第27話 順調過ぎる


 バトラー準男爵領は公都ハーネスに近いという良い立地条件だけど、街道からは離れていた。

 領内には狭い農地と村が1つあるだけで、人通りもさほど多くない。


 それでも貴族だから、バトラー家の屋敷に馬車が頻繁に訪れても別に不思議じゃない。

 公都に荷物を運び入れる際も貴族特典でチェックが甘いから、ロベルト・バトラーは『楽園』の運び屋としては最適だった。


 だけど急に羽振りが良くなれば、良からぬことをしていると疑われそうなものだが。

 ロベルトは隠れ蓑として表の商売にも携わっており、そちらで利益を上げていると思われているらしい。


「この馬……物凄く速いわね」


「凄いでしょニャ。振り落とされないようにしっかり掴まっておくニャ」


 リンダはライラと一緒に風の馬ウインドホースに乗ってご機嫌だ。

 徒歩で3日でも風の馬を使えば半日程度の距離だ。

 ちなみにリンダがライラと一緒に乗っているのは、ライラが一番友好的だからだ。


 俺たちがやろうとしていることはシンプルだ。

 まずはリンダの手引きで俺とライラが屋敷に忍び込んで『楽園』が実際にあることを確かめる。

 もし品切とかで無かったら、乗り込む意味がないからな。

 『楽園』があればリンダが自分は家主の娘だから中に入れろと要求する。

 相手が応じなければ、力づくで踏み込むだけの話だ。


「こっちよ……ほら、生け垣の下の方に隙間があるでしょ」


 風の馬は目立つから村に入る前に降りて、俺とライラはリンダに案内されてバトラー家の屋敷の裏手に回った。

 リンダが言うように生垣には何とか人が通れるような隙間があり、俺とライラはそこから屋敷に潜入した。


 いや、潜入というほどのことでもないか。『楽案』が納屋にあることはリンダから聞いていたし。

 庭には見張りが2人いたけど、31レベルのライラと俺なら、見つからずに納屋に入るのは簡単だった。


 納屋の中には木箱が乱雑に置かれており、壁際には庭の手入れ道具が置いてあった。

 まともに隠す気がないのか、木箱を開けると中には袋に小分けされた『楽園』が入っていた。


「現物確認ニャ。次は屋敷を占拠してリンダのパパを呼び出せば良いニャ」


「ああ。警備の連中も大した奴はいないみたいだけど、気を抜くなよ」


 俺が出張ったのは転生者がいることを一応警戒したからだけど、屋敷にいる奴らの実力は確認済みだからな。

 風の馬を使ったから潜入するタイミングが早くなったけど、それ以外はゲームと異なる点はない。


 俺とライラは一旦屋敷を出てみんなと合流すると、今度はリンダと一緒に正面から屋敷を訪問する。

 リンダが名乗っても、ロベルトの許可がなければ駄目だと拒否されたので、予定通りに力ずくで押し入った。


 リンダ以外は全員30レベルを超えているからな。屋敷にいた全員を拘束するまで10分も掛からなかった。

 あとは風の馬で公都ハーネスに戻って、リンダの手紙をロベルトに届ければ良い。


「これを持って行って。パパから貰った誕生日プレゼントだから」


 リンダ本人の手紙である証として『親愛なるリンダへ』と刻印されたブローチを預かる。


 ゲームでは手紙を届けるのはライラの役目で、今回もライラが行くと言うので俺も同行することにする。

 今考えられる最悪な状況は、ライラが人質に取られることだからな。

 警戒し過ぎとか言われるかも知れないけど、用心するに越したことはないだろ。


 公都ハーネスに着いたのは夜っただから、翌朝ハドラー家の屋敷に行って使用人にリンダの手紙とブローチを渡した。

 すると5分と待たないうちに、慌ただしい足音とともに口髭の中年が現れた。


「リンダちゃ……娘が所領の屋敷にいるというのは、どういうことだ?」


 この男がリンダの父親、ロベルト・バトラー準男爵だ。

 厳めしい顔で俺たちを見ているけど、リンダちゃんとか聞いた後だと締まらないな。


「詳しい話は娘さんから直接聞いて下さいよ。急ぐなら俺たちが送って行きます。

 風の馬をテイムしてるんで、貴方の所領までなら半日で着きますよ」


