第22話 ウルキア公国


 『風の馬ウインドホース』で移動したので、宿場町からウルキア公国まで11日で到着。

 普通の馬で移動した場合の約2.5倍のペースで移動した計算だ。

 国境付近の都市ロニカに1日だけ滞在にして、公都ハーネスまでさらに4日。


 ウルキア公国も人間の国だけど、聖王国よりも他種族の比率が多い。

 エルフ、ドワーフ、ホビット、フェアリーに。獣人といった様々な種族を数多く見掛けるのは、交易が盛んな国だからだ。


 今ウルキアは2つの問題を抱えている。

 1つは『楽園』という名前の麻薬の密売で、ウルキア公国全域に広まっている。

 『楽園』には強い幻覚効果があって、『楽園』が原因の殺傷事件が多発していた。


 もう1つが西側の隣国である獣人の国ギスペルとの関係の悪化だ。

 これには『楽園』も絡んでいて。『楽園』はギスペルから密輸されていると言われている。


「ウルキア公国の連中がギスペルを疑っているのは、ギスペルでも『楽園』が流行しているってのが理由だ。

 だけど調べてみると、2つの国に『楽園』が広まり始めたのはほとんど同じ時期……内海を挟んで北にある魔族の領域。そこの領主であるロドニア伯爵が代替わりして、1年ほどのタイミングだ」


 先代の時代。ロドニア伯爵はウルキア・ギスペル両国とは度々紛争を起こしていたけど。現在のロドニア伯爵に代わった際に、休戦協定が結ばれた。

 以降5年以上に渡って、紛争は起きていない。


 という訳で。現在のロドニア伯爵は、魔族としては例外的に他種族の間で評判が良い。

 だけどガルドは、ウルキア公国の2つの問題の裏側で。ロドニア伯爵もしくは彼の配下の魔族が、暗躍していると睨んでいる。


 勿論、転生者であるアレクとソフィア、エリスは真相を知っているけど……今回のイベントが起きるのは、まだ先だからな。


 公都ハーネスの冒険者ギルドで、とりあえず情報収集をして。盗賊ギルドには猫耳盗賊のライラが、『楽園』に関する情報収集の依頼・・を出しておく。


 エボファンの盗賊ギルドは、金を払うことで情報を集めてくれる便利な組織だ。金も時間もそれなりに掛かるけどな。

 そして俺たちはエリスたちのレベルアップのために、ダンジョンへと出発した。


 ダンジョンまでは2日……ちなみに今さらだけど。移動中は野営することも多いから、毎日風呂には入れない。

 だけどエボファンの世界には身体を清潔する『清潔クリーン』という生活魔法が存在する。

 『清潔クリーン』を使うと身体と服の汚れが落ちて、風呂に入ったようにさっぱりするから便利だ。


 ゲームのときは意識しなかったけど。プレイヤーキャラは初めから全員が持っているから、毎日使っていたという設定なんだろう。

 リアルエボファンの世界でも、取得するためのスキルポイントが1で。消費MPも1だから、多くの冒険者が愛用しているそうだ。


 公都ハーネスと南の都市アルニカの中間地点にあるダンジョンの名前は『バレアレスの大迷宮』。

 全50階層で5階層毎に階層ボスがいる中規模ダンジョンで。ゲームのときに何度も潜った。


 ダンジョンの入口は、公国軍が管理する建物の中にあって。中に入るにはダンジョン税という名の入場料を取られる。

 馬や馬車も有料で預かってくれるので『風の馬』を預けた。


 エボファンの世界のダンジョンの多くは国の所有物だ。

 国の兵士がダンジョンからモンスターが外部に出ないように警備する代わりに、冒険者ギルドを通じて冒険者を斡旋する。

 冒険者からダンジョン税などと、冒険者ギルドに売却したアイテムが市場に流れる際にマージンを得る仕組みだ。


「さてと。俺は敵の数が多過ぎるときに調整するだけで、基本的には手出ししないからな」


 事前に説明していたけど、念のためにもう一度言っておく。

 レベルを上げるだけなら、俺も参加してパワーレベリングした方が効率が良いけど。それだとプレイヤースキルが上がらないからな。


 転生者のエリスは、それなりにプレイヤースキルが高いけど。これまでの戦いぶりを見る限りは、特別高い訳じゃない。他のメンバーだっているしな。


 現時点でエリスのレベルは15だ。

 レベルが上がったのは、森での戦いとサリア村の襲撃。ここに来るまでに何度か遭遇した盗賊と、モンスターを倒した経験値。あとは移動中に俺が『鍛錬』したからだ。


 エボファンでは敵を倒す以外にも、自分よりもレベルが上のキャラと『鍛錬』することで経験値が入る。エリスの初期レベルが12だったのはそのせいだ。


 普通に敵を倒した方が早いけど、『鍛錬』には決して死なないというメリットがあるし。移動中の暇な時間を活用できる。


 俺が『鍛錬』の相手をしたから、プレイヤースキルを上げるという意味でも問題ない。

 ちなみに今のセリカとライラは18レベル。レイナが26レベルで、ガルドが32レベルなのはそのままだ。


 彼女らのレベルがイマイチ伸びていないのは、ガーランドが敵を強くしたせいで俺が倒すしかなくなって。経験値が稼げなかったからだ。

 そういう意味でも、今回のレベリングは必須だと言える。


「このメンバーだと、15階層か辺りら始めるのがちょうど良いか。レイナとガルドにとっては敵が弱過ぎるけど、暫く我慢して貰って良いか?」


「仕方ないわね。私は構わないわよ」


「俺も良いぜ。ダンジョンは久しぶりだからな」


「よし。それじゃ俺はこのダンジョンを攻略した経験があるから、15階層に直行するぞ」


 エボファンのダンジョンには転移ポイントがあって。攻略済みの階層まで転移で移動することができる。

 全員攻略済みじゃなくても、パーティーの中に1人でもいれば問題ない。


 俺が『バレアレスの大迷宮』を攻略したのはゲームのときだけど。15階層に転移できるのは、昨夜のうちに下見を兼ねて最短コースで再攻略したからだ。


 寝るときに身代わりにドッペルゲンガーを残して抜け出すのは、俺の常套手段だ。

 アレクの身体は睡眠が不要だからな。


 エリスがジト目で見ているのは、たぶん何となく気づいているからだろう。

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