倉庫の中へと走り込んだ。

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