 リンダラブのロベルトはアッサリ承諾して、俺はロベルトを風の馬の後ろに乗せて駆け戻った。


「パパ、これはどういうことよ!」


 所領の屋敷で、リンダに『楽園』を突き付けられたロベルトは、アッサリと罪を認めた。

 俺たちがいるのも構わずに号泣して、麻薬取引から身を引くとリンダに誓う。


「なんか……馬鹿は馬鹿だけど、親馬鹿過ぎて拍子抜けしたわ」


 レイナは戦災孤児で、固有ユニークスキルの『悪意探知イビルサーチ』を持っているのをガルドに見出された。

 だからリンダとロベルトのやり取りを見るのは、複雑な心境なんだろう。


 前世の俺も親とは疎遠だったから、レイナの気持ちは少し解る気がする。

 だけどここはゲームじゃなくて、リアルな世界だからな。

 設定を知っているだけで、解ったような口を利くつもりはない。


「なあ、レイナ。おまえがどんな経験をして来たのか解らないけど、俺はおまえたちと一緒にいるのが楽しいんだよ」


「アレク、あんたね……いきなり何を言ってるのよ? もしかして私の過去のことをガルド師匠から聞いたの?」


「いや、聞いてない。ガルドと2人で魔族を殺すための旅をしているのは聞いてるから、それなりに想像はつくけどな。

 だけど詮索するつもりはないからな。俺は今のレイナと一緒にいるのが楽しいんだよ」


 これは俺の正直な気持ちだ。

 エリスやレイナたちと一緒に冒険したり旅をするが楽しい。

 だから素直に伝えようと思ったんだけど。


「何よ、あんた……馬鹿じゃないの! 私と一緒にいて楽しいなんて言う奴、初めて見たわ!」


 何故かレイナは俺から目を反らして、怒ったような顔をする。


「いや、おまえはエリスたちと仲が良いだろ。みんなだって、おまえといると楽しい思ってるよ」


「だから、そんな筈が……もう、馬鹿の相手なんてしてられないわ!」


 レイナは顔を真っ赤にして、走って行った。

 これって褒められて照れてるってことか?


 何故かエリスとセリカがジト目で、ライラがニヤニヤしながら見ているけど。

 俺は変なことなんて言ってないよな。


 まあ、それは置いておいて。

 リンダとロベルトの話は纏まったけど、いきなり麻薬取引から手を引くと言っても、相手がいるから簡単に済む筈もない。

 それに『楽園』がまだ大量にあるんだけど、処分はどうするとか。


「『楽園』の取引に手を染めたのは私の罪ですから、どんな罰でも受けるつもりです。そんなことよりも、リンダちゃ……娘の身に危険が及ばないか心配です」


 取引相手は当然裏世界の住人で、ロベルトが裏切ることで損害が出るのならば、家族を誘拐して言うことを聞かせることくらいはするだろう。

 ロベルトは妻を亡くしてるから、家族はリンダ1人だ。


「そうだな。ロベルトさんとリンダは暫く身を隠した方が良い。隠れる場所は――」


「それは私に任せるニャ。この国にも伝手があるからニャ」


 この辺はゲームと同じ展開だ。

 ウルキア公国と隣の獣人の国であるギスペルの関係は悪化しているから公国の住人の肩身は狭く、逆に獣人同士の結束力は強い。

 ライラは獣人の隠れ家に2人を匿うつもりなのだ。


 俺たちはロベルトから取引相手について詳しく訊いて、西の都市カタルナにあるそいつのアジトに乗り込むことになった。

 ウルキア公国のイベントも後半に入る。

 風の馬を使ったら、イベントが早く進み過ぎたな。

 

 これは何処かで調整しないと、ソフィアたちが到着する前にイベントが終わってしまうかも知れない。

 だけど俺はそれも承知の上で、ここまで早くイベントを進めて来た。


 ウルキア公国のイベントに絡んでいる転生者が全然動きを見せないから、少し揺さぶりを掛けてやろうと思ったのだ。


 レイナたちメインキャラが密売ルートを潰すと知っている筈の転生者は、どんな手段を用意しているのか。


 だけどロベルトか密売ルートはアッサリ潰すことができた。

 ここまで順調過ぎるから、むしろ警戒レベルを上げておくべきだな。


